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宿場街グロムで迷子になりました
2.
* * *
「なるほどいい雰囲気になった、と。――で? 執務室に戻って押し倒したか?」
「テイメン。今の話のどこに秘書官殿を押し倒す要素などあったか? 勤務中だぞ」
終業後、第三聖騎士団団長ルド・ヴェーメルは執務室にやってきた第三聖騎士団副長のテイメン・クラーセンと不在の間の業務の引き継ぎをしている。
ピネッキ砦を襲った不眠の呪いの暴走により幼少時のいたずらの数々を自ら暴露してしまったクラーセンもやっと快復した。テイメンは呪い暴走時の言動を部分的に思い出せずにいる。部下たちの生あたたかい視線で居心地が少々よろしくない。
団長と副長とに立場は分かれたが、ルドとテイメンはともにモンス神聖帝国出身で従騎士時代からの知己である。付き合いが長い分、遠慮がない。
「驚くぜ。まさか毎晩いっしょに寝ていながら手を出してないとか、いわないよな?」
「出すわけがない。まだ結婚の約束も取りつけていないんだぞ」
「冗談だよな?」
「冗談ではない」
「我慢できるのか」
「している。――今のところは」
「おいおい」
テイメンはがっくりと肩を落とした。
「情報を整理しようか。ルドと秘書官ちゃんは毎晩同衾している」
「そ、そうだ」
「結婚を申し込んだが秘書官ちゃんに断られた」
「う、ああ、そのとおりだ」
「でも毎晩いっしょに寝ている」
「くどいな、そうだといってるだろ」
「なんだか困らせてるっぽいよな。ルド、秘書官ちゃんにフラれちゃってるのでは?」
「えっ」
ルドの顔が見る見るうちに青ざめていく。
「じょっ、じょじょ、冗談、だよ冗談」
少年のころからの友が秘書官に思いを寄せていることもそうなるに至る経緯も聞かされていた――呆れもしたし「やめておけ」と止めもした――が、そこまで思い詰めていたとは知らず、テイメンは慌てて前言を撤回した。
――そんなに入れ込むほどの女かなあ。
内心首を傾げてしまう。
上司であり友である男が首都の管理本部からもぎ取るように連れ帰った秘書官は目を引くような美女ではない。物堅く愛嬌のない地味眼鏡女で、仏頂面を崩しもしない。首都では腰掛けと称される三等文官だったわりに浮ついたようすがないのは面倒がなさそうで悪くない。まだ若いのに呪具師として優秀だとも聞く。首都の管理本部で働いていただけあってピネッキ砦でも仕事の飲み込みは早い。が、仕事ができることは、恋人にして楽しい女であることと同じとはいえない。身分や立場の違いはともかく秘書官は、危なげない代わりにおもしろみもない女に見えた。移り気で次から次と恋の妙味を追い求めるテイメンには理解が及ばない。
――それでもこいつがいいっていうんなら、なあ。
浮いた噂ひとつなかったルドが執着するのだからよほどのことだ。
「悪かった。いっちゃ駄目な冗談だった。すまん。――で、他には?」
「ほ、か、――って?」
テイメンが呆れ顔をした。
「なんか秘書官ちゃんにしてあげてないわけ」
「他、って、――仕事で困っていそうだったら手伝いを買って出る」
「ルドはもともと書類仕事が苦にならないほうだもんなあ。他には?」
「こっちにくるとき、野営の準備をぜんぶやった」
「やえい?」
「おう。初めての晩はテント泊だ。手際がよいとほめられた」
「おいおいおいおい。新枕が野営かよ」
「新枕ではない。同衾はしたが」
「…………そうだったな。他には?」
「他、ほか、……そうだ、毎日始業前と午後に茶を淹れている」
「ルドが? 秘書官ちゃんに?」
「そうだが?」
「茶はまさかケッセルスの黒?」
「他にないだろう?」
「グロムの市場に買いに行くなり取り寄せるなりしろよ、もっと美味い茶を」
「そ、そういうもんか」
「念のため確認するが野営の準備をして仕事前に備え付けの茶を淹れる、――それだけ?」
「午後にも茶を出してる」
「そういう問題じゃないんだよ。それじゃただ世話好きですけべなだけの上司だろ」
「すっ、すけ、……っ」
ルドはぼばばば、と顔を赤らめた。
「な、何をいう。不埒なまねなど決して――」
「まさか毎晩結婚を迫ったりしてないよな」
「毎回断られるから今は結婚の話を控えている」
「国も身分も違うから、秘書官ちゃんの立場ならきっと気になるよな。身分違いはどうにでもなるけども無理やり感あるし」
「もしかして、駄目だったか?」
「駄目だろ」
「じゃあ、今夜あたりもう一度けっこ――」
「ちがーーーう、そういう意味じゃない。いきなり蒸し返しちゃ駄目! ルド、おまえ普段あれだけデキるのになんで秘書官ちゃん絡みだとこんなにぽんこつになっちゃうんだか。あのなあ」
テイメンは机の上にばん、と掌を突いた。
「恋ってのは、相聞なんだよ」
「そう、もん?」
「どっか東の方のど僻地の謂いだ」
相聞とは、互いを気にかけ手紙などでやりとりする交誼を指す。転じてその東の地では相聞と称し恋人たちが歌を贈り合うのだとか。
「では彼女に詩を贈って、詩を贈り返してもらうよう求めればよいのか」
「違うっての。恋は双方向なの。ルドが呼びかける。秘書官ちゃんが応える。その繰り返しなの。呼びかけと応えは詩の贈答みたいな東方の古雅なやりかたでもいいし、街でデートしてもいいしベッドでうふんあはんしてもいいし、ただ気持ちを伝え合うだけだっていい。要は相手と気持ちが通じ合ってりゃいいわけ。――ああ、もう」
テイメンは頭を抱えた。
「まるで分かっちゃいないな」
「すまない」
「オレに謝られても困る。とにかく互いの気持ちを知ることから始めろ」
「だからけっこ――」
「結婚の申し込みは一回封印だ。な? それよりルド、秘書官ちゃんの気持ちをちゃんと知れ」
「気持ち、か……」
ルドは考え込んだ。
* * *
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