49 / 77
【第五章】革命家と反逆者
48.お嬢様と騎士様(4) ルイス視点
しおりを挟む
『ねぇ、エクエス。お姫様ごっこをしましょ』
『またですか、お嬢様』
いつもキティお嬢様は俺と騎士ごっこをしようと言っていた。
彼女はまだ10歳で幼かったから、私はちょうどいい遊び相手だったのだろう。
『じゃあ、今日も私がお姫様で、エクエスは騎士様ね。……あ、もしかしてたまにはお姫様をしたいって思ってる?』
『思ってませんよ。大丈夫です』
『ならよかった』
彼女は子どもらしい笑みを浮かべて、俺に手を差し出した。
俺は片足を床につき、彼女の手の甲に椅子を落とす。
『エクエス。どうか私を守る騎士となってください』
『あぁ、貴方の心のままに』
いつもどおりの歯が浮くような台詞。
これを言うと、彼女はいつもきゃーきゃーと騒いで、顔を真っ赤に染めていた。
お年頃の女の子、というものはこうなのだろうか。
令嬢だから、気軽に男性と遊ばせるのは良くない。
だからか、遊び相手はいつも俺で――俺も、それに満足していた。
お嬢様の相手をしていれば給金が入る。
柔らかいパンも、みずみずしい果実も、肉だって買える。
『エクエス。……ずっと傍にいてね。私の騎士として』
10歳の女の子の戯言だ。
彼女はいつか、どこかの子爵と婚姻するだろう。
それまで、こうして遊ぶくらいは許してほしい。
◆
夢を見たような気分だった。
お伽噺でしか聞いたことのない竜を見ただなんて、誰が信じてくれるだろう。
『神の酒』の小さな家はボロボロに壊されていて、横には血のあとが残っていた。
昔の夢も見た。
キティとの夢を。
俺はあの時からずっとキティを好いていた。憧れていた。太陽のような子だと思っていた。
――どうして俺が騎士になって戦場へ向かったのか。
彼女の言う本物の騎士になりたかったから。
――何故、俺が革命家になったか。
この腐敗した国を変えてやるため。
――いや、違う。戦歴と、貿易で手に入れた膨大な金で、爵位を手に入れたかったんだ。
いつか、彼女が嫁に行く前に、迎えにいきたいと思ったから。
俺はキティが好きだ。
初めて出会ったときから。
彼女の目が好きだ。黄金色の瞳は俺と同じなのに、彼女の瞳は更に強く輝いているような気がする。
彼女の声が好きだ。どんな鳥よりも美しい声で囁いてくれる。
彼女の優しさが好きだ。
彼女に救われたときから、ずっと、ずっと。
革命なんてカッコつけていたけれど、願いの奥底には『彼女の横に並び立ちたい』という気持ちが根幹にあった。
「おや、おやおや。石が灰になっていらっしゃる」
崩壊した小屋にやってきたのは、ペスト仮面の男だった。
俺に賢者の石を託した者。
「二人分の命は無事に手に入れたようだけれど、最後に目をつけた者が彼女か。それはひどかったね。あの子の命は重いから」
クスクスと笑うペスト仮面の男。
「残念だね。君の願いはここでオシマイだ。最後の願いの代わりに――君の命を頂いていこう」
ペスト仮面の男はそう行って、俺の心臓に腕を突き立てた。
けれど、気の所為だったのだろうか、傷一つない。
だが、どんどん身体中から力が抜けていく。
生命力が奪われていく。
「これで、俺は終わるのか……こんなにあっけなく」
「人生とはあっけないものだよ、ルイスくん」
ペスト仮面の男は嘲笑った。
『また、会えないかしら。今度は2人で』
キティの声が聞こえる。
『でも私は、ルイスとしての貴方とじゃなくて、エクエスとしての貴方の話を聞きたいの』
嗚呼。俺は彼女との約束を果たせなかった。
できることならもう一度、彼女の笑みを見たかった。
そして、別れの挨拶をし、呪いをかけたかった。
――貴方のことが永遠に好きだと。
俺のことを忘れないように。
言葉という楔で、彼女の心を縛り付けたかった。
嗚呼、どうか。神様――
いや、神様なんていても、俺みたいな人殺しの言うことは聞いてくれないだろうな。
でも、でも――一つだけ、祈らせてほしい。
『キティお嬢様の永遠の幸福を』
どうか、彼女がいつまでも幸せでありますように。
いつまでもあの笑みを絶やしませんように。
その横に俺は居られないけれど――
でも、でも、でも――
彼女が幸せならそれでいい。
呼吸ができなくなる。
魂が吸い取られるというのはこういう気分なのか。
そうして、俺は意識を手放した。ぼろぼろになった小屋からは、青空が覗いていた。
彼女もこの青空を見ていたらいいなと、思った。
『またですか、お嬢様』
いつもキティお嬢様は俺と騎士ごっこをしようと言っていた。
彼女はまだ10歳で幼かったから、私はちょうどいい遊び相手だったのだろう。
『じゃあ、今日も私がお姫様で、エクエスは騎士様ね。……あ、もしかしてたまにはお姫様をしたいって思ってる?』
