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捜索
13 騎兵部隊の行方は?
しおりを挟む第一次探索隊が消息を絶ってから8日目。前進基地を出発してから2晩目のキャンプを迎えた。
昼間、行軍中は馬に自分を縛り付けて居眠り三昧のアランだったが、前の晩に引き続き、ひとり、寝ずの番である。
「は、は、はーっくしょいっあうん! ・・・さぶっ!」
カザンの村の掃討を終え、シェンカーはもう、軍事行動におけるヤヨイの持つあらゆるポテンシャルの高さを認識しないわけにはいかなくなっていた。
周到な計画、事前の準備、統率、士気の維持、判断力と実行力。
あとは、彼女の個人技についての力が噂通りか否かだが・・・。それもこの先否応なく発揮されるだろうことはもう疑いの余地がない。傲慢にして女を見下す嫌いのあるシェンカーだったが、相手の実力を過小評価したりはしない男だった。
カンペキだ・・・。
「大尉? 」
「へ? 」
「どうされました? わたしの顔の迷彩、何かおかしいですか? 」
絶世の美女ではないがどことなく可愛らしささえある。無惨な迷彩を施されてはいたものの、逆に大きな吸い込まれそうな碧眼を目立たせてもいた、不覚にも動揺を覚えた。
「あ、いや・・・。そんなことはないぞ、少尉。よく似合っている!」
「そうですか」
顔と同じく迷彩を施した軍幕、パップテントのカンテラの灯りの下に広げた地図に、ヤヨイは再び碧眼を落とし、ブルネットの前髪を掻き上げた。
「第一次が作戦行動に出てからもう半月です。仮に手持ちのバッテリーが無事だとしても、もう電力は使い果たしているでしょう。仮に奪われていたとしても我々の通信が傍受される懸念はまず、ないでしょう。適正に操作できるとも思えませんし。あと、懸念されるべき脅威は60丁のライフルと携帯用の擲弾筒でしょうか」
「携行弾、実包の予備は兵ごとの50発のみだと聞いた。仮にもし全て奪われているとして総計約3000発か・・・。それらが奪われて使用される可能性は無視できない。思いがけなく優れた兵器を手に入れれば使ってみたくなるのは人情だろうしな」
「ええ。ただ、機動戦においてはそれらは無視できるかと。使い慣れた弓を使うのではないかと推測します」
「訓練した我が軍の騎兵部隊でさえ騎乗射撃は難しい、と。我々が孤立して包囲されるような事態に立ち至った場合にはその限りではないと思いますが」
「いま、やつらがどこで何をしているか。やはり最後はそこだな。今までのところ、偵察機の哨戒網には引っかかっていない。可能な限り避けて通りたいものだが・・・」
「3千もの騎馬部隊ですからね。この行動の秘匿は困難なはずなのですけれど、残念ながら偵察機の航続距離はこのカスピ海の手前までなのです。そこで折り返さざるを得ない」
「騎兵は夜間でも行動可能か?」
「通常、帝国軍では騎兵の夜間行軍も戦闘も例がありません。しかし調べたところ旧文明の20世紀初頭にロシア軍の騎馬部隊一万騎が、夜間対峙するヤーパン軍の後方を遊弋(ゆうよく)し威力偵察をかけたという記録がありました」
「で、結果は? 」
「やはり夜間のためか方向を見失い、結局ヤーパン軍の本隊を見つけることができずに撤退しています。ですが・・・」
「野蛮人なら、やりかねんか。損害も顧みずに」
「北の部族は騎馬民族ではありませんが、可能性は捨てきれませんね。ここは彼らの土地です。それに夜は偵察機も飛びませんし・・・。断定はできないと思います」
大尉どの、少尉殿!
