運命の恋に落ちた最強魔術師、の娘はクズな父親を許さない

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7 王女殿下と木精編

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 クズ男が時間稼ぎをしている間、私たちはただクズ男を睨みつけて喋っているだけではなかった。

 王太子殿下の指示の元、特任チームのおじさんたちはすでにあれこれ動いていて、簡単に会場が出来上がっていたのだ。

 三聖の展示室の前の広場は、あっという間にお披露目会の会場に早変わり。
 とはいっても、花飾りも何もない会場だけれど。

 折り畳みのイスが全員分、用意され、使用人たちの案内で、全員がイスに座れることになったので、クズ男による五強の解説を聞きながら、ホッとした表情を浮かべる招待客。

 一人一人、案内されては、無事にイスに座っていく。

 中には、重そうなドレス姿の女性も。

 侍女さんたちに囲まれて、ドレスの裾が汚れないよう、そっとドレスの裾を持ち上げての移動は、見ているこちらもハラハラする。

 ドレスでイスはちょっとダメなのでは?

 とも思ったけど、そこは手慣れたおじさんたち。あらかじめ、ベンチタイプの折り畳みイスまで用意してある。みんな、謎に優秀だ。

 折り畳みイスの下にはカーペットのような敷物が置かれていて、ドレスも汚れない。至れり尽くせり。

 そして、この敷物が意外と華やか。

 とまぁ、そんな感じで、広場の石畳を覆い尽くすように、所狭しとカーペットが敷かれ折り畳みイスが上に置かれ、人々が座るという。

 三聖の展示室前があっという間に、華やかな会場になったのだ。

 おじさんたちの頑張りで、華やかになった会場に気を取られていたせいで、私は重要なことを見逃すことになる。




「それではこの辺で、五強と、その強力なパートナーを紹介します」




 唐突に、クズ男がお披露目会を進め始めたのだ。

 それまで、展示室の入り口から出てきただけで立ちっぱなしだった三人が、どことなく安心した様子を見せた。

 そして、会場に集まった人たちも同様な様子。

「陛下が来るのを待ってたんじゃないの?」

 焦る私。陛下はどこにも姿がない。

「どうやら違ったようだな」

 折り畳みイスの設営に合わせて、私たちは会場の東の端の一番前の場所に移動していた。

 私の隣には王太子殿下、反対側の隣にはデルティ殿下だ。

 デルティ殿下は動きやすいドレスだったのが幸いしたのか、それとも、今までの特訓(基礎体力作りの方)の成果なのか、先ほどの移動も、今までの立ちっぱなしにも泣き言一つ言わず、平然としている。

 平然としているのは王太子殿下もだ。

 陛下が来てないのに始まってしまって、なのに焦る様子がない。

「さすがに、五強の『主』という言葉は使わないのか」

「今、そんな呑気なことを言ってる場合じゃないですよね?」

 ようやく、お披露目会が始まるという期待と興奮で会場がざわざわとしてきたところで、

「《アストル、ケルビウスの方の準備は?》」

《問題ない。しっかり記録して、しっかり観察しているよ。そっちもしっかりな》

「《無論だ。観客の方は任せておけ。人心掌握など雑作もない》」

 王太子殿下とアストル大公子が、物騒な会話を魔導語で、しかも互いの杖を介して行っていた。

 アストル大公子とケルビウスの役割は観察。このざわつく会場のどこかで、記録を取っているんだろう。姿はまったく見えないけど。

 王太子殿下とスローナスは人心掌握ってことだから、印象操作だろうな。

 てことは、

「もしかして、私は」

「万が一のときは任せた」

 うん、鎮圧要員だったわ。忘れてた。




「我が国の第一王女が五強の一つ、木精リグヌムの主として有名ですが、五強は木精だけではありません」

 私たちの役割分担が確認できたところで、展示室の入り口に目を向けると、ちょうど、クズ男が声を高らかにして、そう告げているところだった。

 クズ男が言葉を止めて、さっと片手を挙げると同時に、人影が動く。

 仕事中に私が着ているのと同じ、第三騎士団の魔術師の制服。その制服姿で、前に歩み出てきたのはフォセル嬢。
 いつものように明るい笑顔を見せて、元気よく、自己紹介を始めた。

「第三騎士団の魔術師、ミライラ・フォセルです。《我が声に応えて出でよ、水精アクア》」


 シーーーーーン


 前半は自己紹介、後半は魔導語でアクアを呼び出す言葉だったけれど、静まりかえるだけでアクアは現れない。

 フォセル嬢が自己紹介しただけで立ち尽くしているのを見て、魔導語が分からない人たちはこれから何が起きるのかとザワザワするし、分かる人たちは何も起きないのでザワザワし始めた。

「お願い、出てきて!」

 さらにザワザワする会場。

 顔を青くしたフォセル嬢が両手を胸の前で組んで呼びかけるけど、うん、普通の言葉。

「祈ってる」

 杖精に呼びかけるなら魔導語。基本中の基本だ。普通の言葉での呼びかけは、もはや独り言。

 身に覚えがあるデルティ殿下は、うんうんと大きく頷き同意している。

「緊張してるのよ。分かる、分かるわ。あの気持ち」

 ザワザワが大きく膨らんだ、その時。


 ゆらり。


 フォセル嬢の目の前の空間が大きく歪み、

「私はアクア。水精アクア。水を司る、五強の一つ」

 瞳に暗い光をたたえた水精アクアが、湧き出してきた。話す言葉も、全員が理解できる普通の言葉だ。

 まるで、フォセル嬢が必死になって呼び出したように見える。

「呼び出し、成功したわね」

 デルティ殿下が無邪気にパチパチと手を叩くと、徐々に周りに広がり、すぐに会場全体が拍手で埋まった。

 満足そうに微笑むフォセル嬢は、一礼すると、元の位置にさがる。

 実のところ、アクアは展示室の入り口付近にすでにいて、フォセル嬢の呼びかけを無視していたんだよね。はぁ。見えないっていいなぁ。




「みなさーん、わたくしはアルゲン大公妃ルルーナよ。わたくし、こう見えても『真実の愛』の主人公なの。『真実の愛』はもちろん、知ってるわよね。
 そうそう。わたくしの愛の力で、大公領ももの凄く繁栄していて、もうすぐ、大公国になりそうな勢いよ。
 え? ちょっと、ディルス君、急かさないでくれる? 真実の愛を掴んだわたくしに、出来ないことはないんだから。
 分かったわよ。呼び出せばいいんでしょう? 出てきて、金精メタルム!」

 うん、キンキンし過ぎる声で騒がれて、耳が痛い。

 フォセル嬢が下がるのと入れ替えに、前に出てきたのがこの人、アルゲン大公妃のルルーナ様。

 フォセル嬢が簡素だったのに対して、アルゲン大公妃はキンキンと騒々しい。呼び出しの言葉は、最初から魔導語使ってないし。

 これ、大丈夫なの?

 会場の全員がそう思った瞬間、

「はいはい。メタルムだ。ちょっと、おばさん、呼ぶのが遅くない? 待ちくたびれるところだったよ、まったく」

 あっさりと金精メタルムが現れた。

「お、おばさんですって!」

 口の悪いメタルムに憤慨するアルゲン大公妃。怒りのあまり足を踏みならし始めたので、クズ男がフォロー入る始末。

「ムチャクチャ過ぎる」

 あの人が義母にならなくて良かったわ。

 グレイが長子なのに、アルゲン大公家を出てニグラート辺境伯家の養子に入った話を聞いてビックリしたけど。

 アルゲン大公家から出たかった元凶の一つが、あの実母なんじゃないかと、なんとなく理解する私。

 義母でも無理なのに、実母だなんて絶対耐えられそうもない。

 デルティ殿下の方は別なところに興味が湧いたようだ。

「わたくし、杖精から、おばさん呼びされる人、初めて見たわ!」

「気になるの、それ?」

 杖精が過ごしてきた果てしなく長い年月を考えると、人間の一生なんて遥かに短い。

 本来なら、杖精が人間を『おばさん』=年上扱いするはずがないのだ。自分の主であればなおのこと、もっと敬意を持って対する。

 つまり、おばさん扱いするということは、相手に対して敬意を払っていないということ。

「(単に、バカにしているだけだな)」

 私と同じように考えている人は他にもいたようで、デルティ殿下とは反対側の隣から、聞こえるか聞こえないかくらいの小さなつぶやきが聞こえてきた。

 それが聞こえなかったデルティ殿下は、私越しに王太子殿下に話しかける。

「ユニー兄さま、お披露目って、こんな感じでよろしいの?」

 子犬でも思わせるような愛らしい仕草で話しかけるデルティ殿下に、王太子殿下はヤレヤレと、一瞬、兄の顔を覗かせて、すぐに堅い顔に戻って言葉を返した。

「五強のような強い魔導具の披露は国力の顕示に繋がる。もっとも、中身のない顕示に意味があるとは思えないがな」

 そう言って視線を向けた先には、アルゲン大公妃と入れ替わりに前に出てきた人物。

 その彼女は、今までとは違った雰囲気を纏って登場した。
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