【完結】竜と悪役令嬢だった魔女

六花さくら

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◆プロローグ

プロローグ

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 それは、しんしんと積もる雪の日に行われた。

「アナスタシア・ユーリヤ・シャターリア。お前との婚約をここで破棄させてもらう」

 私――アナスタシアの目の前に立つ男は、貴族の並ぶパーティの中でそう断言した。

 彼の名はこの国の第二王子、エドアルト・オルデハイム。

 私は彼と婚約関係を結んでいた。

 王子は金色の巻き髪を耳にかけて、翡翠色の瞳を別の女性に向けていた。
 彼の横に立つ女性は、夕暮れの太陽のような赤い髪を二つに結んでいる。ルビーのような色の瞳で、うっとりとエドアルト王子を見つめていた。

 まさに恋する乙女。
 彼女の名はソフィア男爵令嬢。
 しかし彼女の口角は、ひくひくと上がっていた。

 喜びを隠せないタイプなのだろうか。
 それとも、こうして私が貶められているのを見るのが嬉しいのだろうか。

 どっちにしろ、もう関係ない。

「……わかりました」

「な、なんだ。嫌がったりしないのか?」

 王子は驚きの表情を浮かべる。
 嫌がってほしかったのだろうか。
 自分から言いだしたくせに。

 女性の恋は上書き保存。
 男性の恋は新規保存とよく言われるが……本当にこの王子は馬鹿なのね。

 小さな頃の彼はこんな人じゃなかった。
 いつも好奇心旺盛で、努力家で、新しい本を一緒に読み回したりしていた。

 だから、自然と恋をして、彼と子を産み、人生を過ごすのだろう――そう思ったのだけれど。
 

「やはり、お前は我が愛しのソフィアに嫌がらせをしていたのだな」

「いえ。事実無根でございます。私はこの魂に誓って、家名にも誓って、そのような真似をしておりません」

「ふん。そんな言葉当てにならぬ。なぁ、ソフィア」

「えっ、は、はいぃ~。わたし……アナスタシア様にはいつも睨まれていて、お茶会にも誘っていただけず、池に落とされたり……本当に……ひ、ひどくって……ひっ……うぅう」

 彼女は言いながら涙を流していた。
 ハンカチで拭っているけれども、やはり口の端は上がっている。

 大した演技力だ。
 そして愚かな王子はそれに気づきもしない。

 お茶会に誘わなかったのは、彼女が親しい友人じゃないから。
 私は侯爵令嬢で、彼女は男爵令嬢。
 身分も違うし、友人も違うから誘う理由がない。

「……池には自分から落ちておりましたけど」
 冬の池によく自分から飛び込むなぁと、遠目で見ていたのだけれど、彼女はそれも私のせいにしようとしている。

「ひ、ひどいっ! 私の不注意というのですか?! アナスタシア様が突き落としたのにっ!」
「ええいっ! 往生際の悪い女だ!」

 それはこちらの台詞である。
 とりあえずわかっていることは、王子はこのソフィアに骨抜きにされてしまった。

 今度こそ、このから逃れられると思っていたのに……。

 

「これは私と殿下だけの問題ではなく、家と家の問題でもあります。ですので、後は家を通してお話くださいませ。私にはこれ以上何も言うことはございません」

「それは婚約破棄を受け入れると?」
「はい」

 私は一刻も早くこの場から逃げ出したかった。

 冷たい目。
 この場にいるのは、私とエドアルトとソフィアだけじゃない。
 たくさんの令嬢や子息が私達を見ている。

 そして、もっと偉い爵位をもった方々も。
 そんな彼らに負の感情で見つめられるのが、心の底から嫌だった。

「ふん。泣いて乞うたら愛妾にでもしてやろうと思ったが、本当に可愛らしさの欠片もない女だ。少しはソフィアを見習え」
「エドアルト様ぁ」
 潤んだ瞳で彼を見つめるソフィアの額に、そっと口づけを落とす王子。

 正直、もう吐きそうだった。
 イチャつくなら勝手にやってほしい。
 しかも馬鹿の愛妾なんて……寒気がする。
 馬小屋で働く方がまだマシだ。

 お父様には怒られるかしら。
 、怒られはしないでしょうね。
 彼はわかってくれている人だから。

「では、私はこれで――」
 私は一礼して、踵を返した。

「ふん。婚約破棄をされても表情を全く変えないとは。本当に氷のような女だな」
 王子の嫌味を背に受けながら、私はパーティー会場から去った。

 その日はやっぱり、雪がしんしんと積もっていた。
 あまりに雪が積もっているから、馬車も動くことが出来ないらしい。

「お嬢様、もうしばらくお待ちいただいたら……あ、そうだ。宿に泊まっていかれたら……」
「いいえ。大丈夫。少し頭を冷やしたいから、歩いて帰るわ」

「えぇっ!? そんなヒールで歩いたらしもやけになってしまいます! コートは……えっと、オレのしかないですからこちらを。ブーツは何かあった用に女性用を馬車に積んでおりますので、持ってまいります」
 馬車の運転手はとても気を使ってくれた。
 パーティー会場で何があったのか、彼は知らない。
 けれど他の客人よりも早く、しかも一人で出てきた令嬢――それでなにかを察したのだろう。

「……こちら。サイズがあってないと思いますので、あまり長くは歩かないようにしてください」
「ありがとう」

 彼が渡してくれたのは革のロングブーツだった。
 サイズは確かにあってないけれど、それでもヒールで雪の上を歩くより全然マシだ。
 彼の貸してくれた上着は、男性用でブカブカだった。けれど、まだぬくもりが残っていた。

「……貴方の服はどうするの?」
「オレのは予備が馬車にありますので、大丈夫です。どうぞ、使ってください」
「ありがとう。お名前は?」
「名乗るほどのものではございません」

 彼はそう言って、一礼頭を下げてくれた。
 
 ここは優しさに甘えておこう。

 雪はしんしんと積もっている。
 息を吐いたら、白いもやが顔の周りを覆った。
 耳がぴりぴりする。
 ドレスアップ用の手袋は薄地で、すぐに冷気を通す。

「……うん。寒い。でも歩いて、ゆっくり、ゆっくり帰りましょ」

 私の家はここからそう遠くない。
 ちょっと嫌がらせに脱いだ靴を置いていった。
 王子様がその靴を持ってきてくれたらいいのに。

 そんなことを考える私は、やっぱり未練がましい女なのかしら。
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