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向背
1.
風が強い。堅く鎖された門の上でクショフレール大公国旗、光芒の意匠のマウエン教旗が翩翻とひるがえる。
ここ数日、ピネッキ砦は暗い雲に覆われていた。
しんしんと、冷える。
非番の聖騎士たちや手隙の職員たちが白い息を吐きながら参列するなか、ルドが壇上に立ち礼拝を取り仕切っている。
聖騎士たちは神職でもある。普段は宿場街グロムの教会から礼拝や祝福のために神官を招いている。が、ピネッキ魔境への魔界アウヌラ国王子タピオの侵入が明らかになって有事の扱いとなり、グロムとの間が隔壁で鎖され行き来は通用門のみ、最小限に制限されている。安全を考慮して神官を招かず、礼拝は聖騎士たちが持ち回りで行うことになった。
空のいと高きところより降臨した創造神の光は、天地開闢以来世界を照らしつづけている。神のもたらした世界の理を解き明かし少しでも近づかんとする、――それがマウエン教会の教理である。クショフレール大公国建国以来千年、マウエン教徒となった先住民の子孫であるエステルにもルドのよく響く声で語られる創造神話は馴染みがある。
「我らが神は世界をつくりたもうたとき――」
聖騎士たちの後方、衛兵やハンターたち、砦の職員たちに混じりエステルも低頭、合掌し祈りを捧げた。
遅れてできあがった新しい青い隊服はまだ体に馴染んでいない。堅い襟もとや袖口で気持ちが改まる。三等文官のものと大きさは変わらないはずなのに、新しい一等文官の襟章はひときわ重く感じられた。
灰色の隊服――首都の管理本部文官のそれを青い隊服に着替えてやっと、第三聖騎士団に迎え入れられたように感じられる。聖騎士たちの態度が改まった。ひとつは、一等文官の襟章も理由であるらしい。聖騎士たちは縦の序列に敏感だ。ルドが関係を隠さなくなったことも理由のひとつに違いない。
――いいんだか、よくないんだか。
聖騎士たちの態度が劇的に改善されて仕事はしやすくなった。ただしそれはエステルがルドの愛人だと周知されたからだ。上司の手前、彼の「もちもの」を表面的に大事にしているだけであって、居心地の悪さは以前と別物に変じて今もエステルの背中にくっついてまわっている。
――いっそのこと、ルドのいうとおり結婚してしまったほうがいいのかもしれない。
愛人を秘書官として手もとに置くのはよくない。ルドの体面を損ねてしまう。早急に手を打ったほうがいい。しかし今は有事、そのときではない。
「光あれ」
「――光、あれ」
低頭し祈りながら、エステルは砦を包む緊張に思いを馳せた。
アウヌラ国王子タピオと遭遇してまる一日半。魔物狩人組合と第三聖騎士団合同で部隊を編成し、連日にわたり山狩りが行われているがその甲斐なくタピオ発見には至っていない。ただ、シーララ山中のキャンプ地で小屋の備蓄資材が荒らされたり、保護対象となっている魔物を狩ったりした形跡があり、調べが進むにつれ潜伏者の足取りが明らかになってきた。
「魔人め」
「オレらのピネッキ魔境観光地化推進計画が……」
魔物狩人組合の一部でハンターや事務員が歯噛みしている。どうやらキャンプ地に実態から乖離したゆるふわな名前をつけたのはこの魔境観光地化推進計画の面々であるようだ。
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