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転勤しました
2.
青の隊服ばかりのピネッキ砦で、管理本部の灰色の隊服は目立つ。しかも階級章は三等文官のままだ。行く先々でエステルは怪訝な顔をされた。
魔境からの脅威に備えるピネッキ砦の聖騎士たちは忙しい。といっても今は平時、業務は大別すれば見回りと訓練、神職としてのお勤めの三つとなる。半月前に魔人の侵入を許してしまって厳密には平時と言い難いが、重要人物とはいえ一個人の枕が盗難されただけの事件を以て有事としてしまっていいのかどうか、第三聖騎士団でも首都の本部でも扱いに苦慮しているらしい。だから上層部はともかく一般の聖騎士たちは普段と変わらず過ごしている。もとが体力のある連中なので団長の帰還で不眠がおさまるやすぐに回復していて
「本部の腰掛け文官風情が何偉そうにしてやがるんだ、こら」
なかなか捕まらない聖騎士を探し訓練場へ催促にきたエステルに凄む程度には元気だ。
「偉そうになどしていません。そして小官の現在の所属は第三聖騎士団です。隊服が間に合っていないだけです。それより経費の精算の件ですが――」
「見りゃ分かるだろ、今は訓練中なんだよ。精算書どころじゃねえっての」
遠巻きにしている同僚とおぼしき訓練着姿の聖騎士たちが囃し立てる。
「フラれたばっかのくせにもう新しい女かよ」
「隅に置けねえなあ」
「うるっせえぞ、こんな地味眼鏡女とどうこうなるわけがねえだろうが!」
訓練中に声をかけただけで恋愛沙汰扱いされるとは。発情期か。色気づき過ぎでは。
呆れたエステルが言葉を失っていると
「訓練中だぞ。どうした」
ここ数日で聞き慣れた低く丸い声がかかった。ヴェーメル団長だ。
「だ、だんちょ」
「おお、ランキラ殿ではないか。わざわざ訓練場まで俺に会いに――」
「違います。管理部のお手伝いです。こちらの経費精算書類提出がまだなので催促にまいりました」
「締日は一週間ほど前ではなかったか」
「そうです」
「今回は俺のせいでごたついて申し訳ないと思っているが」
ヴェーメル団長はくだんの聖騎士に向き直った。
「さすがに遅れ過ぎではないか」
「そ、そうですけど、いつもだったら管理部でトローストのおっさんが代わりにやってくれますし……」
「代わりに? 書類作成を?」
「ええ、……もちろん、領収書は渡しますよ。そのくらいはやります」
「どういうことだ」
汗を拭いていたヴェーメル団長が青い目をす、と細めた。
「管理部は俺たちが提出した書類をもとに事務処理を行うのであって、書類作成を代行する部署ではないぞ」
「そうなんですけど、四角四面にはいかないっていうか。だってほら、オレら忙しいですし」
「まさか」
団長はエステルの手もとに目を落とし、眉を顰めた。
「他にもいるのか」
「ええ、まあ、――はい」
「見せてくれ」
リストに目を通したヴェーメル団長の表情が険しくなった。
「訓練は中止だ。締日の書類ができていない者はすぐにとりかかれ。提出済みの者の中にも添付書類や計算の不備が見られるそうだ。訂正して再提出しろ。それから、ランキラ殿は俺の秘書官だ。彼女の手を煩わせないように」
ヴェーメル団長は冷たい目で聖騎士たちを睨み、エステルへ視線を戻した。
「ランキラ殿、執務室へ戻――、まだ何かあるのか」
「ええ。団長が催促してくださいましたので、管理部の窓口で待機して書類を受け取る仕事が残っています」
「管理部の皆はどうした」
有り体にいえば屍と化していたので休んでもらっている。
ふむ。
状況を察したか、厳しい表情のままヴェーメル団長がうなずいた。
「では、俺も行こう」
「はい?」
「手伝いにいく。書類の受け取りくらいは俺でもできるだろう」
のしのしどすどす、足音高く銀髪青目の大男が訓練場から去るのを、エステルは聖騎士たちとともに呆然と見送った。
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