ステンカ・ラージン 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 5】 ―コサックを殲滅せよ!―

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「スターリングラード」攻防戦

39 火刑

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「太陽が真上から沈むまでの間の半分に来た時」が訪れた。
 ヘルマンの軍勢の背後の森がざわめき、数多の蹄の上げる砂ぼこりのようなものが上がるのが見えた。
 櫓の上で、小隊長であるシェンカーが呟いた。
「戻って来たな」
 ジャガイモ島の面々は皆それぞれに配置に着いた。
「行くか? 」
 シェンカーが尋ねた。
「さっきの首領が出て来てからでいいでしょう」
 彼の隣で双眼鏡を覗きつつ、ヤヨイは応えた。
 敵陣の様子を注視していると、数人の兵がなにやら棒のようなものを持ってこちら側に進み出てきた。それを、水溜りの向こう側に立て、大きな鎚で地に打ち込み始めた。
「なんだ、ありゃあ・・・」
 櫓の上のもう一人。双眼鏡なしでも遠目が効くアランが素っ頓狂な声をあげた。
「さあ。わからないわ」
 3本の棒が立てられるや、今度は先ほどのヘルマンという首領と顔の白い男が出てきた。さらに、その後ろから何人かが兵たちに引きたてられるような形で、立てられた棒の傍に集まって来た。皆、剣も銃も持っていない。戦闘のための支度ではなさそうだ。
 なぜか、ヤヨイのカンが働いた。
 櫓の上からサッと飛び降り、
「グレタ! 」
第一次探索隊の生き残り、黒髪の伍長を呼んだ。
 ジャガイモ島の北側、本土に面した堤の上には廃材と土を盛り上げて即席のバリケードが築かれ、深さは十分ではないものの塹壕まで掘ってあった。
 すでにヘルメットを被り小銃を手にしたグレタはヤヨイの近くに走り込んだ。意外や、やる気マンマンである。
 グレタに双眼鏡を手渡し、北を指さした。
「あの、前に出てきた奴らの中に、見覚えのあるのは居る? 」
 グレタはヘルメットの庇をあげ、双眼鏡を構えた。
 ヤヨイは、敵陣ではなく、グレタを見ていた。
 しばらくすると、双眼鏡を握りしめたグレタの手に力が籠り元々白い手がさらに白くなった。腕や肩が震え、双眼鏡の下の唇が、切れそうなほどに噛まれているのが見て取れた。
「・・・いるのね? 」
 グレタは応えた。
「はい。あの、髭の短いの、この村の族長です。この館は、アイツのなんです。その横の二人も。一人は族長の親類らしいヤツ。もう一人は、一番身分の高い手下です! 」
「もういいわ」
 ヤヨイはグレタから双眼鏡を取り上げた。が、黒髪の伍長は、なおも憎々し気に北を睨んだ。
「・・・殺してやりたい! 」
 その一言で、ヤヨイには充分に理解できた。
 がばっとグレタを抱きしめ、背中をポンポン、と叩いた。
「大丈夫よ!」
 そして、立ち上がった。
「ハンナ! 」
 17歳のヘルメット姿の大柄な金髪の少女がやってきた。
「行くわよ。銃は要らないわ」
 そして櫓を見上げ、片手をあげた。
 黒髪の大尉が、わかった、というように手を挙げて応えた。
「諸事任せるが、とにかく時間を稼げ。ただし、威厳は失わずに、堂々と! 」

