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向背
12.
何の用があって人間側、マウエン教界の版図へ乗り込んできたのかという大神官補佐ミヒルの問いに「書状届けたよな?」「な?」と首を傾げていた魔人たちであったがまあよかろう、と抱き枕を携えたタピオが優雅に一歩進み出た。
「我々は、そちらの女性を迎えに来た。他には特に――」
「ゴーレムにちょっと水をやってくれれば、今回はそれでいい」
角四本が横から口を挟む。
「そう。欲しいのはそこの女性と、水。それだけだ」
「よいのではないか? くれてやれば」
大神官補佐ミヒルが軽く頭を振りうなずいた。壁に貼りついていた衛生兵たちが慌てる。
「神官殿、勝手にそんな――」
「神官、ではない! 大神官――補佐、だっ! それに勝手でもないわ! わたしはあのよく分からんぐんにゃりした呪いに襲われてまで第三聖騎士団の団長になったのだぞ? 決して勝手に許可をしているのでは、ない!」
「いや、しかし『地下迷宮のお気に入り』はもう――」
「脳筋どもはァ、黙っとれエエェ!」
またぞろミヒルが喚きはじめた。ベッドの上でだすだすだす、と足をじたばたさせる。
「魔界には、まいりません」
エステルが口を開いた。
「他国の神官の命令には従えません。私は、クショフレール大公国第三聖騎士団団長付秘書官です」
「だからその第三聖騎士団団長がこの! 大神官――補佐、のミヒルだっていってんのオオォ! 黙ってこのミヒルに従えエエェ!」
ぜいぜいと、肩で息をしながらミヒルは傍らに転がっていた枕を抱き寄せた。
「女、エステル・ランキラとか、いったな? だいたい、――あのドミニクスの腰巾着が正体を知ってなお今までどおり貴様を秘書官として側に置くとでも思っておるのか?」
「…………っ」
「わたしなら、御免被る。秘書官はモンスから優秀なのを連れてくるに限る。魔人混ざりなど、仕事にならん上に何をやらかすか分からん」
「おまっ、糞神官、いっていいことと悪いことが――」
衛生兵のひとりが激昂した。ミヒルがきえええ、と怪鳥のごとき叫びを被せる。
「ええい、分からんやつだな! 普通のクショフレール大公国の民に、魔人の血などほとんど残っておらぬわ。ただし、そこの女は違う。魔人の孫だぞ? 魔人混ざりといって何が悪い」
「…………」
いったんいきり立った衛生兵がちらとエステルに向けた視線を逸らした。
目の前が暗くなる。
ついさっきのことなのに、地下牢でルドと過ごした時間が遠く感じられる。
――手紙を見せなくて、よかったのかもしれない。
真実を伝えそこねたことが気がかりだった。しかしこの衛生兵たちのようにルドが自分から目を逸らしてしまったら、――想像するだけで身を切られるようにつらい。
「エステル」
目の前に影が差した。頭に角が一本、タピオ王子だ。
「いい名前だ。その名は、父親が?」
「いいえ、祖母がつけてくれました」
「そうか、ミルヤが……」
タピオが涙ぐんだ。
ミルヤは当たり前だが、エステルが生まれたときから祖母だった。おばあちゃんと呼んでいたその人に若いころがあり、目の前の魔人と恋をしたことがあったとは。にわかには信じがたい。
「ランキラという姓は、父親のものか?」
「はい」
「ではミルヤが産んだのは、わたしの娘か。せめてひと目、会いたかった……」
褐色の肌に砂色の髪、琥珀色の目をして頭に角を一本生やした異相の麗人が嘆いた。少し暗めの肌の色や明るい髪色、たまに見せたさびしげな微笑み――記憶の中の母キルシには目の前の魔人の面影がある。
「たった六十年で、いなくなってしまうなんて。――人間は、儚いな。エステル、魔界へ帰ろう」
「タピオ、殿下……」
「祖父だと急に名乗っても実感が湧かないかもしれないが、わたしは人間どもとは違う。おまえをこんなふうに――」
抱き枕のステラを抱いたタピオは、エステルの向こうにいるミヒルや衛生兵たちへ向けた琥珀色の目を
す。
細めた。
「掌を返すように突き放したりしない。わたしはまだ二百歳を超えたばかり、まだまだ人生は長い。大事な孫娘のおまえにさびしい思いをさせはしないさ。――さ、帰ろう」
エステルの肩を抱こうとしたタピオに、大神官補佐ミヒルが
「魔人混ざりなど、追い出せてせいせいするわ。帰れ、帰れ」
嗄れてすかすかした声を投げつけた。両手でエステルがまじないを仕込んだ枕をひし、と抱え込んでいる。
「――っ」
衛生兵たちが怯えて壁にへばりついている。
ついさっきまで、――大神官補佐のミヒルはともかく――同じ砦の仲間だった人々が恐ろしいものを見るかのように震えている。
――私が人間じゃない、から。
ルドもこんな顔をするんだろうか。
見たくない。見てしまったらきっと、耐えられない。
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