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安眠枕〈碧杖印〉六十三番
5.
しおりを挟む「この人が第三騎士団の団長……」
間違いなく不眠の呪いにかかっている。それも「地下迷宮のお気に入り」と呼ばれる、歴代の第三騎士団団長が苛まれる重度の呪いがかかっているはずだ。そのわりにエステルの膝ですやすや眠っているのが不思議であるが。
ずっしりとした頭をそっと撫でた。
短く整えられた銀髪はごわついていそうなのに意外にやわらかい。指の間を銀色の髪がさらさらと通る。さわり心地にうっとりしていると
「そばにいてくれ、ステラ……」
もごもごとしたつぶやきとともに客が身動ぎしはじめた。慌てて手を離す。
「…………」
エステルの膝に二度三度、幸せそうに頬ずりしたヴェーメル団長が目を覚ました。腰にまわった手がびきき、と固まり、突っ伏したままだった顔がゆっくりと上がる。
目が合った。
――青い。
落ち窪みどす黒い隈に縁取られた眼窩に思いがけず澄んだ青い目があった。現況をいぶかしみ混乱している。ヴェーメル団長は膝から頭を浮かせたままはくはくと口もとをわななかせた。ぼばば、と頬を赤らめたかと思えばずざざ、と青ざめる。
「す、すまない。――どのくらい眠っただろうか」
「五分ほどですけども……」
いい声だ。低くて丸く、艶があっておなかの奥にびりびりくる。うっかり聞き惚れてしまいそうになりエステルはきゅ、と唇を引き結んだ。
それにしてもどうしたものか。
狼藉を理由に工房から叩き出し、出入り禁止にすることも考えた。しかし、相手は第三聖騎士団団長である。クショフレール大公国において聖騎士団の、しかも第三聖騎士団の団長は特別な人物だ。大公国だけにとどまらない。モンス神聖帝国や諸侯国、マウエン教世界における魔境防衛の要たる第三聖騎士団の重要人物なんである。
そんな重要人物の不眠の悩みを放ってしまってよいものだろうか。
駄目だ。
三等文官というしがない職位ではあるが、奉職する聖騎士団の一団員として看過できない。そして眠りの魔女と呼ばれた祖母が数多の依頼をさしおいて最後につくった一点ものの安眠枕の所有者をないがしろにできない。
放っておけない理由は他にもあった。先ほどからエステルはむずむずに苛まれている。「堅物だ」だの「氷が服を着て歩いている」だのと職場で評され、その評価にふさわしく銀縁眼鏡をかけて物堅い。しかし、エステルには悪癖がある。
「……」
体の奥で何かがむく、と目覚めそうになった。暴れ出しそう――どちらかというとるんたるんた踊り出しそう――になるのを抑え込む。
――まずい。むずっと来る。
「……っ、え、っと」
抑えても口からぽろりとこぼれそうになったとき、後ろの席で控えていたサーラおばさんが腰を上げた。
「お客さん、お茶いかがかしら」
「茶?」
「ええ、ええ。お茶もね、枕のつくりかたを診断するのに役立つのよ。普段はどんなお茶を?」
「騎士団の管理部でまとめて発注している。確か、ケッセルスだったか。黒い袋だ」
「香りよりも色の濃さと渋み重視ね」
「あまり高いものを買うわけにもいかんからな」
「ケッセルスの黒も悪くないわ。ついお砂糖をたくさん入れたくなるのが玉に瑕」
うちのお茶はお口に合うかしらね、とにこにこしながらサーラおばさんが会話を引き受ける。それだけでない。エステルの前に跪き縋りついたままだったヴェーメル団長を立たせうまいことテーブルを挟んで向かいに導き、ソファに座らせた。ばつの悪い思いをさせないところなど、巧い。エステルはノートの陰に隠れこっそり溜め息をついた。
――た、助かった……。
むず、と体の奥底で起き上がりかけた何かはエステルの心にイメージを残しまた眠りに就いた。あまり不眠の呪いをどうこうするのに役に立たなそうなイメージだった。が、そう判断するのは早計だ。ひとまず、やりとりからうかがえる診断内容とともにノートに書き留める。
向かいのソファにヴェーメル団長、エステルの隣にサーラおばさんが腰掛け、香り高いお茶と木の実を混ぜ込んだ焼き菓子を盛った鉢の用意も整い、改めて仕切り直しとなった。
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