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第五章 10日前
65 クーデターの甲斐は
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連隊に戻って復命し、再び外出許可を取った。
統合参謀本部に復命するため、と偽りを言った。
まず確認されることはないし、上司のアグン少佐もフェルディナントが参謀本部に日参することを喜んでくれ、勧めてくれているほどだ。旅団長の言う「政治介入」とは縁を切ったのだ、と思い込んでくれているところに、多少の罪悪感はあった。
自分の中隊の様子を見た後、第二近衛の機甲師団に向かった。
驚いたことに、部隊の削減はフェルディナントの予想以上に急ピッチで進んでいた。
顔を出した軍団司令部も閑散としたものだった。スタッフのほぼ七割以上がすでに異動先に向かったのだと聞いた。フェルディナントの来訪について詮索する者など誰もいなかった。残っている者もみな次の任地へ向かう。それまでに残務処理を終えてしまいたい。誰もがそのことで一杯のようだった。
戦車部隊の下士官たちと話した。
リントナー軍曹は、まだいた。戦車が鎮座するガレージで、彼は言った。
「中尉殿。例の件ですが、いつやるのですか? 」
彼だけではなかった。これから異動になるらしい下士官たちが10名以上も、リントナー軍曹と共にフェルディナントを迎えてくれた。
「もう、廃棄作業はあらかた終わってしまいました。
部品の寄せ集めでなんとかこの2両のマークⅠ型をデッチあげましたが、今月の終わりにはこれも交換部品と一緒に第一へ引き渡さねばなりません。我々も、異動になります」
早く方針を決めてくれ!
言葉の外に、軍曹が言わんとする意味が滲み出ていた。
「みな、同じ意思なのか? 」
2両の「鉄の棺桶」を取り囲んだ下士官たちは、皆一様に硬く口を結び、頷いた。
「あと一日待て。それですべてわかる」
連隊に戻る前に、都心のバカロレアに行った。
図書館で、調べたいことがあった。
久々の緑の芝生には、平和と学問の自由を謳歌する風がそよいでいた。
この図書館に来たのはリセの学生時代以来だ。
できることなら、フェルディナントもここに進学したかった。存分に知的好奇心を満足させたかった。
しかし、彼にはカネがなかった。それで、しかたなく学費と生活費が全額支給される士官学校へ行ったのだ。
在籍の学生はもちろん、小学生から年寄りまで、外国人でさえも、ここへの出入りも閲覧さえも自由である。
ただし、国家の安全保障に関わる科学技術関係の資料はない。それは特別な許可を得た理工系の学生にしか閲覧を許されなかった。
リセのころは、その理不尽に大いに不満を覚えたものだが、しかしきょう、フェルディナントが調べたかった資料は人文系の、それも、歴史と政治に関するものだった。
歴史と政治の科目はリセの高等部で学ぶのだが、いずれ軍隊で役に立つと物理と数学を選んでいだ彼は、だからその人文系の書架の群れに分け入ったのは初めてだった。
収蔵室は閲覧室とは別室で、文字通りの書庫である。本を探す人もまばら。しかも、極力紫外線を避けているために窓も小さい。薄暗い本の森である。
帝国がまだ王政だったころからの歴史書ももちろんある。
だがそれに数倍するほどの旧文明の歴史書の蔵書数は、もちろん、この世界で随一だ。
海の底や地の底に眠っていた「Zimmerツィンマー、チェンバー」には、千年もの長い間酸素や紫外線に曝されずに保存されていた書籍が多数あった。きっと、大昔の人々が、「これだけは是非とも人類の貴重な足跡として後世に伝えたい! 」
そんな思いで地の底に収めていたものだったのだろう。
ここ数十年ほどのバカロレアの海洋考古学スタッフたちは、それらをすぐさま真空チェンバーの中に移し、まるで腫れ物に触るようにして一枚一枚、丹念に読み取り、書き写してきたのだ。
他にも、当時の磁気や集積回路に保存されていたと思われる情報もあったが、残念ながらそれらはデバイスも含め全て、長い年月の間に劣化してしまっていたし、もし仮に動作したとしても、いかんせんまだ帝国の電子技術はそれらを読み取れるほどには進んでいなかったのだ。
