魔女の村

各務みづほ

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次世代の領主

第三話 ホウキ捌き

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「下手くそっ!」

 カインと別れ、グラウンドで一人飛行練習をしていたシアは、突然甲高い声に馬鹿にされた。
 思わず振り向くと、そこにはプライマリースクール、つまり小学生くらいの少年が、仏頂面でこちらを見下すように眺めながら立っている。

「こ、こら、イギルちゃん!」

 慌てて後ろについていた中年の女性がその子供を宥め、恐縮するようにペコペコ謝ってきた。

「すみません、礼儀を知らない子供で……本当に申し訳ありません」
「ふんっ! 下手だから下手って言ったんだ! ババアのくせに情けねーな! バーカ!」

 たしかに魔法はまだまだ上手くはない。しかし初対面の上、こんな子供にババアと罵られつつ見下される覚えはない。
 傍についていた中年の女性には悪いと思いながらも、シアは少年に怒りを抑えながら向き直った。

「ほおぉぉ、どちら様か知りませんがぁ? そんなに言うなら、さぞかし素晴らしい魔法を使われるんでございましょうねぇ? こんのチビ助がぁ」
「なっ、口をあらためろ! 俺はこの村の領主イギル様だぞ! よこせ、ババア!」
「は? 領主ぅ?」

 シアが呆気に取られている隙に、イギルと名乗った子供はホウキを奪い、跨ったかと思うと一瞬で宙に舞い上がった。
 上空でいったん静止すると、イギルはそのホウキの上に器用に立ち上がる。両手を広げ、バランスをとりながら前進し、身体を傾けながら大きく螺旋を描いた。続いて下の方まで降りてきたかと思うと、再びホウキに跨り一気に急上昇する。今度は上下に大きくグルングルンと円を描きながら前進し、最後に目にも止まらぬ速さでジグザグに移動したかと思うと、スッと静かに降りて来た。そのままストッと綺麗に着地する。

「どぉーだ! 俺様のホウキ捌きは!」

 イギルは得意げに鼻を鳴らした。
 羨ましいーーシアはそっと目を細めた。こんな子供なのに、自分より何倍も上手い。これだけ使いこなせるようになったら、カインにも心配かけずに済むのにと。

「あ、あの……すみません、新しいホウキ、ご用意させていただきますので……」

 黙り込んでしまったシアに、中年の女性が戸惑いながら声をかけた。

「言うだけあって凄い……ですね。息子さんですか?」
「はい……お恥ずかしながら、私如きの魔力程度ではあの子を止めることができず、言いたい放題やりたい放題で……メイドの皆さんにも散々ご迷惑をおかけしておりまして……」
「あ、あー……それは、大変ですね。あの子、領主……なんですか。偉い魔女様とか、他の領主様とか……うーん、頼れなそうですね……」

 言いながらシアは自分の知る偉い魔女や領主のことを思い浮かべ、皆そこそこ忙しく子供の相手をする余裕などないことに思い当たる。
 周りを見ても同じ年頃の子供も見当たらないし、母は萎縮するばかりのようだ。

(友達とか……そっか、男の子はみんな村を出て行ってるんだ……女の子の友達も、いたとしてもここ村から離れちゃってるし……ってそれ普通に寂しくない?)

 そして母親の様子を見るに、未来の領主様に面と向かって逆らったり、嗜めたりできる魔女などいないのかもしれない。
 シアは、はあっと息をつくと、ズンズンとイギルの方に向かい、そのホウキを取り上げた。

「ばっかねー! ホウキってのはね、飛ぶものじゃなくて掃くものなのよ! いらっしゃい! 掃除の仕方教えてあげるから。それが完璧に出来たら威張りなさい!」
「な、離せ! このくそババァ!」

 シアはイギルが逃げないようひょいっとその小柄な身体を持ち上げ、木の下のベンチへと向かう。
 するとそこには落ち葉に紛れ、投げ捨てられた紙屑や食べ物の残りカスが、多数散らばっていた。

「うわっ、汚! 誰? ポイ捨てしたお馬鹿は」

 口笛を吹きながらわざとらしく顔を逸らすイギルに、慌てて謝罪する母親。誰がやったかなど一目瞭然だ。
 母親はイギルがひととおり満足しここから去ったところで、人知れず掃除するつもりだったのかもしれない。

「あの、私が後ほど片付けますので……」
「いいからいいから」

 シアは特に気にした様子もなく、イギルの目の前でそのベンチ周りの掃除を始めた。先程彼が投げ捨てたゴミが、落ち葉と共にみるみる綺麗に掃かれていく。

「どーうよ、私のこのホウキ捌きは!」

 がはははは! と年頃の娘らしくない笑い声をあげ、シアはやってみなさいと少年を促した。
 ホウキを持ち飛んだことはあっても掃いたことなど一度もないイギルは、今のシアの動きを見様見真似でやってみたが、何故か彼女がやったように綺麗になってくれない。まるでゴミが意思を持ち、散らかしてばかりのイギルの元から逃れていくようだ。

「やーいやーい、下手っくそー! かえって散らばってるじゃないのー! 未来の領主様、掃除も出来ないんだ、だっらしなーい!」
「な! 別にこんなこと出来なくたって、そこらの魔女どもがやるからいいんだ」
「ばかねー」

 シアは腰に手を当て、真正面からイギルを見つめて言った。

「こんなお行儀の悪い領主、この先誰が心から寄り添ってくれるの」

 ビクッと僅かに小さな身体が動揺する。既に心当たりはあるようだ。
 本人もどうせ都合が悪いから気づかないフリをし、目を逸らせているだけなんだろうとシアは考える。

「そんなことばかり言ってると、誰からも嫌われるよ。少なくとも私はそんな人大っ嫌い! 近寄りたくもないわ」

 きっと誰からも言われなかったその言葉を、彼女はズバッと言い切った。
 流石にこたえたのか、イギルは何も反論できず、その場に立ち尽くす。何かを耐えるように小さな身体が震えだす。

「な……んでそんなこと、お前なんかに言われなきゃなんねぇんだよ……俺は、領主だぞ……魔女に必要な、有難い存在なんだぞ……」
「はいはい、表面だけの薄っぺらい感謝でもされるとイイデスネー領主様ー」

 魔女の子供は、将来魔力を欲した時に不利になるため、大体が領主様には逆らうなと教育をされる。だがシアは外から来ているのでそんな教育は知らないし、魔力もカインからのみ貰うと決めているので無敵だ。

 イギルは悔し紛れにシアを睨み、怒りに任せて握った拳に魔力を込め始めた。

「投獄してやる……お前なんか! 俺だって、俺だって……!」
「はい、そこまでだ!」

 イギルがシアに向かってその攻撃魔法を向けると、その魔力が低い声と共に一瞬でかき消された。

「なっ!?」
「カイン!」

 一人の青年が二人の間でしゃがみ込み、下を向く二つの視線を真っ直ぐ見上げた。
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