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7 王女殿下と木精編
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声をかけてきたのは、セラフィアスだった。いつの間にか、人型に顕現している。
「セラフィアス様も、お嬢の扱いの酷さに憤りを感じますよね」
フィリアが手当たり次第、罵詈雑言を並べていると、セラフィアスは複雑な顔をした。
「いやだから、そのことなんだけどな」
「セラフィアス、今の話で、何か気になることでもあるの?」
なんだか歯切れが悪い。
団長室の建物はもう目の前。
ここで立ち止まって立ち話をするより、早く団長室まで行った方がいいと分かっているのに、何かが足を止めさせる。
私は《遮音》の魔法陣をさらに強力なものにして、足を止めた。
私の足が止まるのを待って、セラフィアスがおずおずと喋り出す。
「主の母親は金眼なんだろ?」
何を当たり前のことを、と思って、よく考え直す。
セラフィアスはお母さまに会ったことがなかったわ。正確に言うのなら、生きているお母さまには会っていない。
お母さまの葬儀に、魔塔のリベータス先生がこっそり連れていってくれて、その時にガラスの棺越しにお母さまを見ただけだったわ。
目をつぶって、まるで眠っているような姿のお母さまはとても儚くて綺麗だった。
うん、目はつぶっていたから、セラフィアスはお母さまの金眼も見てないわ。
セラフィアスが見ていなくても、私のお母さまは金眼で間違いない。金眼の私が見間違えるはずはないし。
「金髪に金眼だったよ?」
セラフィアスはさらに念を押す。
「魔塔主も金眼だったよな?」
そして、魔塔のリベータス先生のことも聞いてきた。
リベータス先生は会っているから、聞かなくても分かるよね。
セラフィアスが念を押すように確認するたびに、私の嫌な予感は膨れ上がっていく。
「うん、リベータス先生は金眼だけど?」
セラフィアスは黙り込んだ。何かをむむむと考え込んでいる様子だ。
声をかけるにかけられず、私たちはただただ、セラフィアスが喋り出すのを待つ。
そして、重々しく口を開くと、出てきたのは当たり前の事実だった。
「なぁ、主。金眼持ちが『セラの金眼』を見抜けないわけがないんだよ」
うん?
それは知っている。
どんなに薄い色の金眼でも、金眼である限りは特別な金眼を見分けられるって、セラフィアスからうるさいくらいに教えられたから。
特別な金眼とは三聖の主になる素質がある『三聖の金眼』のこと。
それがどうしたっていうんだろうか。
「どういうこと?」
あえて聞き直してみる。
聞き直してから、私は後悔した。
あえて聞かなくても分かるような気がするけど、聞いたとしても理解したくない。そんな気持ちが胸の中に充満する。
私はセラフィアスの金色の瞳から逃げ出すように、顔をフィリアとバルトレット卿に向けた。
「いや、俺らにも理解不能なんですが」
視線を向けられたバルトレット卿も、困り顔。
私の視線に入らないところで、セラフィアスは私の質問に答えた。
「言葉通りだ。金眼持ちならセラ、ケル、スロンの金眼は必ず分かるんだ。理屈じゃなく分かるんだよ。
だから、主の母親も魔塔主も、主がセラだと分かってたってことさ」
セラフィアスの答えが私の胸に突き刺さった。
よく考えなくたってそうだ。
お母さまもリベータス先生も、私が鎮圧のセラだということは、最初から分かっていたんだ。分かっていて知らない振りをしていたということになる。
そんなことをして、何になるのかが分からない。
今の私には考える気力も湧き起こってこなかった。
「となると、いろいろ話が違ってきますよね」
「お嬢のお母さまも魔塔主様も、あえて行動した、ということになりますね」
計算された行動だった、という主旨の話にセラフィアスが「察しがいいな」と、明るい声をあげた。
そして、話は続く。
「あぁ。主が魔塔に来てすぐ、三聖の展示室に行ったんだろ? あれは、主がセラだと分かっていたからだ」
私は何も答えられない。
あの時はどういう経緯で、三聖の展示室に行ったんだったっけ?
「だから、三聖の展示室で僕に会わせたんだよ。僕が主を見つけられるように」
魔塔に突然連れてこられて、捨てられたと分かってすぐのことだったから、何も覚えていない。
セラフィアスの言うとおりなのか、違うのか、まったく分からない。
リベータス先生に聞けばいいだけなんだけれど、なんだか、聞く気にもなれない。
「魔塔主なら、主の出自を知ってるんだから、当然、祖父母に連絡も取れたはず。でも、しなかった」
淡々と話は続く。
「主の母親だってそうだ。いくら、隔離されているとしても、主が家にいないのに気がつかないはずがない」
セラフィアスの話は、私が見て見ぬ振りをしてきた部分を的確にえぐった。
あのクズ男だけでなく、お母さまにまで私は捨てられたと思うと、悲しさで生きる気力も失いそうだったから。
今思うと、私はなぜ、立派な魔術師になってお母さまに会いに行こうと思っていたんだろう。
お母さまが私のことを大切に想っていてくれる、そんなことを盲信しながら。
ダメだ。
悪いことばかり考えてしまう。
そこへ、セラフィアスの声が私の耳に響いた。
「一番おかしいのは、主の身の回りの世話をしていた使用人だ」
え?
私の世話をしてくれていたのマリネとジョアンの二人。五歳の私にはマリネだけになってしまって、
て。
まさか、セラフィアスはマリネのことをおかしいと言っているわけ?
「なんで、マリネが?」
私はセラフィアスの方を振り向く。
そこには、変わらず複雑な顔のセラフィアスが、じっと私の顔を見上げていた。
私の顔は驚きと慌てる気持ちでごちゃごちゃになっていたに違いない。
まぁ、落ち着けよ、主と軽く声をかけた後、セラフィアスは衝撃的なことを口にした。
「そいつ、本当に人間だったか、主?」
と。
「セラフィアス様も、お嬢の扱いの酷さに憤りを感じますよね」
フィリアが手当たり次第、罵詈雑言を並べていると、セラフィアスは複雑な顔をした。
「いやだから、そのことなんだけどな」
「セラフィアス、今の話で、何か気になることでもあるの?」
なんだか歯切れが悪い。
団長室の建物はもう目の前。
ここで立ち止まって立ち話をするより、早く団長室まで行った方がいいと分かっているのに、何かが足を止めさせる。
私は《遮音》の魔法陣をさらに強力なものにして、足を止めた。
私の足が止まるのを待って、セラフィアスがおずおずと喋り出す。
「主の母親は金眼なんだろ?」
何を当たり前のことを、と思って、よく考え直す。
セラフィアスはお母さまに会ったことがなかったわ。正確に言うのなら、生きているお母さまには会っていない。
お母さまの葬儀に、魔塔のリベータス先生がこっそり連れていってくれて、その時にガラスの棺越しにお母さまを見ただけだったわ。
目をつぶって、まるで眠っているような姿のお母さまはとても儚くて綺麗だった。
うん、目はつぶっていたから、セラフィアスはお母さまの金眼も見てないわ。
セラフィアスが見ていなくても、私のお母さまは金眼で間違いない。金眼の私が見間違えるはずはないし。
「金髪に金眼だったよ?」
セラフィアスはさらに念を押す。
「魔塔主も金眼だったよな?」
そして、魔塔のリベータス先生のことも聞いてきた。
リベータス先生は会っているから、聞かなくても分かるよね。
セラフィアスが念を押すように確認するたびに、私の嫌な予感は膨れ上がっていく。
「うん、リベータス先生は金眼だけど?」
セラフィアスは黙り込んだ。何かをむむむと考え込んでいる様子だ。
声をかけるにかけられず、私たちはただただ、セラフィアスが喋り出すのを待つ。
そして、重々しく口を開くと、出てきたのは当たり前の事実だった。
「なぁ、主。金眼持ちが『セラの金眼』を見抜けないわけがないんだよ」
うん?
それは知っている。
どんなに薄い色の金眼でも、金眼である限りは特別な金眼を見分けられるって、セラフィアスからうるさいくらいに教えられたから。
特別な金眼とは三聖の主になる素質がある『三聖の金眼』のこと。
それがどうしたっていうんだろうか。
「どういうこと?」
あえて聞き直してみる。
聞き直してから、私は後悔した。
あえて聞かなくても分かるような気がするけど、聞いたとしても理解したくない。そんな気持ちが胸の中に充満する。
私はセラフィアスの金色の瞳から逃げ出すように、顔をフィリアとバルトレット卿に向けた。
「いや、俺らにも理解不能なんですが」
視線を向けられたバルトレット卿も、困り顔。
私の視線に入らないところで、セラフィアスは私の質問に答えた。
「言葉通りだ。金眼持ちならセラ、ケル、スロンの金眼は必ず分かるんだ。理屈じゃなく分かるんだよ。
だから、主の母親も魔塔主も、主がセラだと分かってたってことさ」
セラフィアスの答えが私の胸に突き刺さった。
よく考えなくたってそうだ。
お母さまもリベータス先生も、私が鎮圧のセラだということは、最初から分かっていたんだ。分かっていて知らない振りをしていたということになる。
そんなことをして、何になるのかが分からない。
今の私には考える気力も湧き起こってこなかった。
「となると、いろいろ話が違ってきますよね」
「お嬢のお母さまも魔塔主様も、あえて行動した、ということになりますね」
計算された行動だった、という主旨の話にセラフィアスが「察しがいいな」と、明るい声をあげた。
そして、話は続く。
「あぁ。主が魔塔に来てすぐ、三聖の展示室に行ったんだろ? あれは、主がセラだと分かっていたからだ」
私は何も答えられない。
あの時はどういう経緯で、三聖の展示室に行ったんだったっけ?
「だから、三聖の展示室で僕に会わせたんだよ。僕が主を見つけられるように」
魔塔に突然連れてこられて、捨てられたと分かってすぐのことだったから、何も覚えていない。
セラフィアスの言うとおりなのか、違うのか、まったく分からない。
リベータス先生に聞けばいいだけなんだけれど、なんだか、聞く気にもなれない。
「魔塔主なら、主の出自を知ってるんだから、当然、祖父母に連絡も取れたはず。でも、しなかった」
淡々と話は続く。
「主の母親だってそうだ。いくら、隔離されているとしても、主が家にいないのに気がつかないはずがない」
セラフィアスの話は、私が見て見ぬ振りをしてきた部分を的確にえぐった。
あのクズ男だけでなく、お母さまにまで私は捨てられたと思うと、悲しさで生きる気力も失いそうだったから。
今思うと、私はなぜ、立派な魔術師になってお母さまに会いに行こうと思っていたんだろう。
お母さまが私のことを大切に想っていてくれる、そんなことを盲信しながら。
ダメだ。
悪いことばかり考えてしまう。
そこへ、セラフィアスの声が私の耳に響いた。
「一番おかしいのは、主の身の回りの世話をしていた使用人だ」
え?
私の世話をしてくれていたのマリネとジョアンの二人。五歳の私にはマリネだけになってしまって、
て。
まさか、セラフィアスはマリネのことをおかしいと言っているわけ?
「なんで、マリネが?」
私はセラフィアスの方を振り向く。
そこには、変わらず複雑な顔のセラフィアスが、じっと私の顔を見上げていた。
私の顔は驚きと慌てる気持ちでごちゃごちゃになっていたに違いない。
まぁ、落ち着けよ、主と軽く声をかけた後、セラフィアスは衝撃的なことを口にした。
「そいつ、本当に人間だったか、主?」
と。
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