隣国は魔法世界

各務みづほ

文字の大きさ
67 / 98
復興編

第二十一章 戦いの果てに-1

しおりを挟む
 
 被害は科学世界側の方が大きかった。
 魔法世界は街が多大な被害を受け、そして爆発直後に第一王子が突然行方不明になるという惨事が起きた。
 しかし王都自体は無傷であり、戦場での正面からの戦いにおいては、魔法使いのほうが犠牲が少なかった。
 もしも死の軍全てを戦場に投入していたら、結果は異なっていたのかもしれない。

 魔法世界は、領土の一部と賠償金を得る。
 領土の一部として、魔法世界に近いクアラル・シティとそこまでの荒野が彼らに渡った。
 生き残った将軍のうちの数名が、その部隊とともにこの地方に駐屯し、完全に魔法使いの監視下に置かれる。
 科学世界側が魔法世界本土を攻めるには、この地域と、最後の爆発によってできた海峡を渡らねばならなくなったのだ。

 死の軍は解散に追い込まれた。
 指揮官ダガー・ロウは魔法世界側から差し出すよう言い渡されたが、彼は既に姿をくらませていた。
 今や、全世界の指名手配犯である。

 しかしそれでも、国王一族や王宮にいた者達と比べれば、この結果は幸いな方であろう。
 最後の爆発と時を同じくして起きた雷子らいし軍の侵攻は、突然だったこともあり、予想を遥かに越える混乱と犠牲を伴った。
 警備兵は果敢に戦ったが、抜け道という抜け道が完全に敵に押さえられており、逃げ延びた筈の要人達が後から無惨な姿で次々と発見される。
 それでもまだ、人物が特定できればよい方だった。

 王宮に放たれた火は、全てを容赦なく焼き尽くした。
 遺体が見つかっても手足の一部などで、特定が非常に困難なことも多い。
 国王と王妃の死は確認されたが、王女を始め他の者達の生死は、王族といえども未だによくわかっていない。
 DNA鑑定にて全ての犠牲を把握するには、まだまだ時間がかかるだろう。

 唯一、王子ヒスターのみが生き残っていた。
 襲撃時、研究所にいたのが幸いした。命乞いをし、魔法世界との戦後の取引をしたのも彼だ。

 そして、兵器開発責任者である宮廷博士ライサ・ユースティンは、死亡との報道がなされた。
 研究所員と死の軍の証言により、彼女が最後の兵器を戦場にて発動させたことは明白であり、陸地すら消滅した現場の状況からして、亡骸すら残らないと見解が出るのは容易なことだったのだ。


  ◇◆◇◆


 魔法世界では失った将軍を新たに埋め、第一歩を踏み出そうとしていた。
 平和を取り戻そうと、街も村も、お年寄りも子供もひたすら働き始めた。
 それに伴って徐々にだが、国民に笑顔が見られるようになってくる。

 しかし四聖だけは依然空白のままだった。
 四聖だけは前任者が引継ぎをすることになっており、それだけの人物が誰にも想定できなかったためだ。

 マナは一人ため息をついた。
 残った四聖は彼だけであり、他の三名の推薦はないかと、国王に言われていたのである。

「みんなの代わりなんて……南聖の座だって他の誰かにお渡ししたいと思っていますのに……」

 マナは毒ガスの襲撃により後遺症が残り、とても四聖の仕事など続けていられない状況にあった。
 今も、元ネスレイの執事ドパにいろいろ手伝ってもらわなければ、何も出来ない。
 ドパはマナの歩きを補佐しながら、寂しそうに言った。

「我々は戦に勝ちましたが、失くすものがあまりに多かったと思います。四聖を三人も失い、マナフィ様はそのお身体……王子は行方不明、将軍も雷子将軍を始め十二も失うなんて……戦争は、何も生み出さなかったんですかね。無駄だったんでしょうかねぇ……勝っても嬉しくないですよね……失くすものばかりでしたよね……あ、少しお休みになりますか?」

 マナは黙ってドパの言葉を聞いていた。
 息が上がってくる。ほんの少しの距離歩くだけでも、今のマナには大仕事なのだ。
 ドパはてきぱきと、彼を近くの座れるところまで連れて行き、そっとおろしてあげる。
 マナは少し荒い息をしていたが、やがて落ち着き、隣りに同様に腰をおろしていたドパに答えた。

