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向背
11.
「どのくらい被害が広がっていると、思います?」
「わ、分かりません……」
エステルは衛生兵たちと小声で囁き合った。
医務室は有事に備え砦の一階、シーララ門寄りの一角にある。比較的近いというのに、門が破られた騒ぎにまったく気づかなかった。
何もかもこいつが悪い。
視線がベッドに縛り付けられたままの大神官補佐へ向かう。
「……?」
ミヒルがきょとん、としている。医務室の枕に入れたまじないが効いてきたらしい。顔色がよくなってきている。
――こいつが要らぬ騒ぎを起こさなければ……。
そもそも第三聖騎士団はシーララ門に対応するだけですんだはずだ。エステルと衛生兵は目を逸らし苦い溜め息をついた。落ち着いたのなら、手足を縛っておく必要もない。衛生兵たちがしぶしぶといったようすでミヒルの拘束を解いた。
「魔界の者どもは、何をしにここまでやってきたのか?」
手首をさすりながら大神官補佐ミヒルが起き上がった。
「わたしはマウエン教会大神官、――補佐にしてクショフレール大公国第三聖騎士団団長であるぞ。申すことあらばいうてみよ」
今度は魔人ふたりが驚きに目を瞠った。
「タピオ王子、ほんとにこの人間が第三聖騎士団の団長なの? 話が違う。どえらくデカくて強くて怖いって」
「いやいやいや、団長はヴェーメルとかいう小童のはずだし、あいつはデカくて強くて怖い。こんなんじゃない」
「こんなんじゃないとは何だ! こんなんじゃない、とはァ?」
怪鳥のような声を上げ、大神官補佐ミヒルがふたたび喚きはじめた。
* * *
呪いを引き受けて数十分の間にぐったり疲れてしまったテイメンと交代して、ルドは執務室の自席に着いた。
ぐにゅ、ううう。
熱で溶けた飴のような、しかしぬくもりなどまるでない氷のような、ねっとりした気配が体の奥を縛ろうと入り込んでくる。すっかり馴染みになった不眠の呪いの気配だ。まとめてそれを引き受け、ルドは離席中の執務を確認し始めた。
「人員の配置なんだが――」
テイメンが書類を差し出した。
「きみに任せる。それより、シーララ門はどうなってる?」
「待たせすぎみたいでさあ」
テイメンはルドの離席中に受けた報告について話し始めた。
「魔人使者団がイラついてるとさ」
「なるほど。――で、連中の要求は何だ? 動きの優先順位が変わってくるだろ? 確認しておきたい」
「要求って?」
「俺が地下牢へ行くとき届いていた魔界使者団からの書状、――おい、まさか読んでないのか?」
「読んで、ない。オレの前の団長代行、あの糞神官だったし――」
ふたりは表情の抜け落ちた顔を見合わせた。
「どこだ、書状」
「や、ヤバい」
机の上、抽斗、脇机、応接コーナーのソファ、と捜しまわりルドは机の下から書状を拾い上げた。封筒の上に先の尖った靴跡がぺとんとついている。独特のその跡は明らかにマウエン教会本山上層部の間で流行している靴と一致していた。ピネッキ砦のような辺境では誰も履かない類いのもの、つまり大神官補佐ミヒルが踏みつけにしたとひと目で分かる。
「……」
「うわ、わわ、すまん、ルド……」
「いや、糞神官殿に引き継ぎをしなかった俺が悪い。話を聞いてもらえたとも思えんが」
手早く封を切り、取り出した書状を読んだルドの表情が険しくなった。
――ステラが見せようとしていた手紙に書かれていたのは、このことか……!
がば、と立ち上がり剣をとる。
「なっ、――ど、どうした?」
「魔人どもの要求はステラだ」
「ステ、――秘書官ちゃんか? な、なんで?」
廊下が騒がしい。ルドはつかつかと部屋を横切り、扉を開けた。
「だ、団長は? こっちに?」
「今、どこに報告へ行けばいいんだ? 地下か?」
「あっ団長、こちらにおいででしたか! 門が――」
疲れ切った衛兵がよろよろとルドの前へ進み出た。
「シーララ門が、ゴーレムに破られました!」
「何だと?」
ルドの顔が青ざめる。
――医務室は、シーララ門に近い。ステラ……!
躊躇は一瞬だった。
「非戦闘員をグロムへ避難させろ。完了後に隔壁を鎖しグロム門を遮断せよ。砦全体でなくグロム門を堅守するよう人員を再配置だ。事態が変わったら首都へ急使を送れ。任せたぞ、テイメン」
「はっ。――団長は」
「使者団と話す」
「ごっ、護衛、は?」
「要らん」
ルドは急ぎ足で執務室から一階へ向かった。テイメンや衛兵、聖騎士たちの間には秩序が戻りつつあるが、非戦闘員である砦の職員たちはそう簡単に切り替えられない。
「すまん、通してくれ! 頼む!」
廊下を右往左往する人々が波のようにルドの行く手を阻む。
* * *
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