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宿場街グロムで迷子になりました
1.
辺境の砦だからといわれればそれまでだが、首都の聖騎士団とは佇まいが違う。社交や交渉より武力の衝突を前提としたピネッキ砦はムビ砂漠の側から見ればそびえ立つ岩山の上にあり、重厚で堅固なつくりで背後に擁する宿場街グロムを守るように建っていた。
階段を上り足早に団長の執務室へ向かう。廊下に小さく切られた窓から日の光が射す。エステルは足を止めた。
からりと晴れ渡った青い空がまばゆい。
窓からは初冬のグロムの街並みが見えた。人々の営みを目にするには遠いが、その気配はうかがえる。砂漠のほとりにあるこの街は、空も白褐色の石造りの建物も鮮やかな色の日避け布も強い光にさらされて明るく、影が濃い。風の凪いだ穏やかな午後、グロムの街は絵の中に閉じこめられたように静かだった。
グロムの街と砦は分厚い壁で隔てられている。
人間が統べるマウエン教世界と、魔人たちの世界である魔界とは人間側が優勢であるにもかかわらず決着がつかないままで、千年続く戦争のさなかにある。あまりに長きにわたっていることと、紛争地域がクショフレール大公国の一部に限定されていることもあって、首都で暮らしていると有事であるという印象は薄い。
ニムーブ涸沼の地下迷宮へ魔族を追い込んではいるものの、封じられることをよしとしない魔族との摩擦は絶えない。魔人は不眠の呪いを漏らし、両陣営の緩衝地帯であるピネッキ魔境へしばしば魔物を送り込んでくる。いざ事が起こればピネッキ砦の扉を鎖しグロム側を守り、避難の時間稼ぎをすることになっていると説明を受けた。今のところ、魔人の砦侵入による緊張状態がグロムの街に大きく影響を及ぼしているようには見えない。
「ランキラ殿」
前方からつかつかとヴェーメル団長がやってきた。
「すみません、戻りが遅くなりまして」
「かまわない。管理部は落ち着いたか」
「はい」
「よかった」
団長が体を屈め窓の外へ目をやる。そして視線をエステルに向けた。空の青より薄く透き通った色の目に光が射す。
目が合った。
凪いだ青い目に銀色の髪というヴェーメル団長の風貌は冷たく見える。
――夜とは違うから。
昼間のヴェーメル団長が冷淡だというわけではない。お茶を淹れてくれたりこうして戻りが遅いと様子を見に来てくれたり、まめで世話好きな質であるようだ。エステルは大事にされている。だが、上司としての気遣いにとどまっている。
――それが残念だというわけではないけど。
抱き枕のステラに向けられるあの視線が昼の自分にも向けられたら、――そう考えてしまう。窓の外へ目を逸らそうとしたときちら、と団長の青い目の奥にものいいたげな色が宿ったのが見えて、エステルは視線を団長の顔へ戻した。
「あの、……」
「や、なんでもない。――それより、外に何か気になるものでも?」
「いいえ。ただ、その」
エステルはふたたび窓の外を目を向ける。
「前線なんだな、と思いまして。――すみません」
「なぜ謝る」
「今ひとつ実感が湧かなくて――」
「無理もない」
団長も街と砦を隔てる壁へ視線を向ける。
「俺もこの国に初めて来たとき、眠れないことに驚いた。クショフレール大公国の歴史や事情は知っていたつもりだったのに、俺は分かっていなかった。――だからきみがいいたいことは、理解できるつもりだ」
「ありがとうございます」
「今すぐあの隔壁が鎖されることはない。そうならないよう努める。きみの助けが必要だ」
「はい」
秘書官として、呪具師として。そして枕として。
「あ」
「なんだ」
「その、――」
枕製作に着手するために打ち合わせをしたい、といいかけてエステルは口ごもった。エステルにとっては仕事だが、ヴェーメル団長にとってはプライベートの話だ。
「いえ、今はけっこうです。夜にでも」
「そうか。では仕事に戻ろう」
促されて執務室へ戻った。
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