ゆえに、この図書館に収められている旧文明の蔵書は全て、「紙」の本の復刻なのだ。
このやり方で、帝国は数万年に及ぶ人類の歴史と先祖たちの生業や生き様を大方読むことができた。
と。
急に肩を叩かれ、驚いた。
「よう! シュタルケ中尉ではないか! 」
誰もいないと思い込んでいたために、肝を潰した。
転属先の上司となる、統合参謀本部作戦課の少佐だった。反射的に敬礼をした。
「なにか探し物か、中尉? 」
答礼した少佐はにこやかに話しかけて来た。
「はい。転属前に、久しぶりにクラウゼヴィッツ※1を復習しようかと。それと、マハン※2があれば。士官学校以来なのでアタマが少々錆びついているのでは、と・・・」
「うむ! いい心がけだな! だが、戦史・戦記の棚はここではないぞ。10ほど東の棚だ」
「ああ、そうだったんですね。久しぶりなので、迷ってしまったらしいです! 」
「はは。ではな。来月貴官が転任して来るのを待っているぞ! 」
去ってゆく少佐のサンダルの響きが書庫に響いた。
ふう・・・。
それ以上突っ込んだ話に発展せずに済んでよかった。
少佐を見送り、額の汗を払い、改めて本棚に戻った。
フェルディナントが探しているのはローマ史、そして、「クーデター」史なのだ。
クーデター(仏: coup d'État、)とは、元々がフランス語で、「国家に対する一撃」を意味する。
軍隊組織や政治家が非合法的に、かつ公然と、暴力的な手段を行使して、政権を転覆させること、またそれを試みることを指す言葉だ。
なんとか探し当てたいくつかの本にその場で素早く目を通した。
クーデターが成功するためには、どうしても無視できないポイントがある。
まず、戦術的には、クーデターは戦闘部隊が相手となるわけではないために少数の部隊で実施することが可能。しかし、防諜の観点から実行部隊の人員は技能だけでなく信頼可能かどうかを判断して秘密裏に選抜しなければならない。この点は、今もフェルディナントが腐心している。
一般に、有効な攻撃目標としては通信施設、駅や港などの交通施設、政府首脳の官邸、国防省や警察本部などの官庁を挙げることが可能であり、反撃を準備する猶予を与えないように短時間のうちに目標を完遂することが不可欠である、とあった。
そして戦略的には、クーデターの達成を確実なものにするため、速やかに大衆の支持を獲得して既存の政府に対する支持を無力化する必要がある。
軍事組織それ自体は政治的な正当性を備えた組織ではないために、迅速に国家の首都に部隊で占拠して権力の中枢に関与している指導的な政治勢力を排除するか、もしくは従属させることを計画しなければならない。
帝国で言えば、皇帝や内閣府をはじめとする省庁の長、そして、元老院議員たちだ。
旧文明では数多くのクーデターが発生した。
当時のある学者の著作によれば、20世紀中ごろ、1958年から77年までのたった20年弱の間に150件以上起きており、特に当時の熱帯アフリカや中南米など、一般大衆の子弟が高等教育を受けることが困難で、立身出世を望む者が軍に集中する構造の社会で頻発していた、と。
そうした見方が正しいなら、仮に帝国でクーデターを起こしたとしても、成功はおぼつかないのではないか。
帝国の教育制度はあまねく全国にゆきわたり、しかも公平で公正だ。
そして、帝国人の知的水準は高く、社会の成熟度はノールやドンなど足元にも及ばない。軍に行かずとも、立身出世を図る機会や手段は数多(あまた)ある。
教育制度と同じく、政治参加の機会も広く保証されている。
元老院を構成する議員の半分は平民。それに、現在の皇帝はたった200年ほど前に併合した民族の、しかも平民なのだ。
仮に彼を除くのに成功したとしても、彼に続く優秀な貴族や平民のストックにはいささかも影響しない。もし元老院議員全員を殺したとしても、おそらく次の日にはもう、代わりになる者が全国から集まり、議事堂の議席を埋めていることだろう。
フェルディナントの思考はさらに深まってゆく
過去数多くのクーデター例の中から2件を上げてみた。
一人は、帝国で『神君』と呼ばれるユリウス・カエサルである。
フェルディナントにとって手触りのある旧文明の歴史と言えば、これだけはリセでも必修だった、帝国がその政治指針として標榜する、古代ローマ史だった。
帝国も古代ローマも、その成り立ちが似ていた。
最初は王政。ついで市民たちが立ち上がってできた共和政。そして、帝政。
真似しようとしたのではないという。図らずも、同じ道をたどっていたのだ、と。
旧文明紀元前49年、カエサルのガリア属州総督解任および本国召還を命じる『セナトゥス・コンスルトゥム・ウルティムム(元老院最終決議)』が発布された。
そのまま本国召還に応じれば、政敵であるポンぺイウス牛耳る元老院派によって粛清される運命にあった。
そこでカエサルは自派の護民官がローマを追われたことを名目に、軍を率いて国境であるルビコン川を越えたことで、ポンペイウス及び元老院派との内戦に突入した。護民官の身体は絶対不可侵であり、元老院派の行為は言語道断であり、これを正すために、立ち上がるのだ! と。
当時、属州総督を兼ねる司令官が軍団を率いて本国に入れば国家反逆罪に問われた。
数年に及ぶガリア戦役を共に戦い抜いた第十三軍団を率いて国境を超えた彼の行いは立派にクーデターである。
そしてそれは誰もが知っているとおり、成功した。
政敵ポンペイウスを倒し、元老院を無力化した彼は、紀元前44年、自ら『ディクタトゥール・ペルペトゥア、終身独裁官』に就任し、権力を一身に集中することで統治能力の強化を図った。この権力集中システムは元首政(プリンキパトゥス)として後継者のオクタウィアヌス(後のアウグストゥス)に引き継がれ、帝政ローマ誕生の礎となる。
そして、今ひとりは20世紀の「カダフィー大佐」だ。
彼の祖国リビアは、古代より大国に征服されることを繰り返していた。
フェニキア人、カルタゴ、古代ローマ、東ローマ帝国の支配を受けた後、7世紀にはアラブ人のウマイヤ朝に征服され、イスラム教が定着。その後、16世紀にはオスマン帝国に併合され、カラマンリー朝が成立した。
その後、イギリスとフランスがこの地に干渉し始め、さらに20世紀初頭の伊土戦争、イタリア・トルコ戦争により、1911年にはイタリア王国がリビアを植民地にした。
第二次世界大戦中には連合国(イギリス)と枢軸国(イタリア、ナチス・ドイツ)の間での激戦によって国土が戦場となり、イタリアの敗戦により、戦後は英仏の共同統治領とされた。リビアは豊富な原油埋蔵量を持ち、それが西欧諸国の食指を刺激したのである。
その後、英仏の傀儡(かいらい)のような国王によってリビア王国が建国される。
これに反旗を翻したのがカダフィー大佐である。
彼は、汎アラブ主義を唱えたエジプトのナセル大統領に心酔しており、リビアもまたエジプトのようにならねばならんとして、1969年9月1日、首都トリポリでクーデターを起こし、政権を掌握した。
国王イドリース1世は廃位されて王政は崩壊。新政権は共和政を宣言して国号を「リビア・アラブ共和国」とした。
カダフィーは「汎アラブ主義者」であり、強烈な反米主義を掲げた。
同時に、リビアを真に強力な国にするべく、数々の改革を断行した。
改革の一例としては、
教育・医療・電気代一切無料。車購入の際政府が価格の50%補助。子供を産んだ母親に5000ドルを支給。40個のパンの値段は0.15ドル※3。リビアの石油の売り上げの一部は、国民に還元。カップルは全員6万ディナールを政府か受け取り、この援助によって結婚し家庭を築く国民が急増した。
国民を富ませ、教育水準を高める。
この政策を実現するため、豊富に産出される原油からあがる利潤を湯水のように使った。
カダフィーのクーデターは、国民から好意的に受け入れられたのだ。
カエサルもカダフィーも、ふたりとも独裁を布いた。しかしそれは市民たちから好意的に迎えられ、国の行く末を指し示し、国民に希望と幸福と平穏をもたらした。
しかし、カエサルもカダフィーも、結局は非業の死を遂げた。
カエサルは懐柔したと思い込んでいた元老院派に。
カダフィーは反政府派との内戦の果てに謀殺された。
もう後戻りはできないと決意した。
だが、調べれば調べるほど、フェルディナントたちが為そうとしている行動から、意味が失われてゆくばかりだった。
一方。
久々にクィリナリスのオフィスに姿を見せたウリル少将。
デスクの前に、リヨン中尉が立っていた。
「閣下、もう一刻の猶予もありません!