 前よりもやや下がって馬を降りた。用心に越したことはない。
 ヤヨイとハンナが来て、首領ヘルマンが口を開いた。
「マルス殿。
 先刻、貴殿は我らをこう呼んだ。
『戦って得た捕虜を辱め、惨たらしく殺し、しかも女を凌辱して悦ぶ下劣な野蛮人』と。『ただのクズ』だと。
 誓って言うが、我はヴォルゴグラに残した捕虜は丁重に扱うよう命じた。そこにウソはない。もし、ウソであるなら、我にウソの報告をしたものを罰せねばならん」
 ヤヨイは返答した。
「罰するとか・・・。貴殿が貴殿の軍の中で何をしようと我らのあずかり知らぬこと。
 だが、ヘルマン殿。我らが救出した兵が証言した。そこにいる者ら3名はヴォルゴグラの族長であり、その係累であり、一の部下だと。
 兵は言った。彼らが自分を汚した本人だと。
 貴殿は、部下に捕虜を丁重に扱うように命じた、と言ったが、それはウソだ。
 我が帝国兵を大勢殺し、生きている者にも残虐に辱めを与えただけでなく、卑しいウソまで吐く。
 ロクに部下の統率もできぬような貴殿の、底の浅いゴタクに付き合うには時が惜しい。無益な話し合いは、これで終わりにしたい」
 たしかに、第一次探索隊の惨たらしい最期に憤りはあった。
 が、彼は、ヘルマンは、北の民族にしては聡明な人物であることを知った。挑発したりすると「時間を稼ぐ」というシェンカーの命に反することになるが、あまりにエラそうだしヤヨイのタイプでもなかったので少しイジワルしてみたかったのだ。要は、小生意気な鼻っ柱をへし折ってみたかった。北の野蛮人のクセに、と。
 慣れが出てきた、と思う。それは自分でもわかっていた。もちろん、奢りではない。警戒は忘れてはいないが、自分のこれまでの戦士としての経験、力量、そして、ここまで目の前の敵の戦力を削いできた自負がヤヨイにはあった。彼女の中ですでに「将」としての器が、芽生え始めていたのかもしれない。
 ヤヨイの言葉をハンナが伝えた。
 すると。
 ヘルマンと白い男は、後方に控えているヴォルゴグラの族長のところへ引き返した。
「何をするつもりなんでしょう」
 怖がって、というよりは、純粋に敵の意図への好奇心から、ハンナが言った。
「さあ・・・。少なくとも、すぐにいくさにはならないみたいね。
 本当に身内を罰するつもりがあるのかどうか。大きな口を叩いた手前、引っ込みつかなくなってるんじゃないかな?」
 

 
 ヘルマンはやや後方に待機させていたヴルゴグラの族長たちの許へ戻った。
「話し合いとやらは終わったのか? やはり、いくさか? 騎馬隊だけではあの島を攻めるのは無理があろう。遺体だけ収め、ここは一度引いて水路を埋める雑木や石や土を集めねばなるまい! 」
 ヴォルゴグラの族長は、さもいくさ慣れしているというのを誇示するように、その場の騎馬兵たちにも聞こえるように声を上げ、胸を張った。
 だが、肝心のヘルマンは馬上のまま、ただ黙ってじっと族長を見下ろしていた。
 族長の中に、かすかに怖れが芽生えた。
「何か、気にかかることがあるのか」
 ヘルマンはやっと口を開いた。
「我らがここを去って船出した折、お前には重ねて申し渡したはず。捕えた帝国の女どもには一切手を触れず、丁重に扱え、と」
「扱っていた! 大事に、手も触れずに! 」
 ヘルマンは騎兵たちに顎で合図した。やれ! と。
 騎兵たちは曳きたててきたヴォルゴグラの族長たちを地に立てた3本の杭にそれぞれ、縛り付けた。
 これから自分たちを待つ運命を察したのか、3人は血相を変えた。
「な、何をする! 離せ! 」
「同じルーシの民だろう! なぜこんな事を! 」
 ヘルマンは、言った。
「この期に及んでさらにウソを重ねるか。
 お前たちは我が命に背き、帝国の捕虜を凌辱し、汚した。そうであろう」
 杭に縛られた3人の足元に村の焼け残りの木材の束が置かれた。そして、獣の脂が撒かれた。
 縛られた3人の言葉はすでに哀願に、叫びに変わっていた。
「それだけではない。
 なぜお前は我先に村を捨てたのか。
 教えてやろう。お前は、あの島に籠る帝国兵の目的が分かっていた。だから、捕虜さえ離せば帝国兵は目的を果たし、サッサと引き上げるだろう。そう考えたに違いない。
 せめて捕虜たちと一緒に華々しく散れば、あの帝国兵共も籠る理由を失って早々に立ち去ったかもしれないのだ。我らがこんな手間暇をかけることもなかっただろう。
 我欲に負け、集団の掟と我の言葉に背いた。あまりにも自分本位な、身勝手な所業。
 ゆるせん・・・」
「わーっ! 」
「や、やめろおっ! 」
 脂を撒かれた廃材に、火がかけられた。
 火は、瞬く間に燃え上がり、炎の舌先が3人の不心得者の毛皮や衣服をチロチロと舐め、焼き始めた。
「うわああああああああっ! ・・・」
 3本の火柱が勢いよく燃え始めると、辺りに肉が焼ける異様な臭いがたちこめ、間もなく悲鳴は聞こえなくなった。



  
 ジャガイモ島から事態を遠望していたシェンカーは、特に感想もなくその凄惨な「劇」の一部始終を見つめていたが、やがて、あることに気が付いた。
 野蛮人たちが仲間を火刑にした煙は、最初まっすぐに立ち上っていたのが、徐々に東に傾いて行ったのである。
「風向きが・・・。マズいな。これは、西風になる! 」
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