10 / 87
安眠枕〈碧杖印〉六十三番
10.
辞令が下りたのは翌日だった。
――一等文官エステル・ランキラを第三聖騎士団団長付秘書官に任ずる。
忌引き明けにいきなりの衝撃だ。首都から僻地ピネッキ砦に異動することになっているだけでない。しれっと三等文官から二階級特進している。普通内示なりなんなりあるはずのところいきなりの僻地飛ばし、その埋め合わせの昇格なんだろうか。
どういうことだ。
エステルが上司に問い合わせようとしたらその上司のもとへ行くようにいわれた。
「どうなってるんでしょうか」
「わたしも分からないんだよ」
「あの、今日の仕事が……」
「こちらとしてはランキラさんにやってもらいたいのはやまやまなんだけど、辞令がね。他の部署から新人さんを何人かまわしてもらえることになってるし、ここは何とかするから、課長のところに行ってくれる?」
直属の上長から課長に、上へ上へと盥回しされる。さらにあろうことか上も上、聖騎士団長に会いに行くよういわれた。
クショフレール大公国聖騎士団の団長は、マウエン教会の本部教団長が兼任する。つまりマウエン教国から派遣される大神官ドミニクスである。三等文官が一等文官に二階級特進したところでお目もじがかなう人物ではない。そして大神官は聖騎士団管理本部にいるわけではないので教会、つまりクショフレール大公国本部教団へ赴かなければならない。ほうぼうに盥回しされあっちゃこっちゃ歩き回り、エステルはトップのトップに会うべくクショフレール大公宮殿近くの教団本部に向かった。朝いちばんで出勤してもう昼近い。急な辞令で襟章などが間に合わず見た目は三等文官のままだ。「おいおい下っ端文官ふぜいが何の用だよ」とあっちの守衛に止められこっちの守衛に止められ、さんざんに時間を食って
――私が大神官様に会いたいんじゃないんだよ、会いに来いっていわれてるんだよ!
いいかげんキレかけたところでやっと、エステルは大神官の部屋に通された。
――どうせ、何しに来たとか、いうんでしょ?
半ば自棄を起こしずかずか進み出ると大神官ドミニクスが
「――お願いだ、眠りの魔女エステル・ランキラ殿!」
礼服の裾を華麗に捌きしゅぱーーーん、と跪き頭を垂れた。
「この者に、眠りを!」
「は、――この、もの?」
大神官の指し示す先でヴェーメル団長がぐったりと椅子に身を預けていた。黒々とした目の下の隈に改善の兆しはまるで見えない。前日よりさらに朦朧として具合が悪そうだ。
「眠りの魔女と呼ばれていたのは祖母のミルヤ・キヴァリで、私ではありません」
「もちろん知っている。わたしの枕は〈碧杖印〉の三十四番だ」
中年の大神官はどうやら祖母の顧客だったらしい。外国出身でこの地にやってきていきなりあの不眠には面食らっただろう。そして祖母に枕をつくってもらって効果を一度体感してしまえばそりゃあ神に仕える身でも軽々しく魔女なんて口にしてしまうに違いない。それだけミルヤの腕はよかったのである。
ちなみに呪具師の、特にクショフレール大公国固有の安眠枕製作技術は、もとをたどれば魔法――魔人由来なのでマウエン教会は正式にその効能を認めていない。
あなたにおすすめの小説
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
あっ、追放されちゃった…。
satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。
母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。
ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。
そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。
精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。
初夜を拒む皇女は敵国の皇太子に溺愛される
日下奈緒
恋愛
敵国との戦に敗れた皇女リゼリアは、すべてを失い、命すら奪われるはずだった。
だが彼女の前に現れたのは、敵国の皇太子アルヴィオン。
「その方に手を出すな」――彼はそう命じ、リゼリアを花嫁として連れ帰る。
両国の友好のための政略結婚。けれどリゼリアは、祖国を滅ぼした男に心も体も許すことができず、初夜を拒み続ける。
それでもアルヴィオンは怒ることなく、花園へ連れ出し、町の視察に同行させ、常に隣で守り続けた。
「君は俺の妻だが、何か?」と堂々と庇う姿に、閉ざしていた心は少しずつ揺らぎ始める。
そんな中、祖国再興を目指す家臣が現れ、彼女に逃亡を促す。
民のため、皇女としての責務を選び、城を抜け出すリゼリア。
だが追ってきたアルヴィオンに捕らえられた彼女に向けられたのは、怒りではなく、切実な想いだった。
「放さない。君を愛しているんだ。一目惚れなんだ」――その言葉に、リゼリアの心はついにほどける。
敵として出会い、夫婦となった二人が選ぶのは、過去ではなく、共に築く未来。
これは、初夜を拒んだ皇女が、溺れるほどの愛に包まれていく物語。
イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在
唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話
中山加恋(20歳)
二十歳でトオルの妻になる
何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛
中山トオル(32歳)
17歳の加恋に一目ぼれ
加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する
加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる
会社では群を抜くほどの超エリートが、
愛してやまない加恋ちゃんに
振り回されたり落ち込まされたり…
そんなイケメンエリートの
ちょっと切なくて笑えるお話
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる
今泉香耶
恋愛
王女エレインは隣国との戦争の最前線にいた。彼女は千人に1人が得られる「天恵」である「ガーディアン」の能力を持っていたが、戦況は劣勢。ところが、突然の休戦条約の条件により、敵国の国王の側室に望まれる。
敵国で彼女を出迎えたのは、マリエン王国王弟のアルフォンス。彼は前線で何度か彼女と戦った勇士。アルフォンスの紳士的な対応にほっとするエレインだったが、彼の兄である国王はそうではなかった。
エレインは王城に到着するとほどなく敵国の臣下たちの前で、国王に「ドレスを脱げ」と下卑たことを強要される。そんなエレインを庇おうとするアルフォンス。互いに気になっていた2人だが、王族をめぐるごたごたの末、結婚をすることになってしまい……。
敵国にたった一人で嫁ぎ、奇異の目で見られるエレインと、そんな彼女を男らしく守ろうとするアルフォンスの恋物語。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました