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復興編
第二十一章 戦いの果てに-1
しおりを挟む被害は科学世界側の方が大きかった。
魔法世界は街が多大な被害を受け、そして爆発直後に第一王子が突然行方不明になるという惨事が起きた。
しかし王都自体は無傷であり、戦場での正面からの戦いにおいては、魔法使いのほうが犠牲が少なかった。
もしも死の軍全てを戦場に投入していたら、結果は異なっていたのかもしれない。
魔法世界は、領土の一部と賠償金を得る。
領土の一部として、魔法世界に近いクアラル・シティとそこまでの荒野が彼らに渡った。
生き残った将軍のうちの数名が、その部隊とともにこの地方に駐屯し、完全に魔法使いの監視下に置かれる。
科学世界側が魔法世界本土を攻めるには、この地域と、最後の爆発によってできた海峡を渡らねばならなくなったのだ。
死の軍は解散に追い込まれた。
指揮官ダガー・ロウは魔法世界側から差し出すよう言い渡されたが、彼は既に姿をくらませていた。
今や、全世界の指名手配犯である。
しかしそれでも、国王一族や王宮にいた者達と比べれば、この結果は幸いな方であろう。
最後の爆発と時を同じくして起きた雷子軍の侵攻は、突然だったこともあり、予想を遥かに越える混乱と犠牲を伴った。
警備兵は果敢に戦ったが、抜け道という抜け道が完全に敵に押さえられており、逃げ延びた筈の要人達が後から無惨な姿で次々と発見される。
それでもまだ、人物が特定できればよい方だった。
王宮に放たれた火は、全てを容赦なく焼き尽くした。
遺体が見つかっても手足の一部などで、特定が非常に困難なことも多い。
国王と王妃の死は確認されたが、王女を始め他の者達の生死は、王族といえども未だによくわかっていない。
DNA鑑定にて全ての犠牲を把握するには、まだまだ時間がかかるだろう。
唯一、王子ヒスターのみが生き残っていた。
襲撃時、研究所にいたのが幸いした。命乞いをし、魔法世界との戦後の取引をしたのも彼だ。
そして、兵器開発責任者である宮廷博士ライサ・ユースティンは、死亡との報道がなされた。
研究所員と死の軍の証言により、彼女が最後の兵器を戦場にて発動させたことは明白であり、陸地すら消滅した現場の状況からして、亡骸すら残らないと見解が出るのは容易なことだったのだ。
◇◆◇◆
魔法世界では失った将軍を新たに埋め、第一歩を踏み出そうとしていた。
平和を取り戻そうと、街も村も、お年寄りも子供もひたすら働き始めた。
それに伴って徐々にだが、国民に笑顔が見られるようになってくる。
しかし四聖だけは依然空白のままだった。
四聖だけは前任者が引継ぎをすることになっており、それだけの人物が誰にも想定できなかったためだ。
マナは一人ため息をついた。
残った四聖は彼だけであり、他の三名の推薦はないかと、国王に言われていたのである。
「みんなの代わりなんて……南聖の座だって他の誰かにお渡ししたいと思っていますのに……」
マナは毒ガスの襲撃により後遺症が残り、とても四聖の仕事など続けていられない状況にあった。
今も、元ネスレイの執事ドパにいろいろ手伝ってもらわなければ、何も出来ない。
ドパはマナの歩きを補佐しながら、寂しそうに言った。
「我々は戦に勝ちましたが、失くすものがあまりに多かったと思います。四聖を三人も失い、マナフィ様はそのお身体……王子は行方不明、将軍も雷子将軍を始め十二も失うなんて……戦争は、何も生み出さなかったんですかね。無駄だったんでしょうかねぇ……勝っても嬉しくないですよね……失くすものばかりでしたよね……あ、少しお休みになりますか?」
マナは黙ってドパの言葉を聞いていた。
息が上がってくる。ほんの少しの距離歩くだけでも、今のマナには大仕事なのだ。
ドパはてきぱきと、彼を近くの座れるところまで連れて行き、そっとおろしてあげる。
マナは少し荒い息をしていたが、やがて落ち着き、隣りに同様に腰をおろしていたドパに答えた。
「そんなことは、ないですよ……もうすぐ生まれようとしてます……」
ドパは一瞬、マナが何に答えたのかわからなかった。
マナは不思議そうな顔をする彼に気付かないのか、遠い空をじっと眺めている。
「……二人の願いだけは、かなえられたと思いませんか?」
ドパは一層怪訝な顔をして、あれこれとマナに聞いてみたが、マナは穏やかに微笑むだけで、明確な答えはくれなかった。
◇◆◇◆◇
「サヤ――――!」
木々が生い茂り自然の広がる中で、サヤは自分を呼ぶ声を聞いた。
振り向くと、そこには真っ白な屋敷が建っており、声はその上のほうから聞こえてくる。
サヤは上を見上げ、声の主を見つけた。
「ねぇ――っ、あの人、知らない?」
金色のウェーブの入った髪が、風でなびくのを片手で抑えながら、王女は大きな声で尋ねた。
彼女がいるのは屋敷のバルコニーであり、下にいるサヤには大きな声でないと伝わらない。
「海辺の方でお見かけしましたよ!」
王女は笑顔でありがとー、と言うと、すぐに姿を消した。階段に向かったと思われる。
王女のいる白い屋敷は、人里から少し離れ、海辺に建てられていた別荘だ。
今はシーズンでないので観光客は殆どいないが、真っ白な砂浜に壮大な海が広がり、自然に囲まれた、とてもよい所である。
その白い砂浜の手前の少しだけ岩の切り立った所に、王女の捜す人物がいた。
魔法世界の行方不明の王子、シルヴァレンである。
王女が彼にそっと近づくと、王子は振り返って満面の笑みを浮かべた。
サヤは王子から少し離れて待機していたボルスに声をかける。
「……マスターの最後の任務が、まさかこんなことだったなんて……」
ラクニアでのウイルス事件で感染はしたものの、なんとか助かった彼女は、完全な回復を待ってから王都に戻った。
そして境界の大爆発で皆の注意が逸れたとき、サヤとボルスは王子とともに、この科学世界の果てにある別荘まで来たのだった。
王子を誰にも気付かれずに戦争中にこの場所に連れて行くーーこれが主人から受けた彼らの最後の任務だった。
わけもわからないまま、二人は王子のみを連れ出し、戦場となっている陸路を避け、指示通りの海路でここに辿り着いてみると、なんと科学世界の王女がいるではないか。
中年の従者に聞けば、ライサに言われてここに王女を連れてきたという。
ディルクとライサの最後の共同計画は、王子と王女を再会させるというものだった。
それも、安全な、ゆっくりできる場所で、できれば幸せになってほしいと。
「お二人ともご自分が無事でないことが、わかっておいでだったのだろうな」
ボルスは珍しくポツリとこぼした。
自分が無事ではないだろうと思ったからこそ、最も信頼のおける部下や仲間に主人を託し、また生き延びるよう取り計らったのだ。
実際この場所に来てからは、驚く程穏やかな日が続いている。
サヤは王女と年も近く、すぐに打ち解けることが出来た。
ライサの話をしていると、ラクニアで一時とはいえ抱いた彼女への憎悪も、徐々に落ち着いていく。
戦争だったのだと。どうしようもなかったのだと。
サヤの瞳に涙が浮かんできた。耐え切れず両手で顔を隠し、静かに泣き出す。
ボルスは黙ったまま、彼女の傍に立っていた。
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