26 / 31
次世代の領主
第三話 ホウキ捌き
しおりを挟む「下手くそっ!」
カインと別れ、グラウンドで一人飛行練習をしていたシアは、突然甲高い声に馬鹿にされた。
思わず振り向くと、そこにはプライマリースクール、つまり小学生くらいの少年が、仏頂面でこちらを見下すように眺めながら立っている。
「こ、こら、イギルちゃん!」
慌てて後ろについていた中年の女性がその子供を宥め、恐縮するようにペコペコ謝ってきた。
「すみません、礼儀を知らない子供で……本当に申し訳ありません」
「ふんっ! 下手だから下手って言ったんだ! ババアのくせに情けねーな! バーカ!」
たしかに魔法はまだまだ上手くはない。しかし初対面の上、こんな子供にババアと罵られつつ見下される覚えはない。
傍についていた中年の女性には悪いと思いながらも、シアは少年に怒りを抑えながら向き直った。
「ほおぉぉ、どちら様か知りませんがぁ? そんなに言うなら、さぞかし素晴らしい魔法を使われるんでございましょうねぇ? こんのチビ助がぁ」
「なっ、口をあらためろ! 俺はこの村の領主イギル様だぞ! よこせ、ババア!」
「は? 領主ぅ?」
シアが呆気に取られている隙に、イギルと名乗った子供はホウキを奪い、跨ったかと思うと一瞬で宙に舞い上がった。
上空でいったん静止すると、イギルはそのホウキの上に器用に立ち上がる。両手を広げ、バランスをとりながら前進し、身体を傾けながら大きく螺旋を描いた。続いて下の方まで降りてきたかと思うと、再びホウキに跨り一気に急上昇する。今度は上下に大きくグルングルンと円を描きながら前進し、最後に目にも止まらぬ速さでジグザグに移動したかと思うと、スッと静かに降りて来た。そのままストッと綺麗に着地する。
「どぉーだ! 俺様のホウキ捌きは!」
イギルは得意げに鼻を鳴らした。
羨ましいーーシアはそっと目を細めた。こんな子供なのに、自分より何倍も上手い。これだけ使いこなせるようになったら、カインにも心配かけずに済むのにと。
「あ、あの……すみません、新しいホウキ、ご用意させていただきますので……」
黙り込んでしまったシアに、中年の女性が戸惑いながら声をかけた。
「言うだけあって凄い……ですね。息子さんですか?」
「はい……お恥ずかしながら、私如きの魔力程度ではあの子を止めることができず、言いたい放題やりたい放題で……メイドの皆さんにも散々ご迷惑をおかけしておりまして……」
「あ、あー……それは、大変ですね。あの子、領主……なんですか。偉い魔女様とか、他の領主様とか……うーん、頼れなそうですね……」
言いながらシアは自分の知る偉い魔女や領主のことを思い浮かべ、皆そこそこ忙しく子供の相手をする余裕などないことに思い当たる。
周りを見ても同じ年頃の子供も見当たらないし、母は萎縮するばかりのようだ。
(友達とか……そっか、男の子はみんな村を出て行ってるんだ……女の子の友達も、いたとしてもここ村から離れちゃってるし……ってそれ普通に寂しくない?)
そして母親の様子を見るに、未来の領主様に面と向かって逆らったり、嗜めたりできる魔女などいないのかもしれない。
シアは、はあっと息をつくと、ズンズンとイギルの方に向かい、そのホウキを取り上げた。
「ばっかねー! ホウキってのはね、飛ぶものじゃなくて掃くものなのよ! いらっしゃい! 掃除の仕方教えてあげるから。それが完璧に出来たら威張りなさい!」
「な、離せ! このくそババァ!」
シアはイギルが逃げないようひょいっとその小柄な身体を持ち上げ、木の下のベンチへと向かう。
するとそこには落ち葉に紛れ、投げ捨てられた紙屑や食べ物の残りカスが、多数散らばっていた。
「うわっ、汚! 誰? ポイ捨てしたお馬鹿は」
口笛を吹きながらわざとらしく顔を逸らすイギルに、慌てて謝罪する母親。誰がやったかなど一目瞭然だ。
母親はイギルがひととおり満足しここから去ったところで、人知れず掃除するつもりだったのかもしれない。
「あの、私が後ほど片付けますので……」
「いいからいいから」
シアは特に気にした様子もなく、イギルの目の前でそのベンチ周りの掃除を始めた。先程彼が投げ捨てたゴミが、落ち葉と共にみるみる綺麗に掃かれていく。
「どーうよ、私のこのホウキ捌きは!」
がはははは! と年頃の娘らしくない笑い声をあげ、シアはやってみなさいと少年を促した。
ホウキを持ち飛んだことはあっても掃いたことなど一度もないイギルは、今のシアの動きを見様見真似でやってみたが、何故か彼女がやったように綺麗になってくれない。まるでゴミが意思を持ち、散らかしてばかりのイギルの元から逃れていくようだ。
「やーいやーい、下手っくそー! かえって散らばってるじゃないのー! 未来の領主様、掃除も出来ないんだ、だっらしなーい!」
「な! 別にこんなこと出来なくたって、そこらの魔女どもがやるからいいんだ」
「ばかねー」
シアは腰に手を当て、真正面からイギルを見つめて言った。
「こんなお行儀の悪い領主、この先誰が心から寄り添ってくれるの」
ビクッと僅かに小さな身体が動揺する。既に心当たりはあるようだ。
本人もどうせ都合が悪いから気づかないフリをし、目を逸らせているだけなんだろうとシアは考える。
「そんなことばかり言ってると、誰からも嫌われるよ。少なくとも私はそんな人大っ嫌い! 近寄りたくもないわ」
きっと誰からも言われなかったその言葉を、彼女はズバッと言い切った。
流石にこたえたのか、イギルは何も反論できず、その場に立ち尽くす。何かを耐えるように小さな身体が震えだす。
「な……んでそんなこと、お前なんかに言われなきゃなんねぇんだよ……俺は、領主だぞ……魔女に必要な、有難い存在なんだぞ……」
「はいはい、表面だけの薄っぺらい感謝でもされるとイイデスネー領主様ー」
魔女の子供は、将来魔力を欲した時に不利になるため、大体が領主様には逆らうなと教育をされる。だがシアは外から来ているのでそんな教育は知らないし、魔力もカインからのみ貰うと決めているので無敵だ。
イギルは悔し紛れにシアを睨み、怒りに任せて握った拳に魔力を込め始めた。
「投獄してやる……お前なんか! 俺だって、俺だって……!」
「はい、そこまでだ!」
イギルがシアに向かってその攻撃魔法を向けると、その魔力が低い声と共に一瞬でかき消された。
「なっ!?」
「カイン!」
一人の青年が二人の間でしゃがみ込み、下を向く二つの視線を真っ直ぐ見上げた。
0
あなたにおすすめの小説
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
【3月中――完結!】
積み上がった伏線の回収目前!!
夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。
長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。
待っていたのは、凍てつく絶望。
けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。
「夫は愛人と生きればいい。
今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」
それでも私は誓う――
「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」
歪で、完全な幸福――それとも、破滅。
“石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる