運命の恋に落ちた最強魔術師、の娘はクズな父親を許さない

SA

文字の大きさ
392 / 544
7 王女殿下と木精編

1-3

しおりを挟む
 声をかけてきたのは、セラフィアスだった。いつの間にか、人型に顕現している。

「セラフィアス様も、お嬢の扱いの酷さに憤りを感じますよね」

 フィリアが手当たり次第、罵詈雑言を並べていると、セラフィアスは複雑な顔をした。

「いやだから、そのことなんだけどな」

「セラフィアス、今の話で、何か気になることでもあるの?」

 なんだか歯切れが悪い。

 団長室の建物はもう目の前。

 ここで立ち止まって立ち話をするより、早く団長室まで行った方がいいと分かっているのに、何かが足を止めさせる。

 私は《遮音》の魔法陣をさらに強力なものにして、足を止めた。

 私の足が止まるのを待って、セラフィアスがおずおずと喋り出す。

「主の母親は金眼なんだろ?」

 何を当たり前のことを、と思って、よく考え直す。

 セラフィアスはお母さまに会ったことがなかったわ。正確に言うのなら、生きているお母さまには会っていない。

 お母さまの葬儀に、魔塔のリベータス先生がこっそり連れていってくれて、その時にガラスの棺越しにお母さまを見ただけだったわ。

 目をつぶって、まるで眠っているような姿のお母さまはとても儚くて綺麗だった。

 うん、目はつぶっていたから、セラフィアスはお母さまの金眼も見てないわ。

 セラフィアスが見ていなくても、私のお母さまは金眼で間違いない。金眼の私が見間違えるはずはないし。

「金髪に金眼だったよ?」

 セラフィアスはさらに念を押す。

「魔塔主も金眼だったよな?」

 そして、魔塔のリベータス先生のことも聞いてきた。

 リベータス先生は会っているから、聞かなくても分かるよね。

 セラフィアスが念を押すように確認するたびに、私の嫌な予感は膨れ上がっていく。

「うん、リベータス先生は金眼だけど?」

 セラフィアスは黙り込んだ。何かをむむむと考え込んでいる様子だ。

 声をかけるにかけられず、私たちはただただ、セラフィアスが喋り出すのを待つ。

 そして、重々しく口を開くと、出てきたのは当たり前の事実だった。




「なぁ、主。金眼持ちが『セラの金眼』を見抜けないわけがないんだよ」




 うん?

 それは知っている。

 どんなに薄い色の金眼でも、金眼である限りは特別な金眼を見分けられるって、セラフィアスからうるさいくらいに教えられたから。

 特別な金眼とは三聖の主になる素質がある『三聖の金眼』のこと。

 それがどうしたっていうんだろうか。

「どういうこと?」

 あえて聞き直してみる。

 聞き直してから、私は後悔した。

 あえて聞かなくても分かるような気がするけど、聞いたとしても理解したくない。そんな気持ちが胸の中に充満する。

 私はセラフィアスの金色の瞳から逃げ出すように、顔をフィリアとバルトレット卿に向けた。

「いや、俺らにも理解不能なんですが」

 視線を向けられたバルトレット卿も、困り顔。

 私の視線に入らないところで、セラフィアスは私の質問に答えた。

「言葉通りだ。金眼持ちならセラ、ケル、スロンの金眼は必ず分かるんだ。理屈じゃなく分かるんだよ。
 だから、主の母親も魔塔主も、主がセラだと分かってたってことさ」

 セラフィアスの答えが私の胸に突き刺さった。

 よく考えなくたってそうだ。

 お母さまもリベータス先生も、私が鎮圧のセラだということは、最初から分かっていたんだ。分かっていて知らない振りをしていたということになる。

 そんなことをして、何になるのかが分からない。

 今の私には考える気力も湧き起こってこなかった。

「となると、いろいろ話が違ってきますよね」

「お嬢のお母さまも魔塔主様も、あえて行動した、ということになりますね」

 計算された行動だった、という主旨の話にセラフィアスが「察しがいいな」と、明るい声をあげた。

 そして、話は続く。

「あぁ。主が魔塔に来てすぐ、三聖の展示室に行ったんだろ? あれは、主がセラだと分かっていたからだ」

 私は何も答えられない。

 あの時はどういう経緯で、三聖の展示室に行ったんだったっけ?

