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ヴェーメル団長の抱き枕に関する謎習慣
6.
地方都市ラホンダはテルセム高地の辺縁にある。西にラホンダ塩湖があって塩の精製が盛んだ。
街道は閑散としていたが、さすがに街に入ると賑わっている。ゆっくりと馬車を走らせるヴェーメル団長は道行く人々にぎょっとした顔で二度見されていた。第三聖騎士団の青い外套だけでなく、ひと晩眠ってだいぶ和らいだとはいえ目の下の隈がまだまだ目立つらしい。
ほどなくして着いた第二聖騎士団ラホンダ支部でヴェーメル団長は下にも置かぬ扱いを受けた。
――忘れてた。この人、重要人物だった。
ヴェーメル団長は第二聖騎士団のラホンダ支部長の出迎えを受けがっしと握手を交わした。ついでにエステルも力強く握手される。
「枕を奪われるとは……災難でしたな」
騎士というより厳つい神職といった面持ちの、人のよさそうなラホンダ支部長が気遣わしげに眉を顰める。
「そうなんです。でもこちら、――亡くなったミルヤ・キヴァリ殿のご令孫で〈碧杖印〉を継承された呪具師殿が支えてくれることになりまして」
「秘書官です。ランキラと申します」
エステルはヴェーメル団長の隣でお辞儀をした。またぞろ結婚がどうのこうのと言い出したら困る。そう考えて牽制するつもりだったのだが団長の眠気は思いのほか晴れていたらしい。まともだ。
「ヴェーメル団長のお体は我がクショフレール大公国のみならずマウエン教世界防衛のためにも大切です。眠りの魔女の継承者殿が支援してくださるならひと安心ですな。――今夜はこちらにご宿泊ください。部屋をご用意しましょう」
「助かります」
支部長に代わり少年従騎士が案内してくれた。
回廊でつながった別棟は、近隣の第二聖騎士団団員が研修や出張の折に利用する宿舎だという。部屋に荷物を置いたあと、ヴェーメル団長がラホンダ支部長と会食、エステルが職員の食堂で夕食をご馳走になっている間に寝室の支度が整っていた。
「よき眠りに恵まれますよう」
従騎士の少年たちが会釈して去ると宿泊棟がしん、と静かになった。どうやらエステルたちのほかには誰もいないらしい。当たり前だが部屋はふたつ用意されていた。
あてがわれた部屋に引き上げてみるとありがたいことに浴槽に湯が張ってある。冷めないうちに急いで湯浴みをすませた。鞄から安眠枕と〈碧杖印〉六十三番の製作ノートを取り出す。エステルはベッドに寝転がってつらつらと眺めた。
「螺旋爽草が品薄なのが困るなあ」
螺旋爽草はピネッキ近辺で採れる。国産なのに品薄で高価だ。サーラおばさんたちは今までどおり工房経由でまじない素材を融通するといってくれたけれど、ただでさえ入手のが難しいのに無理を強いるのは心苦しい。自分で調達しなければならない。幸か不幸か異動で産地は近くなる。
「とにかくピネッキに着いてから、だな」
エステルは〈碧杖印〉六十三番の製作ノートを枕もとに置き、両手で顔を覆って溜め息をついた。
とんとんとん。
ノックの音が聞こえてくる。
「よかった。起きていてくれて」
扉を開けるとパジャマの上に第三聖騎士団の青い外套を羽織るというちぐはぐな格好のヴェーメル団長が立っていた。迎え入れるエステルもネグリジェの上にとっさに騎士団管理本部文官の外套を羽織っていてちぐはぐ度合いは変わらない。
「ではその、今夜もお願いしてよいか」
「はい」
もじもじしていても仕方ないのでうなずく。互いの外套をラックにかけベッドに横になった。
「今日も疲れた……。結婚しよう……」
溜め息をつきヴェーメル団長は
すう。
寝入ってしまった。日記代わりにその日の出来事を枕に語り聞かせる奇癖をもつというわりにろくに語っていない。そしてまた結婚を申し込まれた。互いに何も知らないのに。
もちろんヴェーメル団長と結婚はできない。実際は何もなくても既成事実だけは残るから、エステルは身分の釣り合う男との普通の結婚も望めない。呪具師としての自立も危うい。
とんでもない事態だ。
それなのに、恨んだり憎んだりする気持ちにならない。
――会いたかった。……ステラ!
工房で初めて会ったときのヴェーメル団長がまるで、エステルを求めているようだったから。眠気で錯乱気味の目の、青い虹彩が思いのほか澄んで美しかったから。危難に見舞われた国の重要人物の力になりたいと思ったから。
理由をいくつか、挙げることはできる。
それらのひとつひとつは間違いではないのだけれど、エステルの気持ちそのものを代弁するには少し遠い。まるで薄くて透明な壁に阻まれているようにもどかしい。
「そばにいてくれ、ステラ……」
つぶやいたヴェーメル団長の抱擁が深まる。
「ステラって……抱き枕のほうの、ね」
枕に徹しようと緊張しているのが莫迦らしくなる。不眠の呪いのせいで譫言をいっているだけに過ぎない。エステルを抱いて眠る男は、枕愛が昂じてその枕そっくりの女を嫁にしたいなどと世迷い言をぬかす奇人なのだ。
それならばそれでこちらも暖を取れて便利、くらいの気持ちでいこう。エステルはあたたかい腕の中で目を閉じた。
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