聖騎士と眠りの魔女 ―ダブルワーク女子は抱き枕の身代わり―

uca

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シーララ山の潜伏者

5.


「火事……?」

 細く煙が立ち上っている。

「いや、火事にしては様子が変だ。狼煙のろしでもなさそうだな」
「ええ。組合支給の狼煙は遠くから見つけやすいようもっと高く煙が上がる仕様になっています。誰かがキャンプ地で火を使っているのではないかと――」
「今日は誰も狩りに出ていないんだよな?」
「はい。巡回までまだ時間がありますし、おかしいです」

 魔境を軽くお散歩、くらいのつもりでいたのに雲行きが怪しくなった。組合の誰かが予定を書き込むのを忘れたまま魔境入りしてしまったのか、はたまた密猟か。

「俺が先に行く。問題が発生したらすぐにランキラ殿とともに砦へ戻ってくれ」
「はい」
「あの……」
「様子をうかがって、すぐ撤退する。それだけだ」
 ルドが腕を伸ばしてきた。外套のフードの内側に革手袋に包まれた指が滑り込む。頬を裏革の毛羽が掠めた。

「だいじょうぶだ。カルナ殿のいうとおりにしてくれ」
「はい」

 石龍馬二頭に分乗した一行は静かにキャンプ地「ピンチャブせせらぎ庵」に近づいた。

「ふん、ふん、ふふーん、鳥のふーん、ふん、糞、ふふーん、犬のふーん」

 ちゃっぷちゃっぷぱっちゃぱっちゃ、にぎやかな水音とともに上機嫌な鼻歌が聞こえてきた。若い男の声だ。
 鼻歌に内容や意味などないものかもしれないが、それにしても幼児じゃあるまいし、ひどい。実にひどい。鼻歌は鳥、犬に続いて馬、鹿、と続きまた鳥へ戻りふんふん歌っている。

「行ってくる」

 ルドが囁き、石龍馬を降りた。短剣を構え、そっとキャンプ地へ近づく。キャンプ地にはテントを張れる空き地と床が高くなっている備蓄小屋、屋根付きの竈が設置され、小川が流れている。遠くから見えていた煙はここの竈から立ち上っているようだ。
 オルガは手綱たづなを巧みに操り石龍馬を灌木から小屋の陰へ進めた。背が空になった石龍馬ケルリも足音を忍ばせついてくる。

「ふん、ふん、ふふーん」

 歌声と水音が聞こえる小川へ目をやると、若い男がこちらに背を向けて白っぽい布をばっちゃばっちゃ洗っている。まくり上げたシャツの袖とズボンの裾から褐色の肌が見える。

「んん、だいぶあの小童のにおいが脱けてきた。――ふん、ふん、ふふーん」

 短く整えられた砂色の髪に覆われた頭からちらちらと何かがのぞく。

――もしかして、角……?

 鼻歌に合わせて上下する頭に一本、角が生えていた。
 が、がさ、さ。
 灌木の陰からルドが転がり出た。

「き、貴様、タ、――タピオ、っ!」
「げっ、小童!」

 洗っていた布を放り出し、裸足のままのタピオが川岸へ跳ねるように上がった。徒手のまま身構えようとして

「あっ」

 小川へ戻ろうとする。

「流れていってしまう、枕のカバーが!」
「わ、わわ、わ!」

 色白がっちりと褐色細身一本角、ふたりの大男がばちゃちゃちゃ、と水をはね上げながら小川へ駆け寄る。ルドが掴み引き上げた白っぽい布は人型だった。

「返せ!」
「何をいっている! もともと俺のものだぞ。これはキヴァリ殿につくっていただいた俺の枕のカバーだ」
「キヴァリ、……やはり、ミルヤか! おまえからミルヤの魔力のにおいがすると思っていたんだ。しかも枕を奪ってやったのに濃くなってる! どういうことだ? おまえ、まさか、ミルヤと、――ん? あれ? 似てるけど、違う?」

 頭に角を生やした男、タピオがぐるり、と振り返った。琥珀色の垂れ目が美しい。砂色の眉を顰めていても顔立ちが雅に整っているのが分かる。
 ぱ。
 愁眉を開き、タピオが

「ミルヤ! ……違う?」

 エステルを見て目を輝かせ、そして首を傾げた。

「そ、祖母は先日、亡くなりました、けど……」
「そぼ? ミルヤが? そ、――何だって?」

 驚きに目を剥く魔人の前に
 ず、ん!
 大きな黒い影がキャンプ地に飛び込んできた。
 翼の生えた黒い狼だ。
 ご、ごあああ、あああっ!
 有翼狼が咆哮する。

「ぎゅぴ!」

 石龍馬二頭が反り返り棒立ちになった。

「っ、わ!」
――落ち、る!
 身を竦めたエステルを、短剣と濡れた枕カバーを放り出したルドが駆けつけ抱き留めた。

「だいじょうぶか」
「は、はい」

 地面にそっと降ろしたルドが流れるようにそのまま身をかがめ走り、短剣を拾い有翼狼の前に躍り出る。
 一閃、二閃。
 大きく踏み込んだルドの手の振りとともに、獣の鼻先を銀色の光が鋭く掠めた。

「ギヨム!」

 タピオの呼び声に有翼狼が

「がふっ」

 応え後ろへ飛び退る。
 ひらりと有翼狼の背に飛び乗ったタピオが白っぽい人型の抱き枕を抱え

「待っていろ。必ず、迎えに行く」

 きりりと言い放つや、へたりこむエステル、あたふたと石龍馬をなだめるオルガ、ふたりの女をかばい短剣を構えるルドに背を向け駆け去った。頭に角を生やした美男子の小脇に抱えられた枕の長い手足がびよんびよんばったばった大きく揺れている。なんともいえずけったいな眺めだった。
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