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安眠枕〈碧杖印〉六十三番
11.
「キヴァリ殿は常々、孫娘の腕は確かだといっておられた」
「今後も精進いたします」
「もうね、貴殿にしか頼めないわけ。この人――」
口調の変わった大神官はぷりぷりと礼服に包まれた尻をくねらせた。椅子でぐったりしているヴェーメル団長をつらそうに見やる。
「一週間近くろくに寝てないの。体力があるから何とかなってるけどこれ以上は厳しいの。仕事にならないだけじゃない。このままだと命に関わる」
「ステラ、結婚してくれ……」
ヴェーメル団長が呻く。
この期に及んでいうことが枕でなく結婚か。エステルは呆れ顔を力いっぱい抑えた。
「祖母は〈碧杖印〉六十三番の製作ノートを遺しています。ですから同じ枕を作れることは作れるのですが、材料の調達が現在難しくて……」
「急を要するのよ。どのくらいかかるの?」
「少なくとも十日は必要かと」
「そんなに待てない。この人、死んじゃうじゃない……っ」
「お薬を使ってはどうでしょう」
全国民が苛まれる不眠症だが、枕がどうしても合わず眠れない日が続き、且つ安眠枕を新調するのに日数を要する、そんな緊急事態への備えももちろんある。睡眠導入剤だ。処方の難しい薬なのでよほどの事態でなければ使ってはならないことになっている。
「もちろん睡眠導入剤を飲ませたわよ。でも駄目だったの」
大神官は溜め息をついた。
ヴェーメル団長に処方された睡眠導入剤は体の大きさに見合って多めだ。普通の人間どころか、「地下迷宮のお気に入り」と称される甚だしくもしつこい症状で知られる不眠症に苛まれた歴代の第三聖騎士団団長を昏倒せしめた量を服用させても無駄だったという。
「眠りの魔女殿の膝に頭を載せただけで五分も呪いを払えたんだって? 貴殿が団長の枕になればこの問題は解決!」
「無茶をおっしゃらないでください。私、結婚だってこれからですよ? 教会は婚前のあれやこれやを禁止していますよね?」
「堅いことはいいっこなし!」
きらきらしい礼服に身を包んだ痩身の大神官がむきゃー、と地団駄を踏んだ。
「もうなんだったらヴェーメルと結婚してくれていい。本人だってその気なんだし。即許可する。おめでとう!」
「このかたがかわいそうなので、不眠時の譫言を真に受けるのはやめてあげてください」
「じゃあ結婚は追々ってことで」
「いや、ですから」
「エステル・ランキラ一等文官」
くねくねぷりぷりしていた中年男――大神官ドミニクスがびし、と背筋を伸ばし威儀を正した。
「ピネッキ砦への異動を命ずる。第三聖騎士団団長付秘書官、かかりつけ呪具師として早急にヴェーメルの不眠を解消、職務に精励するように」
「まさか職務にヴェーメル団長との同衾が含まれたりしませんよね」
「人はね、眠れないと死ぬのよ?」
ぴぎゃ、と威儀が崩れた。
「ヴェーメルが死んでもいいの?」
「そうはいっていません」
「死なれちゃ困るのよ」
ぐぎぎ、と大神官が歯軋りする。
「ヴェーメルは人品骨柄だけじゃない。聖騎士としてもすばらしいの。戦闘力はいわずもがな、ひときわきつい呪いをその身で引き受けてもなお職務を遂行する気力と体力も兼ね備えている。魔界との折衝力もある。教会としては今、ヴェーメルを失うわけにいかない。それに、――次の第三聖騎士団団長候補がまだ育っていないの」
「そのために一文官の貞操などどうでもよい、と」
「否定はしない。ヴェーメルひとりの問題じゃないのよ。今ごろ、ピネッキ砦は呪いが暴走してたいへんなことになってるはず。眠りの魔女殿、貴殿だけではない。祖母君が遺された工房に手を回す用意もある」
「工房に、何を……」
大神官ドミニクスは目を逸らした。
エステルは祖母ミルヤの工房を継ぐことができなかった。しかし、だからといって無関係ではない。継承者のサーラおばさんはエステルが十分に経験を積み経営が可能になり次第工房を引き継ぐつもりでいる。たとえその日が来なくても、身寄りのないエステルにとって工房は実家のようなものだ。その工房に手を回すとまでいわれてはどうしようもない。
「私に抱き枕になれとおっしゃるんですね」
「こちらとしては手段を選んでいられないわけ。ピネッキ砦でも呪具師はできるでしょ? お願いだからこの人、なんとかしてあげて! よき眠りに恵まれますように!」