『思ってませんよ。大丈夫です』
『ならよかった』
彼女は子どもらしい笑みを浮かべて、俺に手を差し出した。
俺は片足を床につき、彼女の手の甲に椅子を落とす。
『エクエス。どうか私を守る騎士となってください』
『あぁ、貴方の心のままに』
いつもどおりの歯が浮くような台詞。
これを言うと、彼女はいつもきゃーきゃーと騒いで、顔を真っ赤に染めていた。
お年頃の女の子、というものはこうなのだろうか。
令嬢だから、気軽に男性と遊ばせるのは良くない。
だからか、遊び相手はいつも俺で――俺も、それに満足していた。
お嬢様の相手をしていれば給金が入る。
柔らかいパンも、みずみずしい果実も、肉だって買える。
『エクエス。……ずっと傍にいてね。私の騎士として』
10歳の女の子の戯言だ。
彼女はいつか、どこかの子爵と婚姻するだろう。
それまで、こうして遊ぶくらいは許してほしい。
◆
夢を見たような気分だった。
お伽噺でしか聞いたことのない竜を見ただなんて、誰が信じてくれるだろう。
『神の酒』の小さな家はボロボロに壊されていて、横には血のあとが残っていた。
昔の夢も見た。
キティとの夢を。
俺はあの時からずっとキティを好いていた。憧れていた。太陽のような子だと思っていた。
――どうして俺が騎士になって戦場へ向かったのか。
彼女の言う本物の騎士になりたかったから。
――何故、俺が革命家になったか。
この腐敗した国を変えてやるため。
――いや、違う。戦歴と、貿易で手に入れた膨大な金で、爵位を手に入れたかったんだ。
いつか、彼女が嫁に行く前に、迎えにいきたいと思ったから。
俺はキティが好きだ。
初めて出会ったときから。
彼女の目が好きだ。黄金色の瞳は俺と同じなのに、彼女の瞳は更に強く輝いているような気がする。
彼女の声が好きだ。どんな鳥よりも美しい声で囁いてくれる。
彼女の優しさが好きだ。
彼女に救われたときから、ずっと、ずっと。
革命なんてカッコつけていたけれど、願いの奥底には『彼女の横に並び立ちたい』という気持ちが根幹にあった。
「おや、おやおや。石が灰になっていらっしゃる」
崩壊した小屋にやってきたのは、ペスト仮面の男だった。
俺に賢者の石を託した者。
「二人分の命は無事に手に入れたようだけれど、最後に目をつけた者が彼女か。それはひどかったね。あの子の命は重いから」
クスクスと笑うペスト仮面の男。
「残念だね。君の願いはここでオシマイだ。最後の願いの代わりに――君の命を頂いていこう」
ペスト仮面の男はそう行って、俺の心臓に腕を突き立てた。
けれど、気の所為だったのだろうか、傷一つない。
だが、どんどん身体中から力が抜けていく。
生命力が奪われていく。
「これで、俺は終わるのか……こんなにあっけなく」
「人生とはあっけないものだよ、ルイスくん」
ペスト仮面の男は嘲笑った。
『また、会えないかしら。今度は2人で』
キティの声が聞こえる。
『でも私は、ルイスとしての貴方とじゃなくて、エクエスとしての貴方の話を聞きたいの』
嗚呼。俺は彼女との約束を果たせなかった。
できることならもう一度、彼女の笑みを見たかった。
そして、別れの挨拶をし、呪いをかけたかった。
――貴方のことが永遠に好きだと。
俺のことを忘れないように。
言葉という楔で、彼女の心を縛り付けたかった。
嗚呼、どうか。神様――
いや、神様なんていても、俺みたいな人殺しの言うことは聞いてくれないだろうな。
でも、でも――一つだけ、祈らせてほしい。
『キティお嬢様の永遠の幸福を』
どうか、彼女がいつまでも幸せでありますように。
いつまでもあの笑みを絶やしませんように。
その横に俺は居られないけれど――
でも、でも、でも――
彼女が幸せならそれでいい。
呼吸ができなくなる。
魂が吸い取られるというのはこういう気分なのか。
そうして、俺は意識を手放した。ぼろぼろになった小屋からは、青空が覗いていた。
彼女もこの青空を見ていたらいいなと、思った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
悪役令嬢のビフォーアフター
すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。
腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ!
とりあえずダイエットしなきゃ!
そんな中、
あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・
そんな私に新たに出会いが!!
婚約者さん何気に嫉妬してない?
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる