ステンカ・ラージン 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 5】 ―コサックを殲滅せよ!―

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捜索

09 ハンナのウデの見せ所と、作戦その1

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 その日。
 3000キロも南の帝都では。
 朝一番から行われていた皇宮での奏上が早くも終わっていた。
 統合参謀本部長、作戦課長のリヒテル少将とその副官、そしてウリルは、皇宮の応接室、十人ほどが囲めるテーブルにソファーがあるきりの、暖炉のある白壁の部屋で一同待っていた。
 そこへ真っ白なトーガ姿の皇帝が現れたのだが、着座するなり、
「前置きはいい。結論だけ話したまえ」
 それで、統合参謀本部長のフリューア大将が今回の事態の顛末から説明しようとしたところさらに、
「どのような対処策を取るのか。それを聞きたいのだ! 」
と一喝され、またしてもしどろもどろになった大将が、皇帝の好む報告の仕方、つまり、まるでチェックリストを読み上げるように一件ごと箇条書き的に施策を提案したところ、
「それでよい。捜索救出作戦はかねてよりウリル少将に一任してある。後の周辺事業については今の本部長の提案通り進めたまえ。他になければ、解散する! 」
 結局、ものの30分も経たないうちに終了してしまったのである。
 一同起立する中皇帝が退出し、フリューア大将が退出して、後にリヒテルと副官、ウリルだけが残った。
 ウリルも席を立った。だが、隣のリヒテル少将は立ち上がったかと思いきやまたすとんと席に座ってしまった。
 腰が、抜けてしまったか・・・。
 気を利かせたウリルは壁際で待っていた副官に、
「ちょっとリヒテル少将に内密で話がある。先に戻っていたまえ」
と、退出させた。
 皇宮の一室で、ウリルは統合参謀本部の作戦課長と二人きりになった。
「済みません、ウリル閣下・・・」
 2人とも同格の少将だがウリルの方が先任で歳も上なため、リヒテルは礼をとった。彼の額からは大粒の汗の玉が流れ落ちた。

 帝国は陸海軍の最高司令官であるインペラトールと元老院の第一人者たるプリンチェプスとを一身に体現する皇帝独裁の国家である。
 だが、それはタテマエで、その実はだいぶ違う。
 帝国皇帝は独裁君主ではあっても専制君主ではなかった。皇帝の一存で決定できる要件とそうでないものとがあるのだ。
 例えば、他国への宣戦布告は皇帝が独断することは許されない。元老院での議決が必要であり、仮に否決されれば皇帝と言えどもVETOヴェトー(拒否権)は行使できない。
 ただし、他国の宣戦か突然の越境進撃があればその限りではない。皇帝は元老院の審議を待たず独断で兵を動かし、外敵を撃退する責務を負う。
 今回の北の異民族の地への探索行も同じで、他国との交戦を目的としないならば皇帝の独断で兵を動かせる。ただし、軍事行動の後、元老院で顛末を報告する義務は残る。費消した当初予算外の戦費について、元老院の承認は受ける必要があるのだ。元老院が追加予算を承認して初めて、皇帝は国庫からの軍費充当も、必要であれば戦時国債の発行も許される。いくさは、カネが無くてはダメなのである。
 帝国は皇帝独裁ではあっても法治主義を取っており、皇帝の上に法があるのだ。
 過去、何人もの皇帝が専制を行ったとの廉で暗殺されていた。それを踏まえての法なのである。
 
しばらくして、落ち着いた少将がゆっくりと立ち上がり、腰を抑えた。
「面目ない・・・」
 と作戦課長は言った。
「責任を感じていたのだろうな。ムリもあるまい。
 だが、陛下もあのように全てご裁可下さったのだ。あまり気にせず、あとは任せることだ」
「しかし・・・」
「ユーリー。キミの基本スタンスは間違ってはいない。今後我が帝国の軍備は削減の方向に向かう。また、向かわねばならぬ。そのためにはまず脅威となり得る周辺の状況を把握せねば。ただし、」
 ウリルは、この士官学校の成績はバツグンでも、最前線での実戦経験に乏しく胆力のない秀才エリートに諭した。
「自家製もいいが、パンはパン屋に任せ、大きなカマドで焼き上げる方が美味いものだ。
 今後は最前線の意見もよく聞き、作戦の実施については任せることも必要だと思う。
 キミがやらねばならないのは、第一次探索隊のスタッフたちへの後始末だ。だがそれも、『マルス』の作戦が終わって、全てが明らかになってからでよい。今は、休むことだ」




 日が暮れる前に野営地を決めた。
 少尉やビアンカやアランが馬からせっせと荷物を降ろし天幕を張り、カマドをこしらえてゆく。
 ハンナをまず驚かせたのは、その天幕だった。
 帝国軍式の天幕は、シビルの村のように木の枝とか動物の皮を鞣したのとかは使わずに一本の長い棒を立てたと思ったら一瞬でパッと開く。しかも厚手の布は何かのクスリが塗ってあって雨が漏らない。
 後はあちこちロープを張って地にアンカーを打ち込んで結び、それで終わり。ひと張りに4人は眠れるテントがあっという間に4張りもできた。
 それが終わると火起こし。これも、枯れ枝を組み上げたのにアランが何かを手元でイジってすぐボッと火種が点き、それを枯れ枝に移しただけですぐに火が熾った。
 文明だわ・・・。
 それらの様子をボーっと見ているだけだったハンナの横で、シェンカー少佐の弟さん、やせ型だけどまあまあゴツいシェンカー大尉もまた、手持無沙汰そうにただ突っ立っているのが目に留まった。
 自然に父の言葉が思い出された。
「シビルの名に恥じないように」
 シェンカー大尉と同列に見られたくない。そんな思いが、ハンナの口を突いて出た。
「他に何か、やること、ありますか? 」
「そおねえ・・・」
 テントを張り終わったヤヨイ少尉がニコニコしながら額の汗を拭いた。
「じゃあ、そこの沢で水でも汲んできて」
「はい! 」
 ハンナが木のバケツを取って沢に歩きかけたとき、
 ズダーンッ!
 遠い銃声が山々に木魂した。
 咄嗟に銃に手が伸びた。でも、他のみんなはのんびりと馬からの荷物降ろしを続けていた。
「大丈夫よ、ハンナ。銃声が一発だけ。しかも遠い。アランが何も言わない。だから、大丈夫! 」
 ハンナよりも背が低いアランは、何事もなかったようにナイフで枝を切り、カマドの上に渡す棒をこしらえていた。目が合った。彼はハンナに向かってニヤ、と笑った。
「きっと、今夜はごちそうよ! 下ごしらえはハンナに頼もうかな? 」
と少尉は言った。
「ま、まかせてくださいっ! 」

 日はとっぷりと暮れた。
 ディートリヒとカミルがえっちらおっちら、担いだ棒に大きな牡鹿をぶら下げて戻って来た。その後ろからリーズルが。
「ちょっと遅くなったけど、デカいの仕留めたわ! 」
「うわ、大物じゃないの! ありがとう、リーズル! それにディートリヒにカミル! 今夜はハンナが腕に寄りをかけてシビル風鹿尽しを料理してくれるらしいわ! 」
「うわ、楽しみ~! 」
「任せてください! 」
 よーし!
 やっとハンナがウデを振るえるターンが来た! 
 ジャケットの袖を捲り、大ぶりのサバイバルナイフを取り出して馬具の革の裏で研いだ。
 すぐ下の弟ボリスやミハイルが仕留めてきた獲物を捌いて料理するのはいつも女の、ハンナの役目だった。いまこそお役に立つところをお見せしなければ! ハンナは奮い立った。

 やっぱりシェンカーは不満だった。
 なんと不謹慎な! まるでピクニック気分ではないか!
 第一次探索隊の遭難が判明してからもう丸6日経っている。それなのに、推定される遭難地に急行しようともせず、のんびり歩いて野営し、しかも、予備役の一人はぐうぐう寝てるし、挙句「鹿尽くし」だと? 
 そんな悠長な場合か!
「お・・・」
 大鹿のハラを割いて両手を血だらけにしている野蛮人の娘を大声で怒鳴ろうとした矢先、
「大尉、ちょっといいですか? リーズルも」
 熾した火の傍でぐうぐう寝息を立てているアランのすぐそばにヤヨイが座った。その横に座を占めた。リーズルも、シェンカーの隣に座って細い葉巻を咥え、焚火の燃えさしで火を点けた。
「あ、ちなみにアランは起こさないでくださいね。彼には夜中見張りをしてもらうので。今は極力休ませたいんです」
 早速機先を制されまくり、
「あ、ああ・・・」
と言うしかなかった。
「大尉、これを見てください」
 ヤヨイは焚火の火で見えるように地図を広げた。



「これが今朝出発したシビル族の村。そしてこれが第一次探索隊の第一通報地点です」
 ヴァインライヒ少尉は地図を指しながら説明した。
「うむ」
「当初、我々は第一次の後をトレースするように進むと申し上げましたが、 」
「うん、それで? 」
「はい。実は、我々の任務は第一次の隊を捜索するとともに、北の民族の現状調査も含まれているのです。というよりも、まずつぶさに現状を知らねば、主目的である捜索、救助活動も覚束ないのです」
「はい、大尉どの。使って下さい」
 話を聞いているシェンカーのもとにビアンカからカーキ色のカンが回ってきた。
「なんだこれは」
「迷彩塗料です」
 そう答える女性一等兵の可愛い顔はすでにオドロオドロしい迷彩で彩られていた。
「ああ、なるほど。わかった」
 で、仕方なくシェンカーもその得体の知れない油性塗料を指にとり、見よう見まねで顔に塗った。
「で、その現状調査とは具体的にどうするのだ」
「この青い矢印が我々です。この先にここ、北の民族の村があることが航空偵察で分かっています。まずは、そこを目指します」
「原住民の村を目指すだと? それでは、そこで戦闘になるのか! 」
「今までの慣習ならば、まず戦闘にはならないと思います」
 ヤヨイもまた、話しながら美しい顔に茶色や緑の塗料を塗った、髪にまでも。
「北の民族は、冬は村を留守にしてさらに北の地に移動するんです」
 すでに迷彩を終え、結い上げた美しい金髪にも茶の塗料を塗ったリーズルが煙とともに説明を吐き出した。
「16年前、わが帝国が北の地に大規模な侵攻をしてからの、彼らの習わしなんです。冬になると川が凍って我々が襲って来やすくなると、今でも思い込んでいるんですよ」
「そう。その『思い込み』が、今も続いているかどうか。それをまず、確かめねばならないのです、大尉。
 我々の背後の安全を図る狙いです」
「16年前の侵攻ならば知っている。なるほど・・・。そういう慣習があったのだな、北には」
「もし、慣習通りならばいいのですが、もし、そうでなかった場合は・・・」
 リーズルが銃を取って構えた。そして、周囲の暗闇に筒先を向け、カチ、乾いた引き金を引いた。
「さっそく一戦交えねばならぬというわけだな」
「そうなのです。それが、最終目的地まで急行できない理由なのです、大尉」
 アイゼネス・クロイツ。「マルスの娘」の美しい瞳が、焚火の炎に照らされて妖しく光った。
 そういうわけだったのか・・・。
「みなさん! お肉が行きますよ! 大尉どの! 焼き方をお願いしてもいいですか?」
 血塗れの両手にトレーを乗せて、肉の下拵えを終えた野蛮人の娘がニコニコしながら言った。
「あ、お、おお・・・、わかった・・・」 
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