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復興編
終章◆
しおりを挟む翌日。
セディーユ地方とカタート地方の国民が、新国王と新王妃の前に集まった。
今のところライサの別荘に一同生活しているが、近々城を建設する予定の広場だ。
魔法世界や科学世界の情報屋の姿も多い。
新国民を集めたその広場は、寸分の隙間もない程人々で埋め尽くされる。
その日、新国王の言葉の後も、彼は長いこと挨拶に来る者や情報を聞きに来る者に応えていた。
王妃は国民に少し顔を見せた後、大事をとって別荘に戻り、すやすやと眠る乳児の傍、ライサと共に忙しく活動する男性陣を待った。
「もう、あの人ったら一人で行ってしまうんですもの! 私も行くって言ったのに」
小声で不貞腐れる王妃。
だが彼女はそもそも、ここに戻って来るまでずっとシルヴァレンとともに各地を巡っており、少しは休息が必要だ。まだまだ乳児である二人の大切な子を放っておくわけにもいかない。
余程のことでもない限り、シルヴァレンが連れて行かないのもわかる。
「大丈夫ですよ、王妃様。ディルクがついていますから」
ライサは王妃のお世話役、もとい見張りとして付き添っていた。
この王妃、放っておいたらどこにでも行ってしまうだろう。
「あのね、ライサ……」
王妃はふと向き直ると、彼女の名を呼んだ。まっすぐ真剣な面持ちでゆっくりと話し始める。
「新しい国をつくる上でね、貴方には、もちろん宮廷博士として迎えるんだけど……宰相補佐としてもお城にいてほしいの」
ブルグ博士がその宰相の任に就く予定だが、彼は高齢だった。
他に魔法世界からも同様に補佐として二人程文官を招いている。
「は、はい。及ばずながら、全力を尽くします」
王妃は笑顔で頷く。そしてまた表情を落とした。
「そして、ディルシャルクさんはね、宮廷魔法使いということなんだけれど……外交官としても考えているの。魔法世界の東聖としての立ち場そのままにね」
魔法世界は現在、最高とも言える宮廷魔法使いが欠員状態である。
身体が不自由になってしまった南聖マナフィは、元ネスレイの執事ドパに支えられ、何とかララを維持しているが、他の街までは到底及ばない。
ラクニアの復興にもとても時間がかかっていた。
しかし新たに四聖の欠員を埋めるにしても適材が思い当たらず、若くして亡くなった北聖と西聖にはまだ弟子もいなかった。
そんな中での東聖ディルシャルクの生還は、思った以上に魔法使いの希望となっていた。
ここで故郷の国も王都も捨て、完全にこちらに籍を置くことなど出来はしない。
「だから多分、おそらくここには殆ど来られないんじゃないかと……」
ライサは王妃に言われ、ようやくその現実に気づいたようだった。
これからという時にーーそれでも、二人は共にはいられないのだと。
ライサは唇を噛み締め、なんとか笑顔を作ろうと努力するが、うまくいかない。
「大丈夫ですよ! 元々王都にだって月半分くらいしかいなかったし。王都民は皆、俺がいないのには慣れてます」
突如、頭をぽんと叩かれ、ディルクが姿を現した。
見ると国王も疲れたーと言いながら戻って来ている。
重い雰囲気が一転、みるみるうちに明るく賑やかに変わっていく。
「ディルシャルクは王都を守る任にありながら、いつも留守にして各地飛び回ってたよねー」
「そうそう、世界の壁も越えてな。誰かさんの人使いが荒いからさぁ」
公の場ではきちんとしているものの、今の二人の間には何の遠慮も礼儀もない、軽いものだ。
王妃がほっとしつつも、即座に反応して謝罪する。
「わ、私のためでもあったのですよね、すみません! お手数をお掛けしてしまいまして!」
すると、魔法使い組が途端に慌て出した。
「いやいや、シャザーナ、私が彼に無理を言ったからで、そなたのせいではないよ」
「そうそう、王妃様はむしろ俺を気遣ってくれる貴重な方ですから!」
一日に三度往復しろとか、ちょう無茶ぶり言ってたのは王子だからと言いながらフォローする。
ライサは可笑しくて笑ってしまった。そんなこともあったのかと。
「だからな、お前にもちゃんと会いに戻るから、心配すんな」
ディルクの言葉にライサは笑顔を取り戻す。こんなにも彼の言葉は彼女に力をくれる。
そんな二人を見て、国王と王妃は穏やかに笑みを浮かべた。
そして、新しい世界が誕生し、手探りながらも平和へと歩み出す。
◇◆◇◆◇
国王と王妃の仲が違えることはなかった。
二人の間には後、男の子二人が生まれる。国政も少しずつ軌道に乗り、国家関係も順調だ。
科学世界と魔法世界はあれ以来争う気配を見せない。
科学世界のヒスターも無事に王妃を迎え、国民も安心した表情を見せていた。
宮廷博士としてニーマ・ロイヤルが実力を発揮し始め、そしてヴィクルー博士も研究室員と学生と共に大学に戻ってから、なお一層魔法使いの研究に精を出している。
魔法世界ではシルヴァレン王子の他に子のいない国王が後継ぎに困り果て、新しい妻を娶ったという。
南聖マナフィも弟子をとり、ドパとともに次期宮廷魔法使いにするべく稽古をつけ始めた。
数年後には彼の弟子、それにキジャが空いた四聖の席を埋めることになりそうだ。
リーニャはライサのもと、本格的に科学の勉強を始めた。
後に魔法使いで初めて科学を学ぶ大学へと進学し、魔法と科学を合体させた研究の第一人者となる。
王宮のライサにもよく顔を出し、研究の話に盛り上がる姿も珍しくない。
その頃にはキジャは宮廷魔法使いとしてラクニアに居を移し、医学の師であるサヤも補佐に就くのだが、たまに転移魔法練習と称して彼女の元に遊びに来たり、共に科学世界の医学を学んだりと満更でもない様子だ。
かつて、ディルクが思い描いた、魔法と科学の融合が。
亡き西聖が夢見た「魔法も科学もひっくるめた世界」が、どんどん当たり前になっていくーー。
そして、ディルクとライサについては。
初めのうちは二人ともその職務で会っている暇すらなかった。
ライサは王宮に張り付いており、ディルクは帰ってこない日々が続く。いろいろ軌道に乗り、二人共々落ち着けるようになったのは、もう半年と少し経ってからだろうか。
ライサは十八、ディルクも二十歳になっていた。
「結局、恋人として付き合った時間って、びっくりする程なかったな」
最初は一日、次は一週間で別々になり、今ようやく落ち着いて一ヶ月付き合えたと思ったら、国王のはからいもあり、もう婚約準備に入ってしまった。
本格的な式は一年後と予定されている。
「だんだん一緒にいられる期間が増えてるじゃない。進歩だよ、ディルク」
ライサは笑った。
会うだけで幸せだと思っていた。それがいつでも会いたいと思うようになり、こうして実際、寂しくならないほどに会っていられる。
三年前には考えることすら出来なかった。
「ん、今度こそずっと一緒だからな」
ディルクはライサの左手の薬指に光る指輪にそっと口付けをすると、今度はその唇を彼女のそれと重ねた。
結婚式は国中で盛大な催しとなった。
他の二つの王国からも祝いの品々が届き、喜び、盛り上がった。
新居は別荘を建て直したもので、相変わらずディルクは帰ってこないことが多かったが、なんとか新婚生活を送っている。
まもなく二人の子も誕生するだろう。
二つの民族の長年に渡る争いは、こうして幕を閉じたのであるーーーー。
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