【完結】竜と悪役令嬢だった魔女

六花さくら

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【第五章】革命家と反逆者

46.お嬢様と騎士様(2) ルイス視点

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 何故だ。
 知らなかったッ!
 聞いてない――!

 まさかこんなところで彼女キティに出会うなんて思いもしなかった。

 俺の恩人であり、憧れの人。
 もっと偉くなってのし上がって、彼女と再会したいと思っていたのに――こんな中途半端な自分を見られるなんて、恥でしかない。
 後少しで戦歴と貿易が評価され、爵位を貰えるはずだった。
 けれど――今はまだ宙ぶらりんの、ただの男だ。

――貴方はエクエスよ。私、わかるもの。ずっと一緒に過ごしたでしょう? 私、忘れてないわよ。貴方のことを、一日たりとも。ずっと、ずっと探していたわ。

 彼女は最後に出会った時から変わらなかった。
 頑固で、強情で、いつも執事や俺たちを困らせていた。

 そして、絶対に自分の意見を曲げないのだ。
 そのことを思い出して、俺は自分の前の名が『エクエス』だと彼女に伝えた。

 すると彼女は花のような笑みをこぼして、ボロボロと大粒の涙を流した。

――くそ、くそ。
 違うんだ。キティ。
 俺はもっと上に上がるべき男だ。貴族や一国の王になるべき男だ。

 彼女は何度も俺に触れようとしてきた。
 手を握ろうとしたりしてきた。
 でも、俺はそれを拒んだ。

 だってそうだろう。

 俺の手はこんなにも汚れている。

 二人の人間を殺した。
 貴族だからという理由で、罪もない人間を殺した。
 このままじゃ、俺はただの人殺しだ。

 早く、早く完成させなければならない。
 賢者の石を。

 そして賢者の石を使って、国を買えるほどの資金を得て、王へクーデターを起こす。

 新しい王になって、路頭を迷う人間が増えた。
 昔の俺のように、一日ひとつのパンもマトモに食べられないかもしれない。
 しかもそれは、国王と王妃の浪費が原因で、どんどん税は上がっていく。路頭に迷うものがもっと増える。

――誰かが、制裁をしなければいけない。

 国王を王座から引きずり落とす者が必要だ。

 俺はこれを正しい考えだと思っている。
 のし上がるために、国を変えるために、クーデターを起こす。革命家であることを恥じたことはない。

 けれど――
 こんな汚れた手では……。
 きっともう、彼女キティには触れられない。
 

 アナスタシアを攫うのは容易だったらしい。
 『神の酒バッカス』のメンバーが、街を護衛も付けずに歩いているところを発見。同行している男の隙をついて、馬車につめこんだらしい。

 彼女は目を塞がれても動じなかったらしい。

 少し抵抗したが、力では敵わないとわかった瞬間、抵抗をやめたようだ。
 本当に気味の悪いほど聡明な娘だ。

 そして彼女を組織の隠れ家に連れてきた。
 隠れ家は山の奥深くにある。地理に詳しいものじゃなければ来れない場所だ。
 そして――何をしても、バレにくい場所だ。

「後のことは俺がする」
 仲間にはそう伝えて、アナスタシアと二人きりにさせてもらった。

――仲間たちには、俺が賢者の石を作っていること、そのために人を殺していることを教えていない。

 しかも、今回のターゲットはたった12歳の子どもだ。
 組織の中には同じ歳ごろの子を抱えた者もいる。
 反対する者も出るだろう。

 だから――手を汚すのはいつだって、リーダーの仕事だ。

「……貴方、ルイスね」
 彼女の目は布で隠されている。俺は一言も発していないのに、アナスタシアは俺の正体を言い当てた。
「何故わかった?」
「香水の匂い、足音、衣擦れの音――あとはカマをかけただけよ」
 ただの少女ではないとわかっていたが、ここまでだとは。

――その命が高貴な魂を持つ者の命なら、もっと良い効能が出せるだろう。

 まさに、彼女――アナスタシアこそ高貴な魂の持ち主なのではないか、俺はそう思った。

「アンタに恨みはない。けど、この国のために死んでもらう」
 俺はナイフを手に持ち、彼女の頸動脈に押し当てた。

「……貴方がこの国を変えてくれるというの?」

 アナスタシアは青い瞳で俺を見つめていた。何故かその瞳はキラキラと輝いていた。

――嘘だろおい。
 状況が理解できていないわけないだろう。
 なんで、なんでこの状況で瞳を輝かせることができるんだ。

「私っぽっちの命で、この国を変えるというのなら、私は喜んでこの身を差し出すわ。――でも約束しなさい。契約よ。絶対に、この国を変えなさい」

 彼女の青い瞳には、燃えるような情熱を感じた。

 手が震える。あぁ、何でだ。
 相手はたった12歳の小娘なのに、なんでこんなにもおぞましく感じるのか。

 12歳といえば、まだ無邪気な年頃だろう。

 国のことなんて考えるほど聡明なはずがない。

 しかも、国のために命を投げ出すと簡単に言いのけてみせた。一言も動じずに。彼女の声は芯が通っていて、その声からは恐怖は一ミリも感じなかった。

「さぁ、やりなさい」
「あぁ……やってやるさ」

 手が震える。
 足がすくむ。
 こんな小娘、今まで殺してきたやつらに比べて、弱っちいじゃねぇか。
 なのに、なんでこんなに恐ろしいんだ。

 俺は息を止めた。
 そして賢者の石を握りしめ――
 そして彼女から目を逸し、その背にナイフを突き立てた。
 心臓の裏に刺した。
 けれど頸動脈を切った時のように確実ではない。

 背骨が邪魔をして、上手く刺せていないかもしれない。
 一度、二度、三度、背から彼女を刺した。

 彼女の生気を賢者の石が吸い取る。
 これで完成だ――
 そう思っていたが、賢者の石は赤く光るどころか、黒く鈍く光り、そして炭のように粉々になってしまった。

「……なん、で……」

 その時、俺は意識を失った。
 目を閉じる前、見たのは俺の身体の十倍以上ある大きな竜だった。
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