たいそうな剣幕で押し切られ、エステルはあれよあれよという間にヴェーメル団長とともに馬車に押し込まれた。
「今後も精進いたします」
「もうね、貴殿にしか頼めないわけ。この人――」
口調の変わった大神官はぷりぷりと礼服に包まれた尻をくねらせた。椅子でぐったりしているヴェーメル団長をつらそうに見やる。
「一週間近くろくに寝てないの。体力があるから何とかなってるけどこれ以上は厳しいの。仕事にならないだけじゃない。このままだと命に関わる」
「ステラ、結婚してくれ……」
ヴェーメル団長が呻く。
この期に及んでいうことが枕でなく結婚か。エステルは呆れ顔を力いっぱい抑えた。
「祖母は〈碧杖印〉六十三番の製作ノートを遺しています。ですから同じ枕を作れることは作れるのですが、材料の調達が現在難しくて……」
「急を要するのよ。どのくらいかかるの?」
「少なくとも十日は必要かと」
「そんなに待てない。この人、死んじゃうじゃない……っ」
「お薬を使ってはどうでしょう」
全国民が苛まれる不眠症だが、枕がどうしても合わず眠れない日が続き、且つ安眠枕を新調するのに日数を要する、そんな緊急事態への備えももちろんある。睡眠導入剤だ。処方の難しい薬なのでよほどの事態でなければ使ってはならないことになっている。
「もちろん睡眠導入剤を飲ませたわよ。でも駄目だったの」
大神官は溜め息をついた。
ヴェーメル団長に処方された睡眠導入剤は体の大きさに見合って多めだ。普通の人間どころか、「地下迷宮のお気に入り」と称される甚だしくもしつこい症状で知られる不眠症に苛まれた歴代の第三聖騎士団団長を昏倒せしめた量を服用させても無駄だったという。
「眠りの魔女殿の膝に頭を載せただけで五分も呪いを払えたんだって? 貴殿が団長の枕になればこの問題は解決!」
「無茶をおっしゃらないでください。私、結婚だってこれからですよ? 教会は婚前のあれやこれやを禁止していますよね?」
「堅いことはいいっこなし!」
きらきらしい礼服に身を包んだ痩身の大神官がむきゃー、と地団駄を踏んだ。
「もうなんだったらヴェーメルと結婚してくれていい。本人だってその気なんだし。即許可する。おめでとう!」
「このかたがかわいそうなので、不眠時の譫言を真に受けるのはやめてあげてください」
「じゃあ結婚は追々ってことで」
「いや、ですから」
「エステル・ランキラ一等文官」
くねくねぷりぷりしていた中年男――大神官ドミニクスがびし、と背筋を伸ばし威儀を正した。
「ピネッキ砦への異動を命ずる。第三聖騎士団団長付秘書官、かかりつけ呪具師として早急にヴェーメルの不眠を解消、職務に精励するように」
「まさか職務にヴェーメル団長との同衾が含まれたりしませんよね」
「人はね、眠れないと死ぬのよ?」
ぴぎゃ、と威儀が崩れた。
「ヴェーメルが死んでもいいの?」
「そうはいっていません」
「死なれちゃ困るのよ」
ぐぎぎ、と大神官が歯軋りする。
「ヴェーメルは人品骨柄だけじゃない。聖騎士としてもすばらしいの。戦闘力はいわずもがな、ひときわきつい呪いをその身で引き受けてもなお職務を遂行する気力と体力も兼ね備えている。魔界との折衝力もある。教会としては今、ヴェーメルを失うわけにいかない。それに、――次の第三聖騎士団団長候補がまだ育っていないの」
「そのために一文官の貞操などどうでもよい、と」
「否定はしない。ヴェーメルひとりの問題じゃないのよ。今ごろ、ピネッキ砦は呪いが暴走してたいへんなことになってるはず。眠りの魔女殿、貴殿だけではない。祖母君が遺された工房に手を回す用意もある」
「工房に、何を……」
大神官ドミニクスは目を逸らした。
エステルは祖母ミルヤの工房を継ぐことができなかった。しかし、だからといって無関係ではない。継承者のサーラおばさんはエステルが十分に経験を積み経営が可能になり次第工房を引き継ぐつもりでいる。たとえその日が来なくても、身寄りのないエステルにとって工房は実家のようなものだ。その工房に手を回すとまでいわれてはどうしようもない。
「私に抱き枕になれとおっしゃるんですね」
「こちらとしては手段を選んでいられないわけ。ピネッキ砦でも呪具師はできるでしょ? お願いだからこの人、なんとかしてあげて! よき眠りに恵まれますように!」
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