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戦争編
第二十章 戦場での再会-4
しおりを挟むライサはしばらく彼の手を握っていた。
ひとしきり涙を流した後、その握った手に口付けをし、そして気を失った彼の唇にもそっとキスをおとす。
ディルクの意識はなくなったようだが、まだ僅かに息があった。脈も途切れ途切れにだが動いている。
ライサは懐から護身用の銃を取り出した。
「駄目、駄目なんだよ……私は、何もかも……失敗したの、ディルク……」
ライサはディルクを殺さないわけにはいかなかった。
散って行った国民のため。それが与えられた使命のため。最大の敵を見逃していいはずがない。
そして、ダガーにも念を押されていた。あの男が婆やを見逃す筈がない。
東聖が生きていて、ライサが見逃したと知れば、確実に婆やは死の軍のターゲットとなる。
単純な力を前に、彼女には婆やを守り切ることは出来ない。
婆やを死なせるわけにはいかなかった。
一緒にいる王女にも悲しみを与え、そしてその居所もわれてしまう。
戦争中に逃がしてほしいーー最後の計画だった、ライサのたった一つの願いが、危険になってしまうーー。
「これは……私の失敗……恨まれきれなかった……生き残ってしまった……私の、責任……だね」
彼を殺さないためには、ライサは死んでいなければいけなかったーー。
失敗したのならもう、道は一つしかない。
少女は涙を流しながら息を吸う。そして精一杯毅然と言い放った。
「東聖ディルシャルク・アルナ・ロードリー、我が国王令により、お命頂きます」
護身用とはいえ、急所を狙えば死に至る。
震える手で銃口をディルクの背中に押し当てた。マントごしでも心臓の位置くらい正確につかめてしまう。
ライサの手はガタガタ震えながらも、指に徐々に力が入っていく。
「……ごめん……ごめん、生き残ってごめん……殺してしまって、ごめん、ね……」
何度も何度も、もう聞いているのかさえわからない彼に謝った。
そしてディルクの心臓の位置を、一発の銃弾が襲う。
「さようなら……」
ズキュ――ンと、銃弾の音が森に小さく響き渡った。
激しい爆発を起こしたせいか、ただの天候のためか、雨がポツポツ降り始めた。
ライサはその場から駆け出した。
銃を放り捨て、力の限りそこから走り去っていく。
もうどこへ向かっているのかもわからない。そもそもここがどこだかもわからないのに、更に闇雲に走った。
雨はだんだん強くなってきたが、濡れるのも構わず走り続ける。
目の前は雨のためか涙のためか、よく見えない。
まわりは木や草が生い茂っていて道はない。
枝で切れようと、鋭い草に引っかかれようと、気にも止めずにただただ走った。
そしてライサは泥に滑ってその場に倒れこんだ。
そのまましばらく動かない。雨だけが後から後から彼女に降り注ぐ。
「……うっ……うう、う……」
やがてゆっくりと起き上がり、泥だらけなのも構わず大声をあげ、せきを切ったように泣き叫んだ。
声が、涙が枯れるまで、号泣し続ける。
その叫び声も雨の音にかき消され、彼女に気付く者など誰もいなかった。
そしていつしかその場に崩れるように倒れこみ、土砂降りの中、彼女は気を失った。
◇◆◇◆◇
ライサがディルクを撃った頃、科学世界の王宮では王族が必死に逃げ惑っていた。
ディルクが以前放っておいた雷子の軍勢が、王宮を襲撃したのである。
突然の襲撃に、王宮も対応が遅れた。
知らせを受けたダガー・ロウ及び死の軍も駆けつけたが、彼らが来た頃には既に相当の犠牲者が出ていた。
王宮の隠し通路も数ある抜け道も、その全て塞がれており、国王一族は皆慌てふためいた。
「姫様、お逃げください、こちらへ!」
婆やが王女の手をひっぱり、城の抜け道のひとつに誘導する。
何故だかこの抜け道だけは敵がおらずノーマークだった。
不思議に思いながらも、婆やはとにかく裏の脱出ボートまで王女を連れ出す。
「さあ、これにお乗りください」
ボートにいざ王女を乗せようというところで彼女は抵抗した。
「いいえ、婆や、皆戦ってる。私はここに残ります!」
王女の言葉が終わると同時に、王宮に火が放たれた。みるみるうちに火の海と化していく。
婆やは嫌がる王女を無理やりボートに押し込み、自分も乗ると、早急に城から離れた。
王女は尚も抵抗し、城へ戻そうとする。
「お静かにお願いします! 姫様。私はライサにもくれぐれもと頼まれておりますゆえ……」
「……ライサに?」
王女は思わず聞き返した。
彼女はもう随分前から感情を失くし、機械的になっており、信じがたいことだったのだ。
そのとき、城から歓声が聞こえた。殆ど聞こえなかったが、その歓声だけはしっかり聞こえる。
―――ー国王討ち取ったり!
王女はぐっと唇をかみ締め、頭をうな垂れた。何だかんだ言ってもたった一人の父君なのだ。
王女の涙はボートの速度に伴い、次々と風に流されて行った。
魔法世界の国王と王子は、ほぼ同時期に東聖の死を感じていた。
彼の気の痕跡が、龍が消えた途端完全に消滅したのである。
最後の宮廷魔法使いを失った現実は、両者にずしりと重みを与えた。
そして戻ってきた雷子軍の一兵士により、敵国の王の死と最強の将軍の死の報告も届けられた。
一年と少し続いた戦争がようやく終わりを迎える。
誰もが望まぬ結果に終わったのだった。
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