「そんなことは、ないですよ……もうすぐ生まれようとしてます……」

 ドパは一瞬、マナが何に答えたのかわからなかった。
 マナは不思議そうな顔をする彼に気付かないのか、遠い空をじっと眺めている。

「……二人の願いだけは、かなえられたと思いませんか?」

 ドパは一層怪訝な顔をして、あれこれとマナに聞いてみたが、マナは穏やかに微笑むだけで、明確な答えはくれなかった。


  ◇◆◇◆◇


「サヤ――――!」

 木々が生い茂り自然の広がる中で、サヤは自分を呼ぶ声を聞いた。
 振り向くと、そこには真っ白な屋敷が建っており、声はその上のほうから聞こえてくる。
 サヤは上を見上げ、声の主を見つけた。

「ねぇ――っ、あの人、知らない?」

 金色のウェーブの入った髪が、風でなびくのを片手で抑えながら、王女は大きな声で尋ねた。
 彼女がいるのは屋敷のバルコニーであり、下にいるサヤには大きな声でないと伝わらない。

「海辺の方でお見かけしましたよ!」

 王女は笑顔でありがとー、と言うと、すぐに姿を消した。階段に向かったと思われる。

 王女のいる白い屋敷は、人里から少し離れ、海辺に建てられていた別荘だ。
 今はシーズンでないので観光客は殆どいないが、真っ白な砂浜に壮大な海が広がり、自然に囲まれた、とてもよい所である。

 その白い砂浜の手前の少しだけ岩の切り立った所に、王女の捜す人物がいた。
 魔法世界の行方不明の王子、シルヴァレンである。
 王女が彼にそっと近づくと、王子は振り返って満面の笑みを浮かべた。

 サヤは王子から少し離れて待機していたボルスに声をかける。

「……マスターの最後の任務が、まさかこんなことだったなんて……」


 ラクニアでのウイルス事件で感染はしたものの、なんとか助かった彼女は、完全な回復を待ってから王都に戻った。
 そして境界の大爆発で皆の注意が逸れたとき、サヤとボルスは王子とともに、この科学世界の果てにある別荘まで来たのだった。

 王子を誰にも気付かれずに戦争中にこの場所に連れて行くーーこれが主人から受けた彼らの最後の任務だった。

 わけもわからないまま、二人は王子のみを連れ出し、戦場となっている陸路を避け、指示通りの海路でここに辿り着いてみると、なんと科学世界の王女がいるではないか。
 中年の従者に聞けば、ライサに言われてここに王女を連れてきたという。
 ディルクとライサの最後の共同計画は、王子と王女を再会させるというものだった。
 それも、安全な、ゆっくりできる場所で、できれば幸せになってほしいと。

「お二人ともご自分が無事でないことが、わかっておいでだったのだろうな」

 ボルスは珍しくポツリとこぼした。
 自分が無事ではないだろうと思ったからこそ、最も信頼のおける部下や仲間に主人を託し、また生き延びるよう取り計らったのだ。
 実際この場所に来てからは、驚く程穏やかな日が続いている。

 サヤは王女と年も近く、すぐに打ち解けることが出来た。
 ライサの話をしていると、ラクニアで一時とはいえ抱いた彼女への憎悪も、徐々に落ち着いていく。
 戦争だったのだと。どうしようもなかったのだと。
 サヤの瞳に涙が浮かんできた。耐え切れず両手で顔を隠し、静かに泣き出す。
 ボルスは黙ったまま、彼女の傍に立っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

究極妹属性のぼっち少女が神さまから授かった胸キュンアニマルズが最強だった

盛平
ファンタジー
 パティは教会に捨てられた少女。パティは村では珍しい黒い髪と黒い瞳だったため、村人からは忌子といわれ、孤独な生活をおくっていた。この世界では十歳になると、神さまから一つだけ魔法を授かる事ができる。パティは神さまに願った。ずっと側にいてくれる友達をくださいと。  神さまが与えてくれた友達は、犬、猫、インコ、カメだった。友達は魔法でパティのお願いを何でも叶えてくれた。  パティは友達と一緒に冒険の旅に出た。パティの生活環境は激変した。パティは究極の妹属性だったのだ。冒険者協会の美人受付嬢と美女の女剣士が、どっちがパティの姉にふさわしいかケンカするし、永遠の美少女にも気に入られてしまう。  ぼっち少女の愛されまくりな旅が始まる。    

処理中です...