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【第二章】馬鹿国王による貧困政治
17.国の裏側(3)
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「はい。カンパネラ。これを我が家に届けて頂戴。届けたら戻ってきてね」
「……竜を伝書鳩扱いする令嬢は初めて見たぜ」
「なによ、ホーエンハイム。あなた口答えするの?」
「ちぃとくらい嫌味言わせてくれよ」
カンパネラは私の書いた手紙を、シャターリア家に届けてくれるだろう。
彼はカメレオンのように空や景色に自然と溶け込むことができるから、竜だとバレずに届けることができる。
「……じゃあ、血液検査をしながら症状の説明をするわね」
私はホーエンハイムの家に置いていた自分専用の白衣を羽織った。
16歳の時の年齢に合わせているから、12歳の私にはダボダボだけれど、まくれば気にならない。
「それで、患者は?」
「少女。年齢は10歳程度。一年前から痣のようなものを発症。現在はつま先から腰まで真っ黒い痣で染まっていたわ」
「ちょっと前の流行り病に似てるな」
「そうね。私もそれを疑ったわ。でも、黒さが少し違ったの。なんだか木や花の枯れ方によく似ていたわ」
「ちなみに、他に外傷は?」
「特になく。傷口はなくて痣だけ。だけれど患者は動けなくなっていたわ」
こうやって口論を繰り返す。あの症状に似ている。この症状に似ている。
じゃあ何が効くのか。原因は何なのか。
「患者の兄が他の医者を当たったらしくて、この薬を渡されたわ。見覚えがあるのだけれど、はっきりとさせたいから意見を頂戴」
私がもらったのは液体の薬。
ホーエンハイムの眉間がぴくっと動く。
嫌な予感はどうやら的中したようだ。
「……ちなみに、これはどこで?」
ホーエンハイムが言いたいのは、どこでこの薬を拾ったのか、ということだろう。
「城下町の貧民街……貴方の管轄じゃないわよね」
「あたりまえだ……。わかってたらこんなの流行らせるわけない」
イヴァンが薬として持っていたモノ。
その液体は、ずっと昔に薬として流行った『水銀』だった。
『水銀』を医療用に使われていたのは100年程前。
不老不死の効果があるとか、万能薬だとか言われて、高値で取引をされていた。
けれど『水銀』には神経を壊す副作用がある。
病は治ったと見せかけて、身体の奥で燻り、神経をじわじわと侵食していく。
それが水銀の恐ろしさだ。
医学をかじっている者ならこれくらい知ってて当然の知識なのに。
これを高値で売りつけた――それは悪意あっての行動だろう。
「きっついな……。血液反応も最悪だ」
ホーエンハイムは苦しげな声を上げた。
――汚染が進んでいる。
原因は水銀だけではない。
他の流行病や貧困、栄養不足が重なって、酷い症状になってしまった。
今まで診た患者のどれとも違う、新しい病だった。
「10歳程度なら水銀が身体中を回るのも早いだろう。……言いたくねぇが……」
「……もう永くない、わね」
ホーエンハイムと私の意見は一致していた。
できるなら、何か解決をさせてあげたかった。
流行り病だけなら治ったかもしれない。
ただ、神経を壊されてしまっていたら、もうどうにも処置ができない。
その場しのぎの栄養剤を与えて、ちょっとずつ一日一日を生きてもらう。
けれど、そのうち彼女の身体中を酷い激痛が襲うだろう。
そうなった時――医学の心得を持つものが勧めるのは、延命するか、治療をやめるか。
何百年も生きて、助けられない命があるなんて。
……本当に私は無力ね。
自分で自分が嫌になる。
せめて一人でも多くの人を助けたい。
でも、医学に犠牲はつきものだ。沢山の屍を積み重ねて前に進むしか無い。
100人の患者がいて、100人救えるのなら、それは人や医者ではなく神様だ。
「アーさん、戻りました」
窓からひょいっと、子竜の姿のカンパネラが戻ってきた。
カンパネラは人型にまた変化をする。
「……どうかしたんですか?」
「ちょっと、いい結果が出なくて……」
私は泣きそうになるのを堪えた。
「……えっと、それは水銀ですかね」
ホーエンハイムの持っている薬――と言う名の毒を見て、カンパネラは即答した。
「わかるの?」
「はい。匂いで」
カンパネラはハッキリと言い切った。
「もしかして、アーさんはそれで困っているのですか?」
「ええ……治療法が、ないから……」
泣くな。泣くな私。
こんなの今まで何度もあったじゃないか。
割り切れ。
イヴァンの顔が頭に浮かぶ。サーシャの苦しそうな笑みが浮かぶ。
私は彼らの思いに答えられない。
無駄に齢だけ重ねた、ただの人間だから――
俯く私の目線に合わせるように、カンパネラは床に膝をついて、私の目を見て言った。
「さっきの兄妹の病気の原因が水銀なら、俺、吸い取れますけど」
「……竜を伝書鳩扱いする令嬢は初めて見たぜ」
「なによ、ホーエンハイム。あなた口答えするの?」
「ちぃとくらい嫌味言わせてくれよ」
カンパネラは私の書いた手紙を、シャターリア家に届けてくれるだろう。
彼はカメレオンのように空や景色に自然と溶け込むことができるから、竜だとバレずに届けることができる。
「……じゃあ、血液検査をしながら症状の説明をするわね」
私はホーエンハイムの家に置いていた自分専用の白衣を羽織った。
16歳の時の年齢に合わせているから、12歳の私にはダボダボだけれど、まくれば気にならない。
「それで、患者は?」
「少女。年齢は10歳程度。一年前から痣のようなものを発症。現在はつま先から腰まで真っ黒い痣で染まっていたわ」
「ちょっと前の流行り病に似てるな」
「そうね。私もそれを疑ったわ。でも、黒さが少し違ったの。なんだか木や花の枯れ方によく似ていたわ」
「ちなみに、他に外傷は?」
「特になく。傷口はなくて痣だけ。だけれど患者は動けなくなっていたわ」
こうやって口論を繰り返す。あの症状に似ている。この症状に似ている。
じゃあ何が効くのか。原因は何なのか。
「患者の兄が他の医者を当たったらしくて、この薬を渡されたわ。見覚えがあるのだけれど、はっきりとさせたいから意見を頂戴」
私がもらったのは液体の薬。
ホーエンハイムの眉間がぴくっと動く。
嫌な予感はどうやら的中したようだ。
「……ちなみに、これはどこで?」
ホーエンハイムが言いたいのは、どこでこの薬を拾ったのか、ということだろう。
「城下町の貧民街……貴方の管轄じゃないわよね」
「あたりまえだ……。わかってたらこんなの流行らせるわけない」
イヴァンが薬として持っていたモノ。
その液体は、ずっと昔に薬として流行った『水銀』だった。
『水銀』を医療用に使われていたのは100年程前。
不老不死の効果があるとか、万能薬だとか言われて、高値で取引をされていた。
けれど『水銀』には神経を壊す副作用がある。
病は治ったと見せかけて、身体の奥で燻り、神経をじわじわと侵食していく。
それが水銀の恐ろしさだ。
医学をかじっている者ならこれくらい知ってて当然の知識なのに。
これを高値で売りつけた――それは悪意あっての行動だろう。
「きっついな……。血液反応も最悪だ」
ホーエンハイムは苦しげな声を上げた。
――汚染が進んでいる。
原因は水銀だけではない。
他の流行病や貧困、栄養不足が重なって、酷い症状になってしまった。
今まで診た患者のどれとも違う、新しい病だった。
「10歳程度なら水銀が身体中を回るのも早いだろう。……言いたくねぇが……」
「……もう永くない、わね」
ホーエンハイムと私の意見は一致していた。
できるなら、何か解決をさせてあげたかった。
流行り病だけなら治ったかもしれない。
ただ、神経を壊されてしまっていたら、もうどうにも処置ができない。
その場しのぎの栄養剤を与えて、ちょっとずつ一日一日を生きてもらう。
けれど、そのうち彼女の身体中を酷い激痛が襲うだろう。
そうなった時――医学の心得を持つものが勧めるのは、延命するか、治療をやめるか。
何百年も生きて、助けられない命があるなんて。
……本当に私は無力ね。
自分で自分が嫌になる。
せめて一人でも多くの人を助けたい。
でも、医学に犠牲はつきものだ。沢山の屍を積み重ねて前に進むしか無い。
100人の患者がいて、100人救えるのなら、それは人や医者ではなく神様だ。
「アーさん、戻りました」
窓からひょいっと、子竜の姿のカンパネラが戻ってきた。
カンパネラは人型にまた変化をする。
「……どうかしたんですか?」
「ちょっと、いい結果が出なくて……」
私は泣きそうになるのを堪えた。
「……えっと、それは水銀ですかね」
ホーエンハイムの持っている薬――と言う名の毒を見て、カンパネラは即答した。
「わかるの?」
「はい。匂いで」
カンパネラはハッキリと言い切った。
「もしかして、アーさんはそれで困っているのですか?」
「ええ……治療法が、ないから……」
泣くな。泣くな私。
こんなの今まで何度もあったじゃないか。
割り切れ。
イヴァンの顔が頭に浮かぶ。サーシャの苦しそうな笑みが浮かぶ。
私は彼らの思いに答えられない。
無駄に齢だけ重ねた、ただの人間だから――
俯く私の目線に合わせるように、カンパネラは床に膝をついて、私の目を見て言った。
「さっきの兄妹の病気の原因が水銀なら、俺、吸い取れますけど」
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