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向背
5.
「大神官さま。――――あっ」
ちゃらちゃらと音を立てそうにノリの軽い青衣の優男がミヒルに呼びかけ、はっ、と姿勢を改めた。
「申し訳ありません、間違えました。大神官さまでなく――」
「かまわぬ。遠からず誤りでなくなろう」
――愛いやつめ。
この優男も背が高く女にモテモテの生意気な連中のひとりかと思っていたが、それだけでもないらしい。ミヒルは権力が好きだ。自分が手にした権力に他人がおもねるさまを眺めるのがたまらなく好きだ。目の前で細身の青年が優雅に跪き、ミヒルの小さな手をとった。
「つい先ほどヴェーメルめが地下牢へ入り、第三聖騎士団の団長位が空いてしまいました」
「このままにしておけぬな?」
「おっしゃるとおりでございます。さあ、こちらへ」
優男はミヒルを、まるで貴族の令嬢に相対するかのように恭しく執務室のヴェーメルの席へと導いた。正直、悪い気はしない。教会総本山マウエン教国大宮殿の大神官の執務室ほど絢爛豪華ではないが、飾り気のないどっしり広々とした机、同じく一見質素なようで座り心地のよさそうな椅子は権力者の座にふさわしい重厚な存在感を示している。対魔界防衛拠点の頂点だ。脳筋どもにいいようにさせておくのは忍びない。
――第三聖騎士団団長、か。
いずれ手に入れる大神官位に箔をつけるのにちょうどよいではないか。
ミヒルはいそいそとやたらに大きい椅子に腰を沈めた。
「大宮殿とクショフレール大公国本部教団から正式な辞令が届くまで、大神官たるわたしが団長臨時代行として第三聖騎士団の指揮を執ろう」
「――ではミヒルさま、着任のご宣言を」
優男がじりり、と後退る。
「うむ。これからはわたしがクショフレール大公国第三聖騎士団団長だ。ひれ伏せ脳筋ども、ぉ――っ?」
「皆、衝撃に備えろ!」
第三聖騎士団副長テイメン・クラーセンが言い終える前に
ぐ、にゅう、うう。
空気が重苦しく歪んだ。
「――何だって? ――えっ? 入国してからぎりぎり三日経ってないって、このおっさん、不眠症になるのこれからってこと? じゃあ安眠枕もあつらえずにこんな奥地まで来ちゃったの? 第一聖騎士団さんはおっさんを呪い殺すおつもりなんですかね? だいぶ偉そうだったけど泡噴いちゃったままで平気?」
「面目、ない……」
「あんたら第一聖騎士団なんだからさ、呪いで大変なことになった要人の扱いなんて慣れっこだろうに」
「す、すまない。あまりに押しが強くて……」
まばゆい白の隊服に身を包んだ首都の聖騎士たちが対魔界防衛最前線の呪いのきつさに目を白黒させている。
執務室の階は「団長を呼び戻せ、早く!」「呪具師殿を、秘書官殿を呼べ、急げ急げ」と大騒ぎになっていた。
「オレらも無駄に脳筋やってるんじゃないんでね」
医務室へ運ばれる大神官補佐を見送り、クラーセンはぼそ、とつぶやいた。騒ぎに立ち会った魔物狩人組合の長ティリーが呆れたように首を振る。
「大神官補佐を嵌めるとはあんた、――顔のわりに悪辣だね」
「チャラ男ってのは性格がよくないと相場が決まっているんですよ」
マウエン教の聖騎士になるための修練や勉学のほかに高い運動能力と体力、さらに第三聖騎士団入団の条件として強い呪い耐性が求められる。魔人との戦闘に備えるだけでなく地下迷宮の呪いを引き受ける肉の壁となるためだ。特に副長は団長に万が一のことが起きた場合に代理を務めるため頑強な肉体が必要とされる。
――オレなんぞ、ルドの足もとにも及ばないけどな。
団長不在の際、それを痛感したゆえに思いついた策ではあった。呪い耐性も体力もろくにない者――たとえば大神官補佐ミヒル――が団長着任宣言などしようものなら、「地下迷宮のお気に入り」と呼ばれる桁違いの呪いを身に受けることになる。きいきいうるさい輩を黙らせるのに打ってつけだ。ただし、団長位にある者が呪いを引き受けられなければ当然のこと、溢れて周囲の者、ひいては宿場街グロムに被害が及ぶ。
扉を開け放したままの執務室の外、廊下を慌ただしく行き来する人々の中に明らかに顔色の悪い者がいるのが見える。
クラーセンは呪いを引き受けるべく、ルドの席にどっかと腰を下ろした。
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