【完結】竜と悪役令嬢だった魔女

六花さくら

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【第九章】この国の未来のためにできること

72.この国の未来のためにできること(4)

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「ねぇ、金も銀も、装飾品もドレスもないの? 贅沢できないなんて、死んだほうがマシよ! 私は全てを抱えたまま死を選ぶわ!」
 ソフィアは高らかに笑う。

「……貴方、本当に救いようのない馬鹿なのね。この国の宝石は全て借りもの。決して貴方のものになることはないのよ? 処刑台にはボロ布のような服を着てもらうし、貴方がドレスを着ることも宝石を抱えることも金輪際ないわよ?」

 私は本当のことを告げる。
 最初、ソフィアは冗談だと思っていたのだろう。
 この小娘の姿であるアナスタシアが革命をするなんて、思いもしなかったのだろう。

「……さぁ、ソフィア。貴方はただのソフィア。王妃でも男爵令嬢でもなんでもない、ただの人として生きるか、それとも――」

 私はにっこりと笑った。

「今のアーさん、ちょっと悪役令嬢っぽいです」
「ちょっと黙ってて。頑張って演技してるんだから」

 ちゃちゃいれるカンパネラの頭をぺしっと叩く。

「私は――死ぬわ! 平民に落ちるなんてまっぴらごめん! ドレスが着れないのも、宝石をつけられないのも、固いパンを食べる生活をするのもまっぴらごめん! そんな生活をするなら、私は死を選ぶわぁ! あは、はは、ははははははははっははははははははっ――はぁっ……げほ、ぁ……はははっはははは!」

「そう。貴方はそういう人だったわね」

 ソフィアは断頭台へ。
 私は衛兵に頼んで、ソフィアを別の部屋に連行してもらった。

「さて、エドアルト。貴方はどうする?」

 ソフィアの狂った笑い声を聞きながら、エドアルトは汗を垂らして床をじっと見ていた。

「……この床も、手入れをしてくれる者がいるから、この部屋は綺麗なんだな」

「ええ。そうよ」

「野菜を作ってくれる農民がいて、それを料理してくれる者がいるから、俺は美味しい食事を摂ることが出来た。服だってそうだ。布をつくる者、編む者がいて、縫うものがいて、仕立てられ、俺たちの元に届く。この国には働く民がたくさんいて、その民が王族の生活も支えてくれていたんだな」

「……ええ。貴方はそんな彼らにどんな仕打ちを与えた? 国税を上げて、飢餓きがで苦しむ者もいた。早期に薬を服用すれば治る些細ささいな病気にかかって亡くなる人もいた。薬が高くて買えなかったからよ?」

 私は今まで見てきた、ありのままの国の状況を彼に伝える。

「貴方がソフィアに送った金品で、何百人の国民が飢えずに済んだ。国王になって慢心して、国のことを全く見てなかったんじゃないの?」

 その時、エドアルトの足元に、ぽたりと一滴の雫が落ちた。

「あぁ……そうだな。そうだ。俺は王になって、浮かれていた。王は偉いんだと慢心して、ソフィアと遊び歩いた。何もかもが思い通りになって楽しかったが――それは、俺とソフィアだけだったんだ。たくさんの民に、俺は目を向けなかった。民の期待を、俺は全て裏切り続けた」

 雫は、涙だった。
 エドアルトは歯を噛み締めて、ときに嗚咽をこぼしながら、涙を流していた。

「なぁ、どうすればいいんだ、アナスタシア。俺は死んだほうが良いのか? それとも生きて償ったほうがいいのか?」

 エドアルドは涙でびしょ濡れになった顔を上げた。

――あぁ、この顔は幼い頃の彼の顔と同じだった。

 兄と比べて剣がうまく振れなかったエドアルトは、いつも悔し泣きをしていた。
 そして『俺は剣を習い続けてもいいのだろうか?』と私に聞いてきた。

 私はその時と同じ言葉を返す。


「大切なことは、貴方が、貴方自身で決めなさい」


 すると、彼の翡翠色の瞳が揺らいだ。
 涙でびしょ濡れの顔で、彼は微笑んだ。

「……アナスタシア。あぁ、俺の好きだった、アナスタシアだ」

 彼は独り言のように呟いた。

「……婚約破棄の件は悪かった。俺はどうかしていた。あんな公衆門前で傷つけて、本当に、酷い目に合わせてしまった。お前はいつも正しかったのに、俺はいつもなにもうまくいかない」

 彼は嗚咽おえつをこぼしながら、ゆっくりとゆっくりと語る。

「そんなことないわ。貴方は努力ができる人だもの。私はいつも言ったわよね。努力できる人は、きっといつか何かを成し遂げると」

 私は彼の頬に触れた。涙でぐしゃぐしゃに濡れた頬に。
 彼は翡翠色の瞳で、まっすぐ私を見つめて言った。

「そうだな。そんなことも言ってくれてた。アナスタシアはいつも、俺に厳しかった。でもそれは優しさから来ていたんだな。そんなお前が好きだったのに、お前にもっと好きになってほしくて、嫉妬してほしくて、ソフィアに手を出して……そうしたら……いや、もうこれは言い訳だな……。俺はお前、いや、貴方を、アナスタシアを幼い時より愛していた。それに気づくまでに、こんなに時間をかけてしまった……」

「……本当に、おばかさん」
 私は彼の頬を撫でる。

 けれどもう語らう時間は終わり。
 彼の想いは十分に受け取った。

「……エドアルト、もう一度聞くわ。貴方は、王族というプライドを残したまま死ぬ? それとも、全てを剥奪され、ただの名のない人になってでも生きることを選ぶ?」

「俺は――私は――生きる!」

 エドアルトは大きな声で、ハッキリと宣言した。

「私は今まで見てこなかった国民を見る。彼らの苦労を知る。そして、私は生きて、生きて、地獄のような罪悪感に苛まれながら、この国のために、民のために償っていく!」

 彼の瞳は本気だった。

 あぁ、エドアルト。
 最後の最後に気づいてくれた。

 一瞬でも好きだったエドアルト。
 貴方が元の貴方に戻ってくれたことが、私はとても嬉しい。

 人は変わることができる。エドアルトはこれから変わっていくだろう。
 でも、その一方で変われない人、変わらない人もいる。――ソフィアのように。

「では。カンパネラ王。エドアルトからは身分を剥奪し、国外追放を。……ソフィア元王妃には残念ですが、斬首の用意のため、王族を罰するための塔へ暫く幽閉させていただきます」
 カンパネラは頷いた。

 この国の革命は始まったばかり。
 さぁ、ここからは国民を納得させなければいけない。

 まだまだやることは山積みだ。
 でも、私は国に関われることが嬉しい。
 
 今まで助けられなかった人を、助けることができるから。

 私がカンパネラと国を治す。そして、治すだけじゃなく、良くする。
 そのためにはどんな努力も惜しまない。

 600年分の妃教育の結果を披露してあげましょう。
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