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安眠枕〈碧杖印〉六十三番
9.
しおりを挟むあのあとヴェーメル団長が「結婚してほしい」などと言い出したわけで、サーラおばさんのフォローでくだらない冗談を口にしなくてすんでほんとうによかった。冗談じゃすまなくなるところだった。不眠で前後不覚に陥っている人の譫言を真に受けてはならない。
「今考えても仕方ない。材料、材料、……っと」
価格が高騰しているピネッキ魔境産のまじない素材は今、ほとんど市場に出回っていない。工房で材料を分けてもらえると調達に時間がかからなくて助かる。手もとの蓄えでなんとか買い取れるといいのだけど。
気を取り直し〈碧杖印〉六十三番の製作ノートを読み進めながら材料と分量を確かめる。
「んっ?」
エステルは眉を顰めた。解読ミスだろうか。もう一度ゼボデムイルの砂漠嫁探し旅のくだりから確かめる。――間違いではない。
「この枕、材料多くない?」
材料の種類もさることながら、量も多い。つまり、枕が大きいということだ。
枕は四角。そう決まったものではない。三角形や丸、木馬型などオーダーメイド枕の形状は顧客によりさまざまだ。それでも大きさとなるとどうだろう。たいていは頭を載せるだけなのだ。顧客にかかる不眠の呪いのタイプによって体積に違いがあるにはあるが、ここまで大きいとなると
「もしかして、抱き枕」
この可能性が高い。しかも材料の中にレースも含まれている。抱き枕にネグリジェでも着せていたのか。
厭な予感がする。
エステルは腰を据え製作ノートを解読しはじめた。ゼボデムイルの砂漠嫁探し旅だけでなくニムーブ涸沼とパロヘイモ渓谷の飲み比べだとか、シーララ野猪のおしゃれ将軍だとか、しょうもない冗談が延々と続く。暗号文でなければ
――やってられるか!
投げ出してしまうところだ。噴き出したり笑ったりする余裕など消し飛んでしまっている。そして最後まで大急ぎで読み終えて
「おばあちゃん……」
エステルは頭を抱えた。厭な予感というのは当たってしまうものである。故人を偲びつつ製作ノートをシリアルナンバー順に――昇順で――解読に着手していたがやるなら降順にすべきだった。
悪ふざけが過ぎる。
眠りの魔女最後の作品は孫娘エステルの姿を写した抱き枕だった。製作ノートどおりであれば、ご丁寧に二年前の聖騎士団入団時の隊服採寸データを使ってみょうに精巧につくられていることになる。
問題はそこではない。
祖母ミルヤとしては軽い気持ち、おそらく魔人風ジョークのつもりで孫娘の採寸データを使ったのだろうけど、しゃれにならない。知らなかったとはいえ、夜な夜な男と同衾していたことになる――のだろうか。同衾していたのはエステルでなく似姿であるわけだが。
「しかも抱き枕の名前がステラって……」
製作ノートを読み進めてエステルはどん引きした。
普通、枕に名前なんぞつけるものだろうか。いや、まずつけない。名前をつけて枕を愛でようとするヴェーメル団長の変態ぶりだけでない。「じゃあステラなんてどうかしら」などと似姿だけでなく孫娘の愛称までほいほい教えてしまう祖母も祖母だ。悪ふざけにもほどがある。いつか孫娘にバレると思わなかったのだろうか。
「思わなかったんだろうなあ」
実際、エステルは〈碧杖印〉シリーズの製作ノートを一番から順に読み始めた。最後の作品が古びて修理が必要になるまで時間がかかるからだ。まさか魔人が枕泥棒をやらかすとは思いもよらない。
ヴェーメル団長の抱き枕が魔人の手もとにあるのも、大問題だ。取り返す必要がある。しかしどうやって? その前に第三聖騎士団団長の不眠をどうにかしなければならない。何から始めればよい?
「んーんんー、困った」
エステルは自分用の安眠枕にぐりぐりと顔を押しつけた。
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