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捜索
10 統一のための殺戮
しおりを挟む言い伝えによれば、カスピの海とかつてペルシア湾という海が水で繋がったのは、はるか昔の大災厄で大地が裂けたせいだという。
カスピの海に注ぐのも、そこから西に出るのも同じ名前を冠せられたヴォルガ河の北岸一帯は火を噴く山が多く、硫黄のせいで土地は瘦せ、何年か置きに地が震えるおかげで無人の荒野となっていた。故に旅人の多くが陸路を避け、カスピの海の中ほどの街バクーまで舟で遡り、そこから陸(おか)に上がる。
だが、ヘルマンはそれを嫌った。彼の手下が言った通り、
「騎兵は舟の上では丸腰だ」
故に手下に全ての舟を預け川を遡らせ、彼自身は3千の騎馬隊と共に北岸を陸行した。
彼は知っていた。
帝国の情報収集能力を侮ってはならない、と。
現に去年から日に一度川の東辺りに空を飛ぶ舟が現れるようになった。人間が操る帝国の機械、「飛行機」だ。
広い川をのんびり北上する船団は空の上から一目瞭然。岸に着いても上陸できぬまま砲弾の雨を降らされればあっという間に全滅するのは火を見るより明らか。
だから荒野を歩かせた。
もう丸二日も歩きどおしだった。すでに弱った馬が十頭ほど斃れたと報告を受けていた。それでも彼は歩かせた。斃れた馬は直ちに捌き、肉は干されて兵たちの糧になった。
士気を鼓舞するために、度々隊列を戻って声をかけた。
「皆苦しいだろうが、あと一日の辛抱だ! そうすれば、水でも飯でもたらふく飲めるし食える! がんばるのだ! あと少しの辛抱だ! 」
夜は数頭を一組に固め円陣を組ませてその中で兵たちを休ませた。馬たちの体温が容赦なく吹きすさび兵たちの体温を奪う夜風から守った。戦う時も眠る時も人馬一体。艱難辛苦を耐え抜いた騎馬隊はこの地上最強と言っても過言ではなかった。
やがて騎馬隊は、はるか北に雪山を望む緑あふれる蜜の流れるような麗しい土地に着いた。古(いにしえ)にはペルシアの古都タブリーズと呼ばれたタウリス (Tauris)の村である。
ヘルマンは全軍に休息を命じた。
兵も馬もそろって小川に首を突っ込んで水をガブ飲みし、硫黄と埃を浴び続けた身体を洗った。文字通り、兵馬は生き返った!
それを見届けた「ステンカ・ラ―ジン」ヘルマンは、タウリス村出身の者を自分の天幕に呼び集めた。タウリス村の出身者は3人いた。
「お前たちに命じる。故郷の村に帰り、城門を開けよと伝えろ。加えて我らの食と馬の草も分け与えろと」
お頭の命に、一人が問いただした。
「ですがお頭。これから冬になります。村々は冬ごもりの準備に入ります。食を分け与えるのを渋るかもしれません。
・・・もし、断られたら? 」
ヘルマンは少しも動ずることなくこう諭した。
「その時は、お前たちの家族を全て連れて来い。荷物はいらない。身一つで、おまえたちの一族の者全てを村の外に出し、ここに連れて来い」
3名のタウリス出身者が村に向かった。
しばらくすると、十数名の老若男女が徒歩で陣幕にやって来た。
「お頭。申し訳ありません。我らに分け与える食はないと。そして、少しでも口が減るならば好都合、と一族の者全てが村を出ることになり、連れて参りました」
「よし、ご苦労だった。お前たち3名と一族の者たちはみな天幕で休め」
と、ヘルマンは言った。
そしてその後。
凄まじい命令を下した。
「皆の者!
これより、我ら北の大地の騎馬隊に門を閉ざす裏切者の村に天誅を下す!
村を包囲し、火矢を射かけ、出てくるものは一人残らず皆殺しにせよ!
村の食は全て奪え! ただし、村の中に居残る者のうち子どもは全て連れて来い。
残った者たちは、お前たちの意のままだ。殺すなり犯すなり、好きにしろ。ただし、最後は全員、一人も逃がさず必ず殺しつくせ! 」
ウオオオオオオオオオッ!
地を揺るがすような大きな雄たけびと共に、騎馬隊3千は一斉に小さな村に襲い掛かった。
すべては騎馬隊の頭、ヘルマンの言葉通りに行われた。
小さな谷あいの村は兵馬に完全に包囲され四方から火矢が浴びせられた。応戦に出てくる者たちはことごとく射殺(いころ)され、蹄の足蹴にされた。
崩れ落ちた村の城壁から騎馬が飛び込み、逃げ惑う村人たちを次々に蹴散らし、刃にかけ、切り殺した。矢を構え、剣を抜く者もいたが、結局みな同じ運命をたどった。
殺戮は丸一日続いた。
そして、子供たちがひとまとめにされ、折り重なる骸の間をヘルマンの陣営まで連れて行かれた。
そこで、ヘルマンは命じた。
「この先のエレバーン、トビリー、ギャンジの村の出の者はそれぞれ故郷の村に向かえ。子供たちのうち年かさの子を連れて。そして、今この場に起こったことをその子の口から伝えさせるのだ。お前たちの口から出た言葉は疑われても、親を殺された子供の言葉と涙は必ず受け入れられよう。
そして、こう付け加えるのだ。
我が傘下に入る村は襲わない、と。もう帝国を恐れての冬支度も必要ない、と。
我が騎馬隊の許に城門を開いた村々は、この『ステンカ・ラージン』が必ず守る、と! 」
それが、長年部族どうし反目し合い、協調を不得手にしてきた北の民族を結集させる唯一の術(すべ)、必須の条件だと。
現世に蘇った「ステンカ・ラージン」、ヘルマンはそう考えたのだった。
百家争鳴(ひゃっかそうめい)でまとまりを欠く北の民族を結集させるには、それ、つまり圧倒的な強権で刃(やいば)の下に御す以外にない、と。
はるかな昔。
この西に広がるミドル・イースト、「中東」と呼ばれる土地で、彼が命じたのよりもさらに凄惨な殺し合いがあったことをヘルマンは知らなかった。
それは、殺し合いですらなかった。
一方が、全く無防備なもう一方の民をただ殺戮し尽くした「ジェノサイド」であった。
ヘルマンは年端も行かない子供たちは助けた。
だが、千年前のその殺戮者はむしろ、異なる神を奉ずるもう一方の子供たちを集中的に狙い、炎の兵器を何千何万と落とし続け、子供たちの五体をバラバラにし、生きたまま炎の薬を撒いて焼き殺し尽した。
それに比べれば、千年後の北の野蛮人の英雄ヘルマンのこの蛮行は、まだ序の口と言えようて・・・。
ヤヨイたちが崇める帝国の神々は、そう断ずるかもしれない。
アサシン・ヤヨイシリーズ ひとくちメモ
30 騎馬部隊の行軍速度について
古今東西の様々な騎兵、騎馬部隊の行軍速度は、ひとことで言えば、まちまちです。
映画やアニメでは凄まじいスピードで敵を蹴散らすように印象される騎馬部隊ですが。
たしかに、某JRAのレースとか見ると、「うわ、すげー! 速ええ! 」となりがちですが、実際の兵種としての「騎兵部隊」となるとだいぶ違うのは否めません。
時代や地域で馬の馬格や品種も違いますし、騎兵が装備する防具や武器も違います。あんな「某中央競馬」みたいなスピードはせいぜい10分持てばいい方で、それ以上の機動を強制すればまず、馬が参っちゃいますw。
で、戦闘速度はとりあえずおいといて、戦闘でない、通常の行軍速度もまた、古今東西でまちまち、です。
有名な史上最強のチンギス・ハーンの騎馬軍団にしても、一日の行軍距離はせいぜい80㎞。一日の行軍時間を仮に10時間とすれば時速8㎞! それも、なんの障害もない平原での話。ところによっては森林地帯や水のない砂漠地帯もあるでしょう。そうすると、行軍距離と速度はさらに落ちます。
ましてや、中世の十字軍とかになるとせいぜい一日10~15㎞。これなら、古代ローマの重装歩兵のほうが速いぐらいですw。
馬は生き物ですから、2時間か3時間ごとに休ませて水を飲ませねばなりませんし、いつも都合のいいところに小川があるわけでもなし。しかも、勝手に草を食べられる草原ならばまだしも、草木も生えない荒野とか砂漠なら水や馬匹の草を運ぶ輜重隊も随行させねばならない。
騎兵部隊というのは、現実には後代のサブカルチャーメディアのイメージに反して、案外に遅いものなんですね。
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