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転勤しました
6.
団長不在による不眠の呪い大暴走に振り回された第三聖騎士団管理部は落ち着きを取り戻しつつあった。トロースト管理部長は団長に呼び出されている。エステルは前日の引き継ぎを兼ねて管理部の手伝いに来ていた。
朝いちばんに続々と提出された書類を捌きながら年若い三等文官ふたりが目を丸くしている。
「すごーい、どーしちゃったんだろ。間違いがほとんどないよ」
「提出された書類をこのまま受理できちゃうなんて、夢みたい……」
付箋を貼ったりリストにチェックを入れたり、書類を高速処理するきびきびした手もとに反して、三等文官のサイニがのんびりした口調で話す。金髪碧眼の愛らしい顔立ちで聖騎士たちから人気があるというのもうなずける。
「だんちょーさんが戻ってきたらぴた! っておさまったよねー、呪いの暴走」
「そんなに違うものですか」
「違う、ちがう」
灰色がかった髪に灰色の目、儚げ美女の三等文官イロナが書類を収めた箱をまとめて三つひょいとこともなげに抱えた。力自慢であるだけでなく、イロナは算盤も得意だ。
事務処理能力のない聖騎士たちを支える管理部のふたりは、隣接する宿場街グロムからピネッキ砦の第三聖騎士団に通っている。サイニは天真爛漫、イロナは大人っぽいしっかり者と雰囲気の違うふたりだが、幼馴染みなのだという。
「団長さんがご不在の間は砦だけじゃなくてグロムの街のほうも違ったもの」
第三聖騎士団が重要視されるのは対魔人防衛のためだけではない。団長とその拠点であるピネッキ砦には地下迷宮から漏れる不眠の呪いを引き受ける力がある。
ピネッキ砦は魔人や魔物との争いが始まったクショフレール大公国建国時に建てられた。魔人により編み出された魔法と創世神が導く世界を体系化した教法、ふたつの叡智が分かちがたく結ばれた、今となっては再現不可能な技術が用いられている。魔法由来の技術を修得し駆使する呪具師として興味深いが、赴任していきなり管理部の修羅場に駆り出されたためエステルはまだ砦を見て回っていない。
――忙しすぎて〈碧杖印〉六十三番を作り直す時間もないんだよね……。
可及的速やかに呪具師として依頼に応えたいところだ。ヴェーメル団長の安眠枕が奪われたままの現状は望ましくない。歴代の第三聖騎士団団長の任期が短いのは体に大きな負荷がかかるからだという。聖騎士たちや管理部の面々を見ているとどうやら団長職は呪い吸収装置兼お飾り扱いのようだが、ヴェーメル団長はお飾りに甘んじるつもりがないらしい。ならば安眠枕という不安材料を取り除いておきたいところだ。
「エステルってだんちょーさんの恋人なの?」
サイニが書類を確認する手もとから目を離さないまま訊ねた。
「えっ? まさか、ちが、違います、けど?」
「あはは、狼狽えすぎ」
席に戻ってきたイロナがサイニから書類を受け取って検算を始める。
「ヴェーメル団長って着任したてだし、締日になると管理部がしっちゃかめっちゃかになるって気づいてなかったっぽかったじゃない? ご自分の分はてきぱきすませちゃうし」
「そーそー。それに都から女の子連れで戻ってきたと思ったら『俺の秘書官に文書偽造をさせるつもりか』だって? 聞いたわよー」
ゆるゆるふわふわした口調のサイニが団長の声色を真似て声を低くする。まるで似ていない。が、眉根を寄せ低い声を出そうとするさまがおかしくてエステルとイロナは笑った。
「職場恋愛ってないよね、分かる。あたしらも就職するまでは聖騎士さまに見初められちゃったらどうしようって考えたりしたこともちょっとだけあったけどまあ、――ないね」
「ないねー」
首都の管理本部と違ってこちら第三聖騎士団の三等文官は玉の輿を狙うタイプではないらしい。真面目だ。
「こんなに手がかかると、ねー?」
「憧れなんて吹っ飛んじゃう」
サイニの家はグロムの荒物屋、イロナの家は八百屋でふたりとも現金収入の足しにと第三聖騎士団で文官をしている。孝行娘だ。
「こちらの聖騎士さまがたは管理部に頼りすぎですよね」
エステルは苦笑した。文官が書類を作り直して当たり前といわんばかりの聖騎士たちの態度のほうがおかしいのである。図々しいにもほどがある。
「いつもならぶちょーさんが何とか帳尻合わせちゃうのよね」
「力業で。トロースト部長、仕事中毒だから」
「いやー、叱られた叱られた」
当の管理部部長トローストが戻ってきた。痩身かぎ鼻、もっさりした黒髪で覇気がない中年男だ。長年第三聖騎士団の管理事務に携わっていて仕事熱心である。
仕事ができる人間の中でも説明を苦手とする者にありがちなことだが、諦めの判断が早すぎる。自分が書類を作成したほうが正確且つ早いと考えてしまうのだ。「やっときます」と引き受けるうちにエスカレートしたのだろう。これからはきっちりと線を引けとヴェーメル団長に叱られたという。
「いつもなら何とか乗り切れたんだけどねえ」
まさか枕が盗まれ不眠の呪いが大暴走するとは誰も思わない。
「急な異動でランキラさんもたいへんだよね」
「ええ、まあ……」
団長付の秘書官だけでなく呪具師としての活動を始められず仕事が遅い人みたいになっているのが業腹であるが、実際不本意ながらそのとおりなのである。早く取りかかりたい。
「あとはね、こっちで何とかするんで、ランキラさんは秘書官のお仕事に戻ってね。団長がお呼びだから」
「はい」
サイニとイロナのふたりに「また手伝ってねー」「待ってる」と見送られ、エステルは管理部を出た。
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