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十年待ったといわれても
2.
「主も非があると思っているのだろう。こうして外国にまで連れてきてくれた」
「もしかしてルドんとこの主、競技会におまえの見合い相手を探しに来てんのか」
テイメンは呆れ声を抑えられなかった。
騎士の交流の場というと競技会か、あるいは社交だ。シーズンまでまだ間がある社交の場には結婚相手を探す若い男女が集うものの、主家の令嬢と新しい婚約者もまた人脈を広げるべく参加するわけで、「うちの娘が捨てた男なんだが拾っちゃくれんかね」などと運動してまわるわけにいかない。ルドの主としては娘の新しい婚約者をお披露目することになる社交シーズン到来前に片をつけたいのだろう。
――悪手が過ぎるというものだろう。
背は高いものの、ひょろひょろのルドはいかにも弱そうに見えるし実際腕っ節はからっきしだ。腕自慢の騎士が集う競技会に連れてこられては見劣りしてしまう。結婚適齢期の娘があり、且つ跡取り息子のいない騎士に見初められる可能性は皆無といっていい。
「ルド、オレといっしょに聖騎士目指そうぜ。叙任は教会だから領地だの人脈だのの柵が少ないし」
聖騎士団は教会に属する領地に縛られない武官組織だ。武術のみならず神学や教法など幅広く高度に修める必要があり、狭き門となっている。
一から聖騎士を目指すには幼いころから聖地で修練と奉仕に励む必要があるが、幸いなことにルドもテイメンと同じく従騎士としてのこれまでを基礎ができていると認めてもらえる。ルドの主としては「娘も悪かったが、ルドも心変わりしたのだ」と事後承諾で無理くりルドの実家に飲み込ませ、ついでに婚約破棄の違約金だの何だのもしらばっくれるつもりだろうが、一転聖騎士を目指すとなれば実家の許しが必要となり、うわばみ娘の愚行により割を食うルドの不幸が露呈されることになる。
「主に申し訳ないから……」
「ぜんっぜん、そんなことないんだぞ?」
むしろ困らせてやっていい。一人娘かわいさに騎士と騎士の約定を違えたルドの主には相応の制裁が科されて当然だ。
「そういうわけにもいかない」
ルドは大儀そうにふらつきながら馬車の荷台から降りた。
「競技会の不眠相談窓口へ行くようにいわれている。主なりに気を遣ってくれているんだ」
クショフレール大公国は変わった国だ。マウエン教世界の敵、魔界の防衛拠点として建国に至った特殊な経緯もさることながら、国土が魔界の呪いに覆われ、国民だけでなく外国人も滞在三日目から不眠に苛まれる。
ルドの健康を損ねているのは呪いよりうわばみ娘の愚行に違いないとテイメンは見ているが、たとえ数日であってもこの国に滞在するならば確かに呪具師に相談するのが良策だ。何度かこの地を訪れたことのあるテイメンは不眠が命を脅かしかねないことを厭というほど思い知らされている。
「行ってくる」
「お、おう」
テイメンは競技会場の窓口へとぼとぼ向かうルドの後ろ姿を見送るほかなかった。
競技会場の受付近くに設けられた不眠相談窓口には天幕が並んでいた。受付をすませると呪具師が待機する天幕へ順番に案内されるようだ。まわりは若い騎士や従騎士で混雑している。ほとんどがルドと同じく初めて不眠の呪いに苛まれるとあって、競技会前の緊張も相俟って不安と焦燥で空気がぎすぎす荒んでいた。
「順番を守れよ」
「横入りするな」
普段から荒んでいるわけではないのだろうが、いらいらが募って騎士の誓いなど消し飛んでしまっているようだ。
――怖い。
ルドはおどおどと行列の末尾を探したが、あちらでもこちらでも若者たちが角突き合わせているのを避けるうち隅っこへ押しやられてしまった。
古びた天幕の前で神官と老婆が立ち話をしている。
「――どうだろうか。耐性の高い若者は見つかりそうかね」
「そんなこと訊かれてもね。まずここまで辿りつく子がいないのでは、――おやおや」
老婆がルドを振り返り目を瞠った。
「お客さんがいらっしゃったよ」
「邪魔をした。――眠りの魔女殿、わたしはこれで」
礼服の裾を優雅に捌いて神官がまず老婆に、次いでルドに会釈をして去った。
「お入り、若いお人」
導かれ、ルドは身をかがめて天幕に入った。
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