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シーララ山の潜伏者
3.
「優雅な猫足亭があるこのあたりは、ピネッキ大砂猫の棲息地のひとつですね。この魔獣はふわっふわのもっふもっふでして幼獣だと青い目をしたこのっくらいの――毛玉みたいですごくかわいいんですよ」
両手で示されたのは抱っこするのにちょうどよさそうな球体だった。
「見てみたいです」
「ただ、問題がありまして。成獣は丸っこいふわっふわのもっふもっふで幼獣とあんまり見た目は変わらないんです。目の色が青からオレンジになるのと、大きさが違うくらいで」
それのどこが問題なのだろうか。
「あの子たちは魅了の魔法を用いておもに動物を狩るんですけど、好物が大型哺乳類なんです」
「哺乳類の、大型」
「はい。つまり我々人間も、ということになっちゃいます」
「それは問題ありです、ね」
「だいぶあります。あの子たちがかわいく見えるのも魅了の魔法が効いているからともいえますし、やっぱり危険ですよねえ」
優雅な猫足亭とかいう名前のキャンプ地があり、周辺を巡視したりいざとなれば避難に利用したりするための小屋も建ててあるが、そもそも優雅な猫足亭建設は魔物狩人組合所属ハンターたちの度重なる突撃のたまものだという。
「ピネッキ魔境をいずれ観光資源にしたいと考える熱心なハンターがいるんですよ」
「なるほ、ど?」
「ちなみにここ優雅な猫足亭の目玉観光スポットは、キャンプ地近くにあるピネッキ大砂猫の爪研ぎ岩です」
軽い気持ちで観光に出かけたら「優雅な猫足」に引き裂かれ躍り食いビュッフェに自ら生肉を提供する羽目になりかねない。
「ええ、まあ危険ですよね。他には――そうですね、旅舎赭絲もお勧めです」
「ここはどんなところなんでしょう」
「ロマンチックです。キャンプ地の名前、運命の赤い糸になぞらえているんです」
「ほう」
「アクタムマンゾという魔蔓草がありましてね、葉っぱはハート型、花や実は房状、桃色で甘いいいにおいがします」
「へえ、いいですね」
「でしょ? 植物界のファム・ファタルといわれているんですよ」
ファム・ファタルは運命の女だ。それだけでなく男を破滅に導く悪女を暗に意味することもある。ロマンチックには違いないがそこはかとなく――いや、だいぶ雲行きが怪しくなってきた。危険がにおう。
「ファムといってもですね、アクタムマンゾは雌雄異株でしてそこらでうねうねしているのは女の子だけじゃないんです」
桃色の愛らしい花が咲くと、アクタムマンゾのふとぶととしたつる性の匍匐枝が赤く婚姻色に染まり、交配の相手を求めてその赤いつるが辺りを這いずりまわる。いざ交配が始まると雌株雄株の赤いつるが抱き締め合い、互いの花をすりつけ合って受粉するという。
「情熱的ですよねっ! ただ情熱が過ぎるのか、赤く染まったつるは触れるものなんでもきつく巻き締めるんですよ。動物だろうが岩だろうが大木だろうが、なんでもぎゅうぎゅうするんで『死の抱擁』っていわれてます」
「き、危険なのでは?」
「花期でなければさほどは。あっ、今は実が生ってますね。これが食べてくれといわんばかりのいいにおいなんですが」
「毒があったりして」
「ご名答、そうなんです。有毒です。そして花期はだいたい終わっていますけど、つるのうねうねがちょっと残ってますね」
明るく言い放たれた。いくら赤いつるが辺りをのたうつさまが壮観だと聞かされても、おいそれと好奇心とおのれの命を天秤にかけてまで見物に出かけようという気にならない。
なるほど、ハンターは狩猟が解禁されたとしても困難を伴う仕事だということがよく分かった。
「こちらどうでしょうね」
オルガが指さした場所には「ピンチャブせせらぎ庵」と書き込んであった。徹頭徹尾、観光地の宿めいたネーミングだ。
――今度はいったいどんな危険が。
身構えるエステルに、オルガが「うふ」と微笑んでみせた。
「ピンチャブせせらぎ庵は川のほとりにあって、砦に比較的近いキャンプ地のひとつです。特に危険はありません」
「ここにしましょう」
「そうですね。じゃあ申請書を書いていただいたら、ふたりで行きま――」
地図の貼ってある壁から受付カウンターへ、オルガと同時に振り返ってエステルは
「ひょえ」
驚きの声を飲み込み損ねた。
「俺も行く」
ルドがぬ、と立ちはだかっていた。
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