幸薄な姫ですが、爽やか系クズな拷問騎士が離してくれません

六花さくら

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13 愛を知らない騎士

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 この世界は最初から壊れている。



 第一子の兄は次期宰相としての未来を約束されている。

 とても輝かしい道だ。

 けれど第二子で生まれた俺に与えられた役目は、兄を完璧な宰相仕立て上げることだった。



 両親も、兄も、世界も、何もかもが嫌いだった。

 俺の手はどんどん汚れていくのに、周りはキラキラと輝いている。

 俺を代償にして。



 生まれながら剣の腕には恵まれていた。

 相手の弱いところを見抜き、そこを突く。どうやら俺はそういう『弱み』を察知する力が、他の者よりも秀でていたらしい。



 剣の腕を磨こうと、毎日剣を奮った。

 『まもるもの』は何もないけれど、いつか大事なものを手に入れた時のために。



 エリザベスという少女に初めて出会ったのは12歳の頃だった。

 その時にはもう女を騙す手段を知っていた。



「私はエリザベス。あなたの……許嫁です」



 俺よりも4つ年下の彼女は、たどたどしいカーテシーを披露してくれた。

 艶やかな黒い髪に、真紅の瞳。

 きっと彼女は艶やかで美しい女性になるだろう、そんな片鱗が見えた。



 彼女と初めてデートをしたのは、植物園の中だった。



「わぁ、すごく綺麗な薔薇……」



 エリザベスは真っ白な薔薇を見て、そういった。



「貴方には赤い薔薇のほうが似合うよ」

 俺はそう言って、赤い薔薇を一輪捧げた。

 彼女の瞳と同じ色の薔薇だから気にいるだろうと思っていた。

 でも違った。



「赤い薔薇も素敵ですけど、私はこっちの薔薇のほうが好きです。こんな白い薔薇なんて、きっと手がかけられて育てられたんでしょうね。日光に当たれば色褪せてしまうもの……」



 そう言って、彼女は白い薔薇を愛でていた。



 確かにそうかもしれない。

 温室の中で庭師に育てられているから、この花は真っ白を維持できている。きっと外に出れば、すぐに染みや色褪せが出てしまうだろう。



 丁寧に、温室の中で育てられた薔薇の花は、汚れきった俺には似合わない。



――だけど。



 無垢なエリザベスには、赤い薔薇よりも白い薔薇のほうが似合う。









 婚約者として文通を何度も交わした。

 彼女の文字も文章も、とても綺麗なものだった。

 エリザベスは物事を繊細に捉えるのだろう。



『春になりましたね。桜がとても綺麗です。いつか夜桜の下で貴方とお話をしたいです。気温の変動が激しいので、風邪をひかないように気をつけてください』



『夏になりましたね。暑くなってきたので、どうか体調を崩されないようにお気をつけて』



『秋になりましたね。リチャードの国には紅葉というものはありますか? 山が赤く染まってとても美しいのです。また今度会えたときに一緒に見ましょう』



『冬はあまり好きじゃありません。寒いのは苦手です。でも雪は好きです。なんだか矛盾していますね。雪の中で遊んでいたら、風邪をひいてしまいました。リチャードもどうか気をつけて』



 手紙にはいつも俺の身を案じる言葉が添えられていた。

 彼女の優しさに俺は救われていた。



 会えるときは彼女の国に歩んだ。

 会えない時は手紙を交わしあった。



 エリザベスは打算とは遠い人物だった。

 いつも無邪気で、無防備で、清楚で、美しい。



 エリザベスと婚姻する時、俺はようやっと任務から外れることができる。

 そのご褒美のために、何でもやった。

 父と兄に逆らったら婚約を解消されてしまう。それだけは避けたかった。



 そんなやりとりを行っていたある日、兄からエリザベスとの婚約についての詳細を聞かされた。エリザベスに近づくのも任務の一つであるということを。

 俺の本当の任務は、彼女の国にいる『聖女』を見つけ出すこと。



「『聖女』を見つけたら、エリザベス姫との婚約を解消して『聖女』を娶れ」

 兄から告げられたのは、そんな無慈悲な言葉だった。



「婚約破棄なんて……エリザベス姫はどうなるのですか? 相手は一国の姫ですよ」



「別に婚姻を破棄しても、いくらでも彼女には相手がいるだろう。重要なのは姫よりも聖女だ」



「……嫌です。私は最後にエリザベスを与えてもらえるから、どんな汚れ役だって受け入れたんです。俺……私は――聖女なんてほしくない」



「お前の感情なんていらない。なら、飾りで良い。幸いこの国は一夫多妻を認められている。姫を正式な妃として迎え入れ、聖女を二人目の妃として迎え入れればいいだろう」



「……それはエリザベスに対して、あまりに不誠実なのでは?」



 この歪んだ世界で、俺を一人の人間として扱ってくれたのはエリザベスだけだった。



「なるほど。エリザベス姫か。お前をそこまで虜にするとは……そうだ。それなら俺が彼女を娶ろう。お前は聖女を娶れば良い。それで解決だ」



 兄の言葉に俺は激怒した。

 初めて兄の胸ぐらを掴んだ。



「エリザベスは俺のものだ。誰にも渡さない」



 俺は生まれて初めて兄の言葉に逆らった。

 俺の国では一夫多妻が認められている。兄が第二夫人や第三夫人を娶っても何の問題もない。



 だけど約束が違う。

 エリザベスの髪も目も笑みもーー全て俺のものだ。

 最後に彼女をくれると言ったから従っていたんだ。好きでもない女を口説いて情報を聞き出したり、拷問で痛めつけることも何度も行った。



 その件に関しては最初から躊躇いの気持ちはなかった。

 ただ俺の手が血で染まるたびに、彼女の『好きな白色』から遠下がる、そんな自分に吐き気がしていた。



 兄は驚いた目で俺を見ていた。



「……なんだ。お前にも感情があったのか」



 今まで従順に生きてきたから、兄は気づいてくれなかった。ようやっと伝わった。

 俺は傀儡ではないことに。
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