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向背
4.
しおりを挟むエステルは二通の手紙を隊服の懐にしまうと、ぼんやり顔を上げた。ルドと門番が慌ただしく言葉を交わす姿が遠い。
魔人の血が体に流れていることは知っている。しかしそれは遙か昔、クショフレール大公国建国前の話であって、多くのクショフレール大公国の民と同じく、体に流れる魔人の血などほんのわずかなものだ、そう思っていた。
――私、人間じゃなかった……。
エステルはのろのろと執務室の入り口へ視線を向けた。
きらきらしい礼服に身を包んだ貧相な中年男がルドの前で杖をぶんぶん振り回しながらきいきい叫んでいる。
「エステル・ランキラとかいう、魔人と関わりのある女はどこだ! 女を牢に入れろ!」
「聞き捨てならんな、補佐殿。冗談もほどほどにされよ」
「ただの補佐では、ない! わたしは大神官補佐ミヒル、じきに大神官へ昇進する男だ! わたしは偉い、んだっ! ドミニクスの腰巾着め、貴様も牢に入りたい、かっ!」
大神官補佐ミヒルが目を血走らせ息を切らしながらだすだすだすと地団駄を踏んだ。
* * *
大神官補佐ミヒルは故郷モンス神聖帝国の首都マウエルで教区を束ねる神官長を務めていた。現在もその地位にいる。が、このほどピネッキ魔境の変事を憂えた法王が、十三人いる大神官のひとりドミニクスを助けるためにとミヒルを補佐として抜擢しクショフレール大公国へ送った。
――もうすぐわたしも大神官だ。やっとドミニクスに追いつける。
意気揚々とクショフレール大公国にやってきたミヒルは、ドミニクスの「対策を立ててからどうするか決めるから待っ、――ちょっと、待ちなさいよ早まらないでええ」という制止を振り切り、クショフレール大公国第一聖騎士団所属の聖騎士に行列を警護させてピネッキ砦へ飛んできた。道中、馬と御者を替え馬車を飛ばしに飛ばしたので腰だけでなく頭も痛む。しかし疲れていても昂揚し
「許さぬ! 口答えする者は牢へ入れよ!」
杖を振り振り、ミヒルは叫んだ。
ピネッキ砦の第三聖騎士団からクショフレール大公、聖騎士団本部へ送られた第一報によれば魔人がマウエン教界の版図であるピネッキ魔境へ侵入しただけでなく、魔境に居合わせた女――第三聖騎士団団長秘書官だという――へ並々ならぬ関心を抱き、連れ帰る旨宣言したという。
怪しい。女は魔人でなく人間にしか見えないというが、魔人側の人間だ。間違いない。
だから牢へ入れるというのに、第三聖騎士団団長は真っ向から反対した。
聞けば、女は秘書官でありながら団長の愛人だという噂もあるとか。
ますます、怪しい。
ミヒルからすれば、体格、見た目の良さを鼻にかける男はすべて愚か者だ。目の前で生意気に反論など試みる大男、第三聖騎士団団長ヴェーメルなど、その最たる者である。無駄にでかく成長するから頭に栄養が行き渡らず、魔界の息がかかった女などに引っかかる。
――ぴんときた、分かったぞ……!
女、エステル・ランキラは敵の間者だ。間違いない。
大神官補佐ミヒルは昂揚にまかせエステル・ランキラを、反対した第三聖騎士団団長ヴェーメルとともにピネッキ砦の地下牢に放り込んだ。
「ちょっと、あんた――!」
髪を編み込んだきつい顔立ちの、魔物狩人組合長だとかいう大女が凄んできた。しかし大神官補佐として法王の信頼厚いミヒルはハンターごときに怯みなどしない。
「貴様も、無駄にデカく育ちおって! 牢に入りたいのか!」
「何いってるんだい、こいつは。あんた、何の権限があって――」
「はいはい、はいはーい、皆さん落ち着いて! 組合長さんちょっと、ちょーっと! こらえて!」
顔立ちの整った細身の青年が割って入った。青衣に身を包んでいる。クショフレール大公国第三聖騎士団の隊服だ。背が高い。優男の上に背が高い。生意気な――。
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