18 / 87
転勤しました
1.
エステルが首都からピネッキ砦の第三聖騎士団へ転勤して三日。
歴代の第三聖騎士団団長と同様「地下迷宮のお気に入り」となった団長が一週間以上近く砦を留守にした影響は広範囲にわたっていた。
まず、団長代理を務めた副長テイメン・クラーセンが寝込んだ。
ヴェーメル団長が留守にしたはじめの三日間は体調を崩したくらいで済んでいたが、四日目以降は食事も喉を通らないありさまで、しまいにははるか東方の法具だとかいう鶺鴒玉のブレスレットを持ち珠を指先でひとつひとつ繰りながら従騎士時代の主であった騎士秘蔵の砂糖壺の中身を喰らっただの、庭師が丹精していた薔薇の花をおもしろ半分に毟っただの、神官の毛生え薬を酢に替えてやっただの、物心ついて以来犯した罪を数え上げていたそうだ。不眠の呪いが悪夢として現れるケースだ。エステルが初めてヴェーメル団長から紹介されたときはげっそり窶れて、女誑しと称される美貌はへにょへにょであった。普段のクラーセン副長は細身の優男でたいそう女性に人気があるし本人も「女の子大好き」といってはばからないらしい。今回の呪いの暴走でチャラ男副長のやんちゃな子ども時代が判明したことになる。
他にも第三聖騎士団の団員多数が安眠枕で克服できない不眠を訴えた。
その質の悪い不眠がヴェーメル団長の帰還でぴたり、とおさまった。
――第三聖騎士団の団長は不眠の呪いの防波堤だものね。
最前線のここで特に強まる呪いをヴェーメル団長が受けとめているらしい。ピネッキ砦中で団長の復帰を喜んでいる。
不眠の解消から三日、聖騎士たち武官は落ち着きつつあるが遅れて影響を受けているのが管理部だった。ちょうど団長不在の間に締日を迎えたため、ぎりぎりまで締切をなかったことにしていた連中の普段に増して怪しい出来の書類が一気に管理部へやってきているのである。
異動早々、エステルはヴェーメル団長の執務室でなく、管理部へ放り込まれた。
死屍累々としかいいようがない。
「くっそ、魔人め。団長の枕を奪いやがるからこんなことに……」
悪態をつきながら算盤の珠を弾く管理部長ショルス・トローストの指が震えて隣の桁にはみ出てしまっている。
「計算が、合ってないぞ……やり直、し……っ」
「部長の計算だって、おかしいです、よ……」
「何回計算しても、違う答えになっちゃう……」
文官たちもよれよれと書類と格闘しているがこれでは仕事を増やすばかりだ。
エステルは皆から書類と算盤を取り上げた。使える状態なら文明の利器たる算盤も不眠でどえらいことになっている今はただのかちゃかちゃ音が鳴るだけの道具に過ぎない。
「首都の管理本部でもこちらの事情は理解しているはずです。期限を延ばしてもらいましょう」
「ランキラさんの隊服も早く発注しないと……」
「そんなのは後回しでけっこうです。まず休んでください。私は書類未提出者に催促してきます」
第三聖騎士団と管理本部でやりかたがまるっきり異なるということはないが、異動してすぐの人間に手を出されては困ることもあろう。催促と確認くらいなら手伝えるはずだ。
あなたにおすすめの小説
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
あっ、追放されちゃった…。
satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。
母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。
ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。
そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。
精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。
初夜を拒む皇女は敵国の皇太子に溺愛される
日下奈緒
恋愛
敵国との戦に敗れた皇女リゼリアは、すべてを失い、命すら奪われるはずだった。
だが彼女の前に現れたのは、敵国の皇太子アルヴィオン。
「その方に手を出すな」――彼はそう命じ、リゼリアを花嫁として連れ帰る。
両国の友好のための政略結婚。けれどリゼリアは、祖国を滅ぼした男に心も体も許すことができず、初夜を拒み続ける。
それでもアルヴィオンは怒ることなく、花園へ連れ出し、町の視察に同行させ、常に隣で守り続けた。
「君は俺の妻だが、何か?」と堂々と庇う姿に、閉ざしていた心は少しずつ揺らぎ始める。
そんな中、祖国再興を目指す家臣が現れ、彼女に逃亡を促す。
民のため、皇女としての責務を選び、城を抜け出すリゼリア。
だが追ってきたアルヴィオンに捕らえられた彼女に向けられたのは、怒りではなく、切実な想いだった。
「放さない。君を愛しているんだ。一目惚れなんだ」――その言葉に、リゼリアの心はついにほどける。
敵として出会い、夫婦となった二人が選ぶのは、過去ではなく、共に築く未来。
これは、初夜を拒んだ皇女が、溺れるほどの愛に包まれていく物語。
イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在
唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話
中山加恋(20歳)
二十歳でトオルの妻になる
何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛
中山トオル(32歳)
17歳の加恋に一目ぼれ
加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する
加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる
会社では群を抜くほどの超エリートが、
愛してやまない加恋ちゃんに
振り回されたり落ち込まされたり…
そんなイケメンエリートの
ちょっと切なくて笑えるお話
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる
今泉香耶
恋愛
王女エレインは隣国との戦争の最前線にいた。彼女は千人に1人が得られる「天恵」である「ガーディアン」の能力を持っていたが、戦況は劣勢。ところが、突然の休戦条約の条件により、敵国の国王の側室に望まれる。
敵国で彼女を出迎えたのは、マリエン王国王弟のアルフォンス。彼は前線で何度か彼女と戦った勇士。アルフォンスの紳士的な対応にほっとするエレインだったが、彼の兄である国王はそうではなかった。
エレインは王城に到着するとほどなく敵国の臣下たちの前で、国王に「ドレスを脱げ」と下卑たことを強要される。そんなエレインを庇おうとするアルフォンス。互いに気になっていた2人だが、王族をめぐるごたごたの末、結婚をすることになってしまい……。
敵国にたった一人で嫁ぎ、奇異の目で見られるエレインと、そんな彼女を男らしく守ろうとするアルフォンスの恋物語。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました