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ヴェーメル団長の抱き枕に関する謎習慣
3.
茶を淹れ、パンとチーズを炙る。ごく簡素な夕飯だが、パンは焼き目が香ばしく、チーズがとろりと黄金色に溶けておいしい。あたたかいものをおなかに入れて人心地ついた。
よれれ、と腰を上げ立ち上がりついでに団長は振り返った。
「後片付けはやっておく。きみはテントで休んでくれ」
「ヴェーメル団長は?」
「俺はこっちで火の番だ」
「団長こそちゃんと休んでください。明日もろくに進めなくなってしまいますよ」
「しかし……」
「今さら、遠慮されても困ります。いっしょに休みましょう。眠れるかもしれませんよ?」
「う……」
団長は中腰のままぼばば、と頬を染める。眠りたいが好きでもない女を抱いて寝るのははばかられる、でも眠りたい――そんな迷いがまるっと顔に出ている。
「私が未婚だからお困りなんでしょうけど、既婚だったらもっと問題ありますからね」
「確かに。だから俺とけっこ――」
「そういうの、いいんです。腰掛けの三等文官だからってみんながみんな結婚話に飛びつくわけじゃありませんよ。団長と私とでは身分も違いますし何より、愛がなければ――」
「うん……」
ヴェーメル団長はぼんやりうなずいた。
――駄目だ。眠すぎて分かってない。
聖騎士団を辞め首都へ戻り、故祖母の工房で雇ってもらうにしてもまず団長の不眠をどうにかしなければならない。抱き枕を新しくつくるか、魔人からもとの枕を取り戻すか、何らか行動を起こすにはとにもかくにも無事にピネッキ砦にたどりつかなければならない。そのためにひとまずここで不眠を解消する必要がある。
――もう、仕方ないんじゃないかな。
祖母ミルヤのつくった安眠枕そっくりのエステルで不眠が解消されるならば、抱き枕代わりにしてもらうほかない。
「では、頼む」
「はい」
工房の応接室のときと同じように膝を貸すつもりで敷物の上に座る。旅慣れないエステルに気を遣ったのか、毛皮の敷物だけでなくクッションやエステルの安眠枕も用意されていた。まめだ。
「どうぞ」
「俺は膝枕派ではない」
どんな派閥だ。
「きみ、ひと晩中その姿勢のままでいるつもりか」
「ええ」
「俺が眠れてもきみが眠れないのでは意味がないだろう」
「そうでしょうか」
ヴェーメル団長はむっすり表情を曇らせた。どす黒い隈をこしらえた目でそんな顔をされるとだいぶ迫力がある。
「俺のやりかたでかまわないか」
「団長のやりかたというと、具体的にどんな――?」
「横になって、ぎゅっと両腕で抱く。そして眠くなるまでその日の出来事を話す」
「枕に」
「そうだ」
ヴェーメル団長は大真面目だった。普通、枕に話しかけるものなのだろうか。エステルには経験がない。話しかけようと思ったこともない。団長がいうところの利用法に性的なにおいは感じないが別種の不安が出てきた。
「他には」
「他って、……枕だぞ?」
エステルは呆れた。どの口がいうか。
「ではその、そろそろよいか」
けふんけふん。
ヴェーメル団長は小さく咳払いすると敷物の上に横になり、腕を広げた。
「おいで」
大神官に命令されたから。祖母が遺した工房を潰すと脅されたから。一週間も寝ていないヴェーメル団長がかわいそうだったから。一刻も早く目の前の男に眠りをもたらさなければ国防の危機を招きかねないから。
外側にある理由をいくらでも数え上げることができた。それなのにエステルは自ら抱き枕になってしまった。ヴェーメル団長の腕の中はあたたかく、思いのほか居心地がよい。眼鏡が外される。ちゃらんぽらんな印象を与えかねない下睫毛の目立つ垂れ目を隠そうと、エステルは目の前の逞しい首に頬を寄せた。ぎゅ、と抱き返される。
「大きくなったな……」
溜め息とともに囁かれた。
どういうことだ。エステルの背が高いという意味だろうか。どちらかというと女性にしては長身かもしれないが、そもそも祖母ミルヤのつくった枕のステラと生身のエステルとで大きさは変わらない。親戚の子どもとエステルを混同しているのかもしれない。
いよいよ譫妄がひどくなってきたのではないか。不眠が続いているせいだ。
鏡に映った術式を見るに、ヴェーメル団長は呪い耐性が人並み外れて高い。それだけにいったん呪いが耐性を超えて作用すれば、簡単には不眠が治らない。
一日も早く、枕を取り返さなければ。それができないならば、新しく枕をつくる必要がある。
「今日は……今日も、疲れた……」
低く丸い声をかすかに掠れさせ、耳もとで囁くなり、ヴェーメル団長は
すう。
寝入ってしまった。眉間から要らぬ力が脱けると謹厳だった印象が和らぐ。
「今日の出来事ってひとこと……子どもの日記帳みたい」
ほどいた髪だけでなくせめて頭の一部でも自分の安眠枕に載せようと身動ぎすると
「んん」
ヴェーメル団長の腕がぎゅ、とエステルを抱き締めた。
「どこにも行かないでくれ、ステラ……」
「私のこと、抱き枕のステラさんだと思ってるよね」
業腹だ。目の前の頬をつまんでやろうかと考えたが、やめた。
すうすうとやすらかな寝息を立てるヴェーメル団長を眺めているうちに
「よき眠りに恵まれますよう」
エステルにも眠りが訪れた。
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