テントの外でハンナの声がした。
「マーキュリーさんから、通信です! 」
通信機を持ってきたハンナを座らせ、ハンドマイクを握った。
「マルスです! 」
―― おう、ヤヨイか。今、ヴィーナスから連絡があった。テランの手前のカスピ沿岸で少なくとも100艘以上の夥しい数の小舟を発見したと! ――
リヨン中尉の声は幾分興奮していた。
思わず大尉と顔を見合わせた。
「騎馬隊が乗っている? 」
―― いや、悉く全部空船で、カスピの向こう側に見えなくなったと。行先はおそらくバクーだろうということだった――
「ということは、騎馬隊そのものはテランのさらに西にいるか、それとも・・・。
中尉、ヴォルガの河口付近の水深は? 」
ヤヨイが通話中に、見張りのアランを除く全員がテントの入り口から首だけ差し入れて来ていた。当たり前だが、全員が顔に迷彩を施している。それがなんかちょっとグロくて、可笑しかった。
―― 地元の民の話では、ヴォルガの河口は三角州を形成してアラビア海に注いでいるという。もしかすると河口の水深の浅いところを通って対岸に渡った可能性があるとのことだ。ヴィーナスが今それを確認しに向かっている ――
「北岸に渡ったとすれば、少なくとも3日は経っていますね。一日80㎞ほどの行軍として250㎞・・・」
―― 可能性としては、あるな ――
「わかりました。敵の騎馬部隊と遭遇するまえに目的地に到達するよう、少し前進速度を早めようと思います」
―― ヴィーナスからの続報があったら伝えるが、連絡をこまめにな ――
「Jawohl! アウト」
ヤヨイはハンドマイクをハンナに返した。
「大尉。もし騎兵部隊が河口の浅いところを渡って向こう岸に渡ったとすれば、あの海軍の熱血少佐の心配は的中しましたね。とても海軍の艦艇に川を遡らせるなんて、ムリでした」
「たしかにそうだな。海軍は慎重だ」
「というわけなので、みんな。明日からは第三通報地点に直行する道を採ります。日の出と共に出るから、早く寝るようにね」
迷彩のグロい顔が、みんな黙って頷いた。
大尉やみんなが出て行き、ハンナに、
「バッテリーの予備は豊富にあるから、受信モードを切らないようにね」
と声をかけた。
「わかりました! 」
ところが、前の晩一緒に眠ったハンナがなぜかシュラフを抱えて出て行こうとした。
「ハンナ、どこに行くの? 」
「あ、あの、リーズル様のテントで寝ます。いろいろお話も聞きたかったので」
「そうね。たくさん聞くといいわ。でも、早く寝るのよ」
「ハイ! わかりました! 」
ま、いいか。
ヤヨイもまた、すぐに眠りに落ちた。
シュラフを抱えたハンナはリーズルとビアンカのテントの幕をめくった。
「あの、ここで寝てもいいですか? 」
「いいけど、どうしたの? 」
「あの、あたし、ちょっと寝る足りないんです」
「もしかして、寝不足? 」
すると、リーズルが声を忍んでくっくと笑った。
「イビキね?! 」
ハンナは申し訳なさそうに笑った。
「そうそ! 少尉のイビキ、大きいのよね! 空挺部隊の時からなの! 」
ビアンカもまた嬉しそうに笑った。
「あの、そのくうていぶたい、ってどんなところですか? 」
そうして、2人の下士官と北の部族の娘は短い女子会を愉しみ、寝に着いた。
だが。
その晩は、また別な意味で寝入り端を起こされることになった。
「ヤヨイ! 起きろ! 」
「ふぁ? 」
寝ぼけ眼を擦って起きたら、目の前に寝ずの番をしてくれていたアランの顔があった。
「たぶん、敵だ!」
もちろん、ただちに跳ね起きてあの「L」の刻印の銃を取った。
アサシン・ヤヨイシリーズ ひとくちメモ
33 ミシチェンコ騎兵団
日本が大国ロシアに戦いを挑み、これに勝利した日露戦争の中のエピソードです。
1905年 (明治38年) その年の初め1月1日。ロシアの旅順要塞が陥落し、旅順攻撃を担当していた乃木大将の第三軍がこの後に起こる有名な奉天会戦に参加するために北上しつつありました。
日本軍は奉天 (現在の遼寧省瀋陽)に拠点を置くロシア軍と睨み合っていました。
「参加兵力は大日本帝国陸軍24万人、ロシア帝国軍36万人。」
明らかに日本軍は劣勢だったのですが、ロシア軍の総司令官クロパトキン大将は
「我が軍を包囲しようとしている日本軍は後方にまだ多くの予備兵力を隠しているはずだ」
と思い込み、なんとかしてこの予備兵力と日本軍の総司令部を壊滅させようとしていました。来るべき本番の大会戦を有利に運ぼうとしたわけですね。
かくして、ウクライナ出身の勇猛な将軍ミシチェンコ中将 (当時)に大騎兵部隊を指揮させ、日本軍後方へ壮大な威力偵察をかけるよう命じました。
ウィキペディア
「ミシチェンコ中将指揮下に置かれた騎兵支隊は、騎兵72個中隊、竜騎兵4個中隊、砲22門、総勢約1万人というかなり大規模な騎兵支隊であった。」
「1月9日、(中略)ミシチェンコの騎兵集団は南下した。(中略)ミシチェンコの軍団は1万騎も有し、200キロ南の営口の日本兵站基地の破壊をめざしたが、失敗した。」
そのミシチェンコ騎兵団の中核を担ったのがコサック騎兵です。
「ロシア側で騎兵としてよく活躍したのは、ドン・コサックである。ドンとはオセチア語で「水」という意味らしい。オセチアの人々もコサックとしてよく活躍した。そのためか、ロシアでは日露戦争の博物館が見られないのに、北オセチア共和国・オルジョニキーゼの街には日本軍からぶんどった戦利品が陳列されている博物館があるという。」
「ある時、日露の騎兵隊同士の戦闘になった。その戦いの日本軍の勇敢な戦いぶりに感動したロシア軍は日本軍の死者に対する墓碑を建てた。ミシチェンコは「墓碑を高くせよ」と言い、敵を褒めた。ただ、これが講話の際にロシアに不利になったのは皮肉なことであった。墓碑のある長春以南の鉄道が日本のものとなったのである。本来ならもっと南までしか取れないはずであったが、ここまで日本が進出した証になったのである。」
しかし、このミシチェンコ騎兵団が日本軍の後方をウロウロしていた時、偶然に「日本騎兵部隊の父」秋山好古少将が送り出したたった170騎の偵察騎兵部隊が敵後方に深く侵入して大戦果をあげました。
「期せずして同時に日露双方の騎兵集団が動き始めた。(中略)好古の騎兵は永沼秀文(中佐)に率いられて北上した。偵察と後方の攪乱のためであった。」
「永沼中佐の部隊は」わずか170騎に過ぎなかったが、2ヶ月にわたり、その行程は千六百キロにも及んだ。ロシア軍の前線は奉天の南にあったが、その前線からはるか六百キロも北のヤオメンという地点の大鉄橋爆破という作戦も含まれていた。」
永沼中佐のたった170騎の偵察部隊の大戦果は、なぜかクロパトキンによって「一万騎以上の兵力! 」と誤認されます。
「この誤認が後に奉天会戦の敗北につながることになった。すなわち、クロパトキンは奉天会戦の際に、実際には存在しない一万騎に備えて、奉天よりはるか北方の松花江にロシア軍最強のコサック軍を配置したのである。」
結果、奉天会戦では大兵力を持っていたロシア軍は最後まで劣勢の日本軍に翻弄され、拠点であった奉天を撤退し、敗走を重ねることになりました。
パーヴェル(パウロ)・イヴァノヴィチ・ミシチェンコ(ロシア語: Павел Иванович Мищенко, ウクライナ語: Павло Іванович Міщенко, 1853年 - 1918年)は、ロシア帝国の軍人。ウクライナ人。砲兵大将、侍従武官長。日露戦争に従軍。
秋山 好古 (あきやま よしふる、1859年〈安政6年〉 - 1930年〈昭和5年〉)は、日本の陸軍軍人・教育者。最終階級及び位階勲等功級は陸軍大将従二位勲一等功二級。通称は信三郎。予備役編入後は郷里の愛媛県松山市で私立北予中学校(現在の愛媛県立松山北高等学校)の校長を務めた。
連合艦隊先任参謀として日本海海戦の勝利に貢献した秋山真之は実弟。
ハシムの世界史への旅 黒溝台
http://hashim.travel.coocan.jp/sakakumo/sakakumo035.htm
painter from Brockhaus and Efron Encyclopedic Dictionary - reproduction from DVD http://www.iddk.ru/ru/cdrom/73147.html, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=7239517による
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