聖騎士と眠りの魔女 ―ダブルワーク女子は抱き枕の身代わり―

uca

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宿場街グロムで迷子になりました

3.


 異動してこのかた、エステルは落ち着かない日々を過ごしていた。管理部の件が片付いたら今度は団長執務室がたいへんなことになっている。

「団長はただいま、会議中です」
「い、急ぎなんです大至急」

 門番が駆け込んできた。執務室に届いたのはニムーブ涸沼の地下迷宮、つまり魔界からの書状である。なるほど、緊急度が高い。

「このまま、会議室へおいでいただいてもよろしいですか」

 間違いなく通されると見た。会議室前の衛兵に取り次ぐ。時をかず扉の奥からどよめきが伝わってきた。
 エステルは溜め息をついた。

――どうしたものか。

 まだ執務室の文書を把握しきれていない。しかし、これまで秘書官いらずだっただけあってヴェーメル団長の執務室はすっきり片付いていた。触れてよいとあらかじめ許可を得ている戸棚をざっと確かめる。

「あった」

 魔界との文書のやりとりが記録されているはずとあたりをつけたとおり、先方からの書簡とこちらからの返信の控えがじられた帳面を見つけた。ざっと目を通してから、自分の机に置いておく。エステルは便箋と封筒、封蝋ふうろうの用意をした。門番の駆け込みぶりからして儀礼用の封書が必要になるとは思えないが、念のためすぐ出せるようにしておく。

「あとは、首都への報告文書も用意しておくかな」

 通常の事務のやりとりとは別に急使の手配も必要になるかもしれない。やらなければならないことと優先度を整理していると

「すまん、急ぎで――」

 扉が勢いよく開き、ヴェーメル団長がつかつかと執務室に戻ってきた。

「お帰りなさいませ」
「目を通してくれ」
「はい」

 渡されたのは魔界から届いた書簡だった。昇進して一等文官となった今は機密に触れられる範囲が広がったので読むのは問題ない。
 内容はざっくりまとめると

――魔界側の要人がピネッキ砦に侵入しただけでなくそちらの要人の私物を盗んだ件はまことに遺憾である。
――犯人は見つかっていない。盗品も同様。魔界に戻っていない以上、まだピネッキにあるのではないか。

 といったところだ。
 盗まれたなどと大騒ぎしなくてもたかだか枕なんだから、という気持ちがありありと透けて見える。几帳面な文字でパンマウエ大陸で多くの人が用いる大陸共通語が綴られているがそこはかとなく無礼な感じのする文面だった。
 文章の評価はエステルの仕事ではない。
 内容からして第三聖騎士団からの問い合わせへの返信だ。さらにこちらからも返すのか、するとしたらどういった書式、体裁になるかを想定し準備を整えなければならない。

「ありがとうございます。拝読しました」
「うむ」
「こちら、過去のやりとりの控えです。文例としてご利用いただけるかと思い用意いたしました」
「助かる」

 ばばば、と帳面のページを繰りやりとりの文面を確認しつつ、団長はがりがりと手もとの紙に下書きをしたためていく。

「事態の具体的な進展が見られない。首都へ急使を立てる必要はないな。通常の報告に特記事項を加えておけばだいじょうぶだろう。――管理本部への定期便は何時に出発だったかな」
「本日の発送まであと、――二時間と少しです」
「よし、報告も間に合わせよう」

 数分後、返信と報告文書を手分けして揃えると団長は「よし」と立ち上がった。

「俺は会議に戻る。きみは定時で退勤してくれ」
「はい」
 うなずき返し、エステルも発送の準備に取りかかろうと腰を上げる。
 ぐい。
 体に逞しい腕がまわり、抱き寄せられた。視界が団長の青の隊服で占められる。

「今夜は遅くなる。俺の部屋にあるものは好きに使って。先に休んでいてくれてかまわないから、――」

 ちゅ。
 額にやわらかく熱いものがふれた。

「待っていてくれ」
「はい」
「きみの話を聞く約束だったが、また次の機会に。すまない」

 抱擁が解かれる。名残惜しげに団長の指がエステルの腰を撫で、そして離れた。


――何だったんだ。

 まるで夜、枕として抱かれているときのようだ。
 慌ただしく執務室を後にする団長を呆然と見送った姿勢のまま、エステルはしばし固まっていた。

――昼間なのに、抱き枕のステラと間違えたのかな。

 そうだとすれば、かなり強力な眠気に支配されていたことになる。だいじょうぶだろうか。
 異動が決まってこちら、同衾することで団長は眠れていたので安心しきっていた。が、一週間の不眠が体にもたらす影響を軽視しすぎていたかもしれない。

「早いところ、枕を何とかしなくちゃ」

 祖母ミルヤがつくった〈碧杖印〉六十三番が戻ってくるのがいちばんよい。が、先ほど読ませてもらった魔界からの返信文によれば、魔人に奪われた団長の抱き枕ステラが近日中に戻ってくる可能性は低い。そうとなればやはり新しく枕をつくりなおすのがよいだろう。まずは、材料の調達だ。サーラおばさんから預かった鏡の加工はすべて終わって返送済み。時間はある。

「市場に行ってみるか」

 定時で退勤すべく、エステルは残りの仕事に取りかかった。
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