憲兵隊に出動要請を! クーロン飯店に集まったヤツらを一個中隊で一網打尽にします! 」
※1、2 下、ひとくちメモ参照
※3(当時のレート、1ドル=360円として約54円)
アサシン・ヤヨイシリーズ ひとくちメモ
79 クラウゼヴィッツ、マハン、カエサルとカダフィー大佐
カール・フィーリプ・ゴットリープ・フォン・クラウゼヴィッツ(独: Carl Philipp Gottlieb von Clausewitz (Claußwitz)、1780年 - 1831年)は、プロイセン王国の陸軍軍人、軍事学者。最終階級は陸軍少将。
ナポレオン戦争にプロイセン陸軍の将校として参加しており、シャルンホルスト将軍およびグナイゼナウ将軍に師事。戦後は研究と著述に専念したが、彼の死後1832年に発表された『戦争論』で、戦略、戦闘、戦術の研究領域において重要な業績を示した。特記すべき業績としては絶対的戦争、政治的交渉の延長としての戦争概念、摩擦、戦場の霧、重心、軍事的天才、防御の優位性、攻勢極限点、勝敗分岐点などがある。
クラウゼヴィッツが影響を受けた人物にはフリードリヒ2世、ナポレオン・ボナパルト、ゲルハルト・フォン・シャルンホルストなどがいる。
また、クラウゼヴィッツの影響を受けた人物にはヘルムート・カール・ベルンハルト・フォン・モルトケやコルマール・フォン・デア・ゴルツ、アルフレート・フォン・シュリーフェン、クレメンス・ヴィルヘルム・ヤーコプ・メッケルなどのドイツ軍の研究者や、エンゲルスなどの革命戦略家、そして海軍戦略家のジュリアン・コーベットや電撃戦の理論家ジョン・フレデリック・チャールズ・フラーなど、研究者に幅広い影響を与えている。
アルフレッド・セイヤー・マハン(Alfred Thayer Mahan [məˈhæn], 1840年 - 1914年)は、アメリカ合衆国の海軍軍人・歴史家・地政学者。最終階級は海軍少将。
マハンはアメリカ海軍の士官であるだけでなく、研究者としても名を馳せた。その研究領域は海洋戦略・海軍戦略・海戦術などに及び、シーパワー・制海権・海上封鎖・大艦巨砲主義などに関する研究業績がある。
中でも古典的な海洋戦略を展開した『海上権力史論』は世界各国で研究されている。「世界の諸処に植民地を獲得せよ。 アメリカの貿易を擁護し、かつ外国に強圧を加えるために諸処に海軍根拠地を獲得し、これを発展させよ」との持論を持っていた。また、初めて中東という呼称を使ったとも言われている。
19世紀フランスの研究者アントワーヌ=アンリ・ジョミニや父デニス・ハート・マハンの影響を強く受けており、マハンの研究に影響を受けた人物にはセオドア・ルーズベルト、ヴィルヘルム2世、ジュリアン・コーベット、佐藤鉄太郎、秋山真之などがいる。彼に因んでいくつかの艦船が「マハン」と命名された。
ガイウス・ユリウス・カエサル(ラテン語: Gaius Iulius Caesar、Juliusとも、紀元前100年 - 紀元前44年3月15日)は、共和政ローマ末期の政治家であり、軍人、文筆家。
「賽は投げられた」(alea jacta est)、
「来た、見た、勝った」(veni, vidi, vici) 、
「ブルータス、お前もか」(et tu, Brute?)
などの特徴的な引用句でも知られる。また彼が布告し彼の名が冠された暦(ユリウス暦)は、紀元前45年から1582年まで1600年間以上に渡り欧州のほぼ全域で使用され続けた。
古代ローマで最大の野心家と言われ、マルクス・リキニウス・クラッスス及びグナエウス・ポンペイウスとの第一回三頭政治と内戦を経て、終身独裁官(英語版)(ディクタトル・ペルペトゥア)となった。しかし、その直後暗殺され、カエサルの時代は終焉を迎える。
「カエサル」の名は、帝政初期にローマ皇帝が帯びる称号の一つ、帝政後期には副帝の称号となった。ドイツ語のKaiser(カイザー)やロシア語のцарь(ツァーリ)など、皇帝を表す言葉の語源でもある。
ムアンマル・アル=カッザーフィー(アラビア語: معمر أبو منيار القذافي, muʿammar ʾabū minyār al-qaḏḏāfī, 1942年6月7日 - 2011年10月20日)は、リビアの軍人・革命家・政治家で、大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国(社会主義人民リビア・アラブ国)の元首。日本では一般にカダフィ大佐という呼称で知られている。
1969年のリビア革命で政権を樹立してから、長期に渡って政権を維持したが、2011年リビア内戦によってカダフィ政権は打倒され、カッザーフィーは反カッザーフィー派部隊によって2011年10月20日に暗殺された。
Clausewitz
Wilhelm Wach - 不明, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=695673による
Alfred thayer mahan
パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=453133
『カエサル暗殺』(La Mort de César) フランス人画家ジャン=レオン・ジェロームによる1867年の作
ジャン=レオン・ジェローム - ウォルターズ美術館: Home page Info about artwork, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=18843517による
カエサルの胸像(ウィーン美術史美術館)
Andrew Bossi - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3201924による
Muammar al-Gaddafi at the 12th AU summit, February 2, 2009, in Addis Ababa.
U.S. Navy photo by Mass Communication Specialist 2nd Class Jesse B. Awalt/Released - パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=14803201による
統合参謀本部に復命するため、と偽りを言った。
まず確認されることはないし、上司のアグン少佐もフェルディナントが参謀本部に日参することを喜んでくれ、勧めてくれているほどだ。旅団長の言う「政治介入」とは縁を切ったのだ、と思い込んでくれているところに、多少の罪悪感はあった。
自分の中隊の様子を見た後、第二近衛の機甲師団に向かった。
驚いたことに、部隊の削減はフェルディナントの予想以上に急ピッチで進んでいた。
顔を出した軍団司令部も閑散としたものだった。スタッフのほぼ七割以上がすでに異動先に向かったのだと聞いた。フェルディナントの来訪について詮索する者など誰もいなかった。残っている者もみな次の任地へ向かう。それまでに残務処理を終えてしまいたい。誰もがそのことで一杯のようだった。
戦車部隊の下士官たちと話した。
リントナー軍曹は、まだいた。戦車が鎮座するガレージで、彼は言った。
「中尉殿。例の件ですが、いつやるのですか? 」
彼だけではなかった。これから異動になるらしい下士官たちが10名以上も、リントナー軍曹と共にフェルディナントを迎えてくれた。
「もう、廃棄作業はあらかた終わってしまいました。
部品の寄せ集めでなんとかこの2両のマークⅠ型をデッチあげましたが、今月の終わりにはこれも交換部品と一緒に第一へ引き渡さねばなりません。我々も、異動になります」
早く方針を決めてくれ!
言葉の外に、軍曹が言わんとする意味が滲み出ていた。
「みな、同じ意思なのか? 」
2両の「鉄の棺桶」を取り囲んだ下士官たちは、皆一様に硬く口を結び、頷いた。
「あと一日待て。それですべてわかる」
連隊に戻る前に、都心のバカロレアに行った。
図書館で、調べたいことがあった。
久々の緑の芝生には、平和と学問の自由を謳歌する風がそよいでいた。
この図書館に来たのはリセの学生時代以来だ。
できることなら、フェルディナントもここに進学したかった。存分に知的好奇心を満足させたかった。
しかし、彼にはカネがなかった。それで、しかたなく学費と生活費が全額支給される士官学校へ行ったのだ。
在籍の学生はもちろん、小学生から年寄りまで、外国人でさえも、ここへの出入りも閲覧さえも自由である。
ただし、国家の安全保障に関わる科学技術関係の資料はない。それは特別な許可を得た理工系の学生にしか閲覧を許されなかった。
リセのころは、その理不尽に大いに不満を覚えたものだが、しかしきょう、フェルディナントが調べたかった資料は人文系の、それも、歴史と政治に関するものだった。
歴史と政治の科目はリセの高等部で学ぶのだが、いずれ軍隊で役に立つと物理と数学を選んでいだ彼は、だからその人文系の書架の群れに分け入ったのは初めてだった。
収蔵室は閲覧室とは別室で、文字通りの書庫である。本を探す人もまばら。しかも、極力紫外線を避けているために窓も小さい。薄暗い本の森である。
帝国がまだ王政だったころからの歴史書ももちろんある。
だがそれに数倍するほどの旧文明の歴史書の蔵書数は、もちろん、この世界で随一だ。
海の底や地の底に眠っていた「Zimmerツィンマー、チェンバー」には、千年もの長い間酸素や紫外線に曝されずに保存されていた書籍が多数あった。きっと、大昔の人々が、「これだけは是非とも人類の貴重な足跡として後世に伝えたい! 」
そんな思いで地の底に収めていたものだったのだろう。
ここ数十年ほどのバカロレアの海洋考古学スタッフたちは、それらをすぐさま真空チェンバーの中に移し、まるで腫れ物に触るようにして一枚一枚、丹念に読み取り、書き写してきたのだ。
他にも、当時の磁気や集積回路に保存されていたと思われる情報もあったが、残念ながらそれらはデバイスも含め全て、長い年月の間に劣化してしまっていたし、もし仮に動作したとしても、いかんせんまだ帝国の電子技術はそれらを読み取れるほどには進んでいなかったのだ。
ゆえに、この図書館に収められている旧文明の蔵書は全て、「紙」の本の復刻なのだ。
このやり方で、帝国は数万年に及ぶ人類の歴史と先祖たちの生業や生き様を大方読むことができた。
と。
急に肩を叩かれ、驚いた。
「よう! シュタルケ中尉ではないか! 」
誰もいないと思い込んでいたために、肝を潰した。
転属先の上司となる、統合参謀本部作戦課の少佐だった。反射的に敬礼をした。
「なにか探し物か、中尉? 」
答礼した少佐はにこやかに話しかけて来た。
「はい。転属前に、久しぶりにクラウゼヴィッツ※1を復習しようかと。それと、マハン※2があれば。士官学校以来なのでアタマが少々錆びついているのでは、と・・・」
「うむ! いい心がけだな! だが、戦史・戦記の棚はここではないぞ。10ほど東の棚だ」
「ああ、そうだったんですね。久しぶりなので、迷ってしまったらしいです! 」
「はは。ではな。来月貴官が転任して来るのを待っているぞ! 」
去ってゆく少佐のサンダルの響きが書庫に響いた。
ふう・・・。
それ以上突っ込んだ話に発展せずに済んでよかった。
少佐を見送り、額の汗を払い、改めて本棚に戻った。
フェルディナントが探しているのはローマ史、そして、「クーデター」史なのだ。
クーデター(仏: coup d'État、)とは、元々がフランス語で、「国家に対する一撃」を意味する。
軍隊組織や政治家が非合法的に、かつ公然と、暴力的な手段を行使して、政権を転覆させること、またそれを試みることを指す言葉だ。
なんとか探し当てたいくつかの本にその場で素早く目を通した。
クーデターが成功するためには、どうしても無視できないポイントがある。
まず、戦術的には、クーデターは戦闘部隊が相手となるわけではないために少数の部隊で実施することが可能。しかし、防諜の観点から実行部隊の人員は技能だけでなく信頼可能かどうかを判断して秘密裏に選抜しなければならない。この点は、今もフェルディナントが腐心している。
一般に、有効な攻撃目標としては通信施設、駅や港などの交通施設、政府首脳の官邸、国防省や警察本部などの官庁を挙げることが可能であり、反撃を準備する猶予を与えないように短時間のうちに目標を完遂することが不可欠である、とあった。
そして戦略的には、クーデターの達成を確実なものにするため、速やかに大衆の支持を獲得して既存の政府に対する支持を無力化する必要がある。
軍事組織それ自体は政治的な正当性を備えた組織ではないために、迅速に国家の首都に部隊で占拠して権力の中枢に関与している指導的な政治勢力を排除するか、もしくは従属させることを計画しなければならない。
帝国で言えば、皇帝や内閣府をはじめとする省庁の長、そして、元老院議員たちだ。
旧文明では数多くのクーデターが発生した。
当時のある学者の著作によれば、20世紀中ごろ、1958年から77年までのたった20年弱の間に150件以上起きており、特に当時の熱帯アフリカや中南米など、一般大衆の子弟が高等教育を受けることが困難で、立身出世を望む者が軍に集中する構造の社会で頻発していた、と。
そうした見方が正しいなら、仮に帝国でクーデターを起こしたとしても、成功はおぼつかないのではないか。
帝国の教育制度はあまねく全国にゆきわたり、しかも公平で公正だ。
そして、帝国人の知的水準は高く、社会の成熟度はノールやドンなど足元にも及ばない。軍に行かずとも、立身出世を図る機会や手段は数多(あまた)ある。
教育制度と同じく、政治参加の機会も広く保証されている。
元老院を構成する議員の半分は平民。それに、現在の皇帝はたった200年ほど前に併合した民族の、しかも平民なのだ。
仮に彼を除くのに成功したとしても、彼に続く優秀な貴族や平民のストックにはいささかも影響しない。もし元老院議員全員を殺したとしても、おそらく次の日にはもう、代わりになる者が全国から集まり、議事堂の議席を埋めていることだろう。
フェルディナントの思考はさらに深まってゆく
過去数多くのクーデター例の中から2件を上げてみた。
一人は、帝国で『神君』と呼ばれるユリウス・カエサルである。
フェルディナントにとって手触りのある旧文明の歴史と言えば、これだけはリセでも必修だった、帝国がその政治指針として標榜する、古代ローマ史だった。
帝国も古代ローマも、その成り立ちが似ていた。
最初は王政。ついで市民たちが立ち上がってできた共和政。そして、帝政。
真似しようとしたのではないという。図らずも、同じ道をたどっていたのだ、と。
旧文明紀元前49年、カエサルのガリア属州総督解任および本国召還を命じる『セナトゥス・コンスルトゥム・ウルティムム(元老院最終決議)』が発布された。
そのまま本国召還に応じれば、政敵であるポンぺイウス牛耳る元老院派によって粛清される運命にあった。
そこでカエサルは自派の護民官がローマを追われたことを名目に、軍を率いて国境であるルビコン川を越えたことで、ポンペイウス及び元老院派との内戦に突入した。護民官の身体は絶対不可侵であり、元老院派の行為は言語道断であり、これを正すために、立ち上がるのだ! と。
当時、属州総督を兼ねる司令官が軍団を率いて本国に入れば国家反逆罪に問われた。
数年に及ぶガリア戦役を共に戦い抜いた第十三軍団を率いて国境を超えた彼の行いは立派にクーデターである。
そしてそれは誰もが知っているとおり、成功した。
政敵ポンペイウスを倒し、元老院を無力化した彼は、紀元前44年、自ら『ディクタトゥール・ペルペトゥア、終身独裁官』に就任し、権力を一身に集中することで統治能力の強化を図った。この権力集中システムは元首政(プリンキパトゥス)として後継者のオクタウィアヌス(後のアウグストゥス)に引き継がれ、帝政ローマ誕生の礎となる。
そして、今ひとりは20世紀の「カダフィー大佐」だ。
彼の祖国リビアは、古代より大国に征服されることを繰り返していた。
フェニキア人、カルタゴ、古代ローマ、東ローマ帝国の支配を受けた後、7世紀にはアラブ人のウマイヤ朝に征服され、イスラム教が定着。その後、16世紀にはオスマン帝国に併合され、カラマンリー朝が成立した。
その後、イギリスとフランスがこの地に干渉し始め、さらに20世紀初頭の伊土戦争、イタリア・トルコ戦争により、1911年にはイタリア王国がリビアを植民地にした。
第二次世界大戦中には連合国(イギリス)と枢軸国(イタリア、ナチス・ドイツ)の間での激戦によって国土が戦場となり、イタリアの敗戦により、戦後は英仏の共同統治領とされた。リビアは豊富な原油埋蔵量を持ち、それが西欧諸国の食指を刺激したのである。
その後、英仏の傀儡(かいらい)のような国王によってリビア王国が建国される。
これに反旗を翻したのがカダフィー大佐である。
彼は、汎アラブ主義を唱えたエジプトのナセル大統領に心酔しており、リビアもまたエジプトのようにならねばならんとして、1969年9月1日、首都トリポリでクーデターを起こし、政権を掌握した。
国王イドリース1世は廃位されて王政は崩壊。新政権は共和政を宣言して国号を「リビア・アラブ共和国」とした。
カダフィーは「汎アラブ主義者」であり、強烈な反米主義を掲げた。
同時に、リビアを真に強力な国にするべく、数々の改革を断行した。
改革の一例としては、
教育・医療・電気代一切無料。車購入の際政府が価格の50%補助。子供を産んだ母親に5000ドルを支給。40個のパンの値段は0.15ドル※3。リビアの石油の売り上げの一部は、国民に還元。カップルは全員6万ディナールを政府か受け取り、この援助によって結婚し家庭を築く国民が急増した。
国民を富ませ、教育水準を高める。
この政策を実現するため、豊富に産出される原油からあがる利潤を湯水のように使った。
カダフィーのクーデターは、国民から好意的に受け入れられたのだ。
カエサルもカダフィーも、ふたりとも独裁を布いた。しかしそれは市民たちから好意的に迎えられ、国の行く末を指し示し、国民に希望と幸福と平穏をもたらした。
しかし、カエサルもカダフィーも、結局は非業の死を遂げた。
カエサルは懐柔したと思い込んでいた元老院派に。
カダフィーは反政府派との内戦の果てに謀殺された。
もう後戻りはできないと決意した。
だが、調べれば調べるほど、フェルディナントたちが為そうとしている行動から、意味が失われてゆくばかりだった。
一方。
久々にクィリナリスのオフィスに姿を見せたウリル少将。
デスクの前に、リヨン中尉が立っていた。
「閣下、もう一刻の猶予もありません!
