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向背
2.
ルドは魔境のキャンプ地から砦に戻ってすぐ第一報の急使を立てた。
首都クショフレール市まで、通常の馬車の旅であれば片道三日間であるが、宿場で馬を替え夜を徹して走り続ければ一日と少しで到着する。今ごろはもう首都の聖騎士団、大公宮殿に第一報が届いているに違いない。が、首都からの返信を受け取るには早くてさらに一日強を要する。
――どうか、首都からの指示が間に合いますように。
第三聖騎士団団長であるルドには兵を動かす権限が与えられている。
しかし、これまでの団長は呪い耐性の高さだけで選ばれたお飾りだった。第三聖騎士団は副長以下上層部数名が話し合いによって騎士団の運営及び対魔界防衛の任にあたってきた。現在の副長は団長と昔から親しいこともあって、取り立てて問題は起きていないが、有事の際のルドの動きが首都からの指示と齟齬をきたす場合、団長の頭越しに副長以下上層部が動くことも考えられる。
――そのとき、私はどう動けばいいんだろう。
エステルは私的な秘書ではなく、聖騎士団員だ。が、団長付きの秘書官であるだけでなく将来を約束した恋人でもある。周囲から見れば愛人かもしれないが、エステルは恋人のつもりでいる。
――ルドさまのために動いていれば、秘書官の職掌から外れることはない。
恋人に対して誠実であれば、秘書官として精励することにもなる。どうやらアウヌラ国王子タピオは、祖母ミルヤと無縁とはいえないらしい。亡くなった祖母からは何も聞かされていないが、エステルの身にも何らか関わりがあるのかもしれない。
――だいじょうぶ、きっと。
自分に言い聞かせるようにエステルは、深く低頭し祈りを捧げた。
首都へ送った急使のほかに、ルドはニムーブ涸沼の地下宮殿にも使者を立てた。こちらはシーララ山とムビ砂漠とで足もとが悪く街道のように走ることはできないが、それでも石龍馬を飛ばせば半日もかからず到着する。内容は苦情だが以前送ったものより数段厳しい文面だ。
マウエン教界と魔界との間には、千年前に結んだ不可侵協定がある。マウエン教界側が地下迷宮へ攻め込まない代わりに、魔界側も魔人や魔物を地下迷宮から外に出さないという取り決めだ。
これまでもちょいちょい顔を出しては女子どもを攫おうとする魔人や、漏れ出してシーララ山に根づこうとする魔物を摘発することはままあった。そのたびにマウエン教界側は抗議し「地下迷宮に攻め込むぞこら」と脅しをかけ、魔界側は「すまんすまん、気をつけるからそんなに怒んないで」と魔鉱石やらなにやらを贈ってくる。魔人が侵入するのはともかく、魔物については野生の生きものであり、魔界特有のものであっても完全な制御も難しかろうとマウエン教界側も理解はしていて、何より魔物をまじない素材や生薬として重宝していることもあり、実際のところなあなあになっている。
しかしアウヌラ国王子タピオがピネッキ砦に侵入しただけでなく、事件後も魔界に戻らずマウエン教界側の領域であるシーララ山に潜伏していたことは、とてもではないが看過できるものではない。
第三聖騎士団から送られた厳重な抗議に対し、使者到着から一日を経ても魔界からの返答はない。
――待っていろ。必ず、迎えに行く。
黒い有翼狼に乗ったタピオ王子の琥珀色の目を思い出すたび、抑えようとしても不安は募る。
「光あれ」
「――光、あれ」
心を鎮めるために砦の人々とともにエステルは祈った。
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