運命の恋に落ちた最強魔術師、の娘はクズな父親を許さない

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7 王女殿下と木精編

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 王太子殿下の執務室を出ると、扉のすぐ後ろにフィリアとバルトレット卿が待機していたので、私はすぐさま戻ることが出来た。

 すぐさま、と言っても、第三騎士団まではかなりの距離がある。

 今いるところが王太子宮。騎士団本部を抜けて、第三騎士団までてくてく歩いていくので、時間もかかる。

 王城内に移動用の車もあるので、それに乗ってもいいんだけれど。

 さっさと帰ったところで、仕事が溜まっているということもないし、急ぎの仕事があるわけでもないし。
 その上、闘技会の準備だとかなんだとかで、完全に邪魔者扱いされているから、急いで帰る必要もないのだ。

 だから、ゆっくりゆっくり歩く私。

 この時期は、少し空気が乾燥し始めて、夏の暑さも日差しの強さも完全になくなっていて、とても過ごしやすい。
 その快適な中、お散歩がてら、歩いて第三騎士団まで戻るのもいいかもしれない。

 そんなことを思いながら、空を見上げる。

 夏の青さともまた違った色合いを持つ、青く澄んだ空が、どこまでもどこまでも広がっていた。

 きっとこの空は北の辺境まで繋がっている。

「グレイもこの空を見上げていたり、するのかな」

 ここから遠く遠く離れた北の辺境の、この澄んだ空の下に、グレイがいる。グレイもこの空を見上げて、自分の成すべきことに向かい合って頑張っている。

 そう思うと、私の頑張る気持ちがいつもの倍以上、湧いてくるように感じた。

 今、グレイは北の辺境で、特大の大噴出の事後処理をしている。次期辺境伯として先頭に立っているのだ。

 基本、グレイは堅真面目で何事にも粘り強く取り組む性格だ。

 まぁ、堅真面目なわりにはエッチなこともがっつりしていたので、私としては、かなりの衝撃を受けたけど。

 それでも、本来の堅真面目な性格がなくなっているわけではない。だから少し心配になる。

「グレイ、頑張りすぎて、無理していないといいな」

 空を見上げていたらグレイのことを思い出して、つい、独り言が口から漏れた。

 ヤダヤダ。

 これじゃあ、グレイを恋い慕う乙女のような感じじゃないの。誰かを恋い慕うだなんて、私のキャラじゃないのに。

 聞かれるとかなり恥ずかしいことを、独り言でつぶやいてしまったわ。

 チラッと、私に付き従って歩いている護衛の二人を盗み見た。

 私の後ろには、フィリアとバルトレット卿の二人。

 前を向いてつぶやいたから、後ろの二人には聞こえなかった?

 いやいや、護衛が音に敏感でなくてどうするって。絶対に聞こえていたはずだ。

 なのに、何も言わず、私の声が聞こえなかったかのように、二人は振る舞ってくれている。私は二人の心遣いを少しだけ嬉しく思った。




 しばらく無言で歩き進めていると、第三騎士団の区域にまでやってきた。

 ここからは人通りの多い道路ではなく、狭い裏道のような通路を通って、団長室のある建物に向かう。

 自分たちのエリアにまで戻ってきて少しホッとしたのか、フィリアが話しかけてきた。

「それで、お嬢。お披露目会に黒幕として参加するんですね」

「黒幕じゃないから。裏方だから」

 言い方!

 黒幕では、裏から手を引く悪役のようじゃないのよ。

 私の役目はその真逆。黒幕が仕掛けてくる悪事を、こっそりと未然に防いだり叩き潰したりするのが、今回の本当の仕事だ。

 表現するなら『裏方』が妥当だろうに。

 ジロッと睨んでフィリアを黙らせると、今度はバルトレット卿が喋り出す。

「でも、今回から裏方だけでなく、表にも出るんですよね」

 フィリアが黙ると、バルトレット卿が喋る。けっこうこのパターンは多い。こういうところは息ぴったり。先輩後輩関係がうまくいっているからだろう。

 バルトレット卿の問いかけは、質問というより確認に近かった。

 裏方の人間を護衛するのと、表沙汰になっている人間を護衛するのとでは勝手が違うので、しっかりと把握しておきたい、という意図を感じる。

 私は右手の指をくるりと回し、魔法陣を作った。

 いきなりなんだ、という顔の二人を無視して、 《遮音》の魔法陣を発動させる。盗み聞きの心配はないだろうけど念のため。

 魔法が発動してから、私は喋り始めた。

「表には出るけど。洗いざらい表にはならないから。大人の事情があるし」

「「大人の事情?」」

「二人も知っておいた方がいいね」

 と、前置きして、私は私の話を語り始めた。内容はもちろん、エルシア・リーブルがただのエルシアになるお話。黒髪に変色した五歳の私の話から始まって、魔塔に捨てられた七歳の私の話まで。

 簡単に、淡々と話していたはずなのに、目の端に涙が滲んできた。

 あぁ、私。傷ついていたんだな。

 今になってようやく実感する。

 ふと、私の後ろが静まり返っているのに、これまたようやく気がつく。
 静まり返っているどころじゃない。怨念のような黒いガスが充満していそうだ。ヤバい。

「みんなの様子がただならない」

 やっと、一言、感想を伝えると、後ろの二人が時間差で爆発した。

「そりゃ、そーでしょう! ふざけてるんですか、そいつ!」

「一応、そいつ呼ばわりしてるの、筆頭だからね。この国の王宮魔術師団の。王国一とか言われてるからね」

「そんな大層な肩書きが何だと言うんですか、あたしのお嬢を邪魔者扱いして!」

「私はフィリアの物じゃないからね」

 ぬけぬけと『あたしのお嬢』呼びするフィリアをチクチクとつついて黙らせると、今度はバルトレット卿の番だ。

「お嬢だって、あのクズって、呼んでるじゃないですか!」

「だって、どう考えてもクズクズしいし」

「それならば、『クズ』呼びでも『そいつ』呼びでも、どっちでもいいんじゃないですか?」

 勢いに任せて喋るバルトレット卿。

「うん。まぁ、そうかも?」

 同意はするけど、私はともかく二人がクズ呼びしたら面倒なことになるので、自重はしてもらいたいかも。

 バルトレット卿が興奮すると、フィリアが冷静になって、話をまとめにかかった。一気に。

「つまり、王家も国も事実を文書で押さえているけど、魔術師としては優秀なあのクズの機嫌は損ねたくない。だから、お嬢を放置したってことですよね。信じられません」

 冷静に説明されると身も蓋もない。

 残念なことに、これが大人の世界。権力者と人気者には優しいのが世の中というもの。

「お嬢を引き取った魔塔だって、ルベル公爵家に連絡するとか出来たはずです」

 バルトレット卿もフィリアの後を追い立てる。

 そう言われてもなぁ。

 何か言い返そうかと思ったところで、

「それなんだけどな」

 まだ変声期が終わってない子どもを思わせるような声が遠慮がちにかけられて、私たちは、思わず足を止めた。
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