憲兵隊に出動要請を! クーロン飯店に集まったヤツらを一個中隊で一網打尽にします! 」
※1、2 下、ひとくちメモ参照
※3(当時のレート、1ドル=360円として約54円)
アサシン・ヤヨイシリーズ ひとくちメモ
79 クラウゼヴィッツ、マハン、カエサルとカダフィー大佐
カール・フィーリプ・ゴットリープ・フォン・クラウゼヴィッツ(独: Carl Philipp Gottlieb von Clausewitz (Claußwitz)、1780年 - 1831年)は、プロイセン王国の陸軍軍人、軍事学者。最終階級は陸軍少将。
ナポレオン戦争にプロイセン陸軍の将校として参加しており、シャルンホルスト将軍およびグナイゼナウ将軍に師事。戦後は研究と著述に専念したが、彼の死後1832年に発表された『戦争論』で、戦略、戦闘、戦術の研究領域において重要な業績を示した。特記すべき業績としては絶対的戦争、政治的交渉の延長としての戦争概念、摩擦、戦場の霧、重心、軍事的天才、防御の優位性、攻勢極限点、勝敗分岐点などがある。
クラウゼヴィッツが影響を受けた人物にはフリードリヒ2世、ナポレオン・ボナパルト、ゲルハルト・フォン・シャルンホルストなどがいる。
また、クラウゼヴィッツの影響を受けた人物にはヘルムート・カール・ベルンハルト・フォン・モルトケやコルマール・フォン・デア・ゴルツ、アルフレート・フォン・シュリーフェン、クレメンス・ヴィルヘルム・ヤーコプ・メッケルなどのドイツ軍の研究者や、エンゲルスなどの革命戦略家、そして海軍戦略家のジュリアン・コーベットや電撃戦の理論家ジョン・フレデリック・チャールズ・フラーなど、研究者に幅広い影響を与えている。
アルフレッド・セイヤー・マハン(Alfred Thayer Mahan [məˈhæn], 1840年 - 1914年)は、アメリカ合衆国の海軍軍人・歴史家・地政学者。最終階級は海軍少将。
マハンはアメリカ海軍の士官であるだけでなく、研究者としても名を馳せた。その研究領域は海洋戦略・海軍戦略・海戦術などに及び、シーパワー・制海権・海上封鎖・大艦巨砲主義などに関する研究業績がある。
中でも古典的な海洋戦略を展開した『海上権力史論』は世界各国で研究されている。「世界の諸処に植民地を獲得せよ。 アメリカの貿易を擁護し、かつ外国に強圧を加えるために諸処に海軍根拠地を獲得し、これを発展させよ」との持論を持っていた。また、初めて中東という呼称を使ったとも言われている。
19世紀フランスの研究者アントワーヌ=アンリ・ジョミニや父デニス・ハート・マハンの影響を強く受けており、マハンの研究に影響を受けた人物にはセオドア・ルーズベルト、ヴィルヘルム2世、ジュリアン・コーベット、佐藤鉄太郎、秋山真之などがいる。彼に因んでいくつかの艦船が「マハン」と命名された。
ガイウス・ユリウス・カエサル(ラテン語: Gaius Iulius Caesar、Juliusとも、紀元前100年 - 紀元前44年3月15日)は、共和政ローマ末期の政治家であり、軍人、文筆家。
「賽は投げられた」(alea jacta est)、
「来た、見た、勝った」(veni, vidi, vici) 、
「ブルータス、お前もか」(et tu, Brute?)
などの特徴的な引用句でも知られる。また彼が布告し彼の名が冠された暦(ユリウス暦)は、紀元前45年から1582年まで1600年間以上に渡り欧州のほぼ全域で使用され続けた。
古代ローマで最大の野心家と言われ、マルクス・リキニウス・クラッスス及びグナエウス・ポンペイウスとの第一回三頭政治と内戦を経て、終身独裁官(英語版)(ディクタトル・ペルペトゥア)となった。しかし、その直後暗殺され、カエサルの時代は終焉を迎える。
「カエサル」の名は、帝政初期にローマ皇帝が帯びる称号の一つ、帝政後期には副帝の称号となった。ドイツ語のKaiser(カイザー)やロシア語のцарь(ツァーリ)など、皇帝を表す言葉の語源でもある。
ムアンマル・アル=カッザーフィー(アラビア語: معمر أبو منيار القذافي, muʿammar ʾabū minyār al-qaḏḏāfī, 1942年6月7日 - 2011年10月20日)は、リビアの軍人・革命家・政治家で、大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国(社会主義人民リビア・アラブ国)の元首。日本では一般にカダフィ大佐という呼称で知られている。
1969年のリビア革命で政権を樹立してから、長期に渡って政権を維持したが、2011年リビア内戦によってカダフィ政権は打倒され、カッザーフィーは反カッザーフィー派部隊によって2011年10月20日に暗殺された。
Clausewitz
Wilhelm Wach - 不明, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=695673による
Alfred thayer mahan
パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=453133
『カエサル暗殺』(La Mort de César) フランス人画家ジャン=レオン・ジェロームによる1867年の作
ジャン=レオン・ジェローム - ウォルターズ美術館: Home page Info about artwork, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=18843517による
カエサルの胸像(ウィーン美術史美術館)
Andrew Bossi - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3201924による
Muammar al-Gaddafi at the 12th AU summit, February 2, 2009, in Addis Ababa.
U.S. Navy photo by Mass Communication Specialist 2nd Class Jesse B. Awalt/Released - パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=14803201による
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