「だから、三聖の展示室で僕に会わせたんだよ。僕が主を見つけられるように」

 魔塔に突然連れてこられて、捨てられたと分かってすぐのことだったから、何も覚えていない。
 セラフィアスの言うとおりなのか、違うのか、まったく分からない。

 リベータス先生に聞けばいいだけなんだけれど、なんだか、聞く気にもなれない。

「魔塔主なら、主の出自を知ってるんだから、当然、祖父母に連絡も取れたはず。でも、しなかった」

 淡々と話は続く。

「主の母親だってそうだ。いくら、隔離されているとしても、主が家にいないのに気がつかないはずがない」

 セラフィアスの話は、私が見て見ぬ振りをしてきた部分を的確にえぐった。

 あのクズ男だけでなく、お母さまにまで私は捨てられたと思うと、悲しさで生きる気力も失いそうだったから。

 今思うと、私はなぜ、立派な魔術師になってお母さまに会いに行こうと思っていたんだろう。
 お母さまが私のことを大切に想っていてくれる、そんなことを盲信しながら。

 ダメだ。

 悪いことばかり考えてしまう。

 そこへ、セラフィアスの声が私の耳に響いた。

「一番おかしいのは、主の身の回りの世話をしていた使用人だ」

 え?

 私の世話をしてくれていたのマリネとジョアンの二人。五歳の私にはマリネだけになってしまって、

 て。

 まさか、セラフィアスはマリネのことをおかしいと言っているわけ?

「なんで、マリネが?」

 私はセラフィアスの方を振り向く。

 そこには、変わらず複雑な顔のセラフィアスが、じっと私の顔を見上げていた。

 私の顔は驚きと慌てる気持ちでごちゃごちゃになっていたに違いない。

 まぁ、落ち着けよ、主と軽く声をかけた後、セラフィアスは衝撃的なことを口にした。

「そいつ、本当に人間だったか、主?」

 と。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

予言姫は最後に微笑む

あんど もあ
ファンタジー
ラズロ伯爵家の娘リリアは、幼い頃に伯爵家の危機を次々と予言し『ラズロの予言姫』と呼ばれているが、実は一度殺されて死に戻りをしていた。 二度目の人生では無事に家の危機を避けて、リリアも16歳。今宵はデビュタントなのだが、そこには……。

氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。 しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。 「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」 屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え―― 「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。 「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」 愛なき結婚、冷遇される王妃。 それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。 ――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。

『選ばれし乙女』ではありませんが、私で良いのでしょうか?私、地味で目立たない風属性ですよ?

ミミリン
恋愛
没落寸前の貴族令嬢セレナ。 領地と家族を守るために裕福な伯爵令息ピーターと婚約することを決意。自分が立派な婚約者になれば伯爵家からの援助を受けられる、そう思い努力を重ねるセレナ。 けれど何故か、努力すればするほど婚約者となったピーターには毛嫌いされてしまう。 そこに『選ばれし乙女』候補の美少女が現れて…。

心配するな、俺の本命は別にいる——冷酷王太子と籠の花嫁

柴田はつみ
恋愛
王国の公爵令嬢セレーネは、家を守るために王太子レオニスとの政略結婚を命じられる。 婚約の儀の日、彼が告げた冷酷な一言——「心配するな。俺の好きな人は別にいる」。 その言葉はセレーネの心を深く傷つけ、王宮での新たな生活は噂と誤解に満ちていく。 好きな人が別にいるはずの彼が、なぜか自分にだけ独占欲を見せる。 嫉妬、疑念、陰謀が渦巻くなかで明らかになる「真実」。 契約から始まった婚約は、やがて運命を変える愛の物語へと変わっていく——。

私、今から婚約破棄されるらしいですよ!卒業式で噂の的です

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私、アンジュ・シャーロック伯爵令嬢には婚約者がいます。女好きでだらしがない男です。婚約破棄したいと父に言っても許してもらえません。そんなある日の卒業式、学園に向かうとヒソヒソと人の顔を見て笑う人が大勢います。えっ、私婚約破棄されるのっ!?やったぁ!!待ってました!! 婚約破棄から幸せになる物語です。

おしどり夫婦の茶番

Rj
恋愛
夫がまた口紅をつけて帰ってきた。お互い初恋の相手でおしどり夫婦として知られるナタリアとブライアン。 おしどり夫婦にも人にはいえない事情がある。 一話完結。『一番でなくとも』に登場したナタリアの話です。未読でも問題なく読んでいただけます。

その令嬢は祈りを捧げる

ユウキ
恋愛
エイディアーナは生まれてすぐに決められた婚約者がいる。婚約者である第一王子とは、激しい情熱こそないが、穏やかな関係を築いていた。このまま何事もなければ卒業後に結婚となる筈だったのだが、学園入学して2年目に事態は急変する。 エイディアーナは、その心中を神への祈りと共に吐露するのだった。

処理中です...