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向背
15.
しおりを挟む「それと女、第三聖騎士団の隊服は、置いていけ。その服は人間のものだ」
「貴様っ、……、ステラ?」
エステルは青いジャケットを脱ぎはじめた。
「いい! いいから、着ていっていいから」
「いいえ」
「くそっ」
毟るようにボタンを外しルドもジャケットを脱いだ。シャツの露わになったエステルの肩にかける。
「俺のを着ていけ」
エステルは脱いだジャケットをルドに渡した。
「――内側のポケットに工房と、祖母からの手紙が入っています」
「分かった」
溜め息をつき、ルドはだぶだぶのジャケットを羽織るエステルの肩を撫でた。
「俺はきみを諦めないぞ」
囁くルドに背を向ける。エステルは門へ向かった。
「お待たせしました。――あ」
「まだ、何かあるのか」
タピオの腕の中にある抱き枕をじっと見る。
「こちら、第三聖騎士団の団長に返してください」
「えっ」
抱き枕をぎゅう、と抱き締めタピオが首を横に振った。
「厭だ」
「その枕がないと、あの人、眠れないんです。返してください。――それからクラディ、お仲間と手分けして、門に吊してある人たちを降ろして」
「…………」
クラディが恭しく角を一本のみ残す大きな牛頭を下げた。
ゴーレムたちがするすると蔓草を伸ばし、蓑虫のように縛られたハンターや衛兵たちを門の内側の広場に並べていく。その中に、悔しげに身動ぎするオルガの姿もあった。
「王子、それ早く返してあげなよ」
「え、えええ」
「そもそも王子がそんなもん盗むから話がややこしく――」
「だって、ミルヤの魔力のにおいがするのに――」
「だってもへったくれもない。返しなよ」
「返してください」
角四本の魔人とエステルに促されてタピオは渋々シーララ門前広場を横切った。クラディがおっとりとついていく。
「これ、返す」
「…………」
表情の抜け落ちた顔でルドが角が一本生えた頭を見下ろす。
「ふん、女型の枕か。情けないぞ、ドミニクスの腰巾着め。こんなものに頼るから、魔人の女などにつけ込まれるのだ。要らん、要らん」
傍らで顔をのぞかせていた――ルドの巨体の陰に隠れていたともいう――大神官補佐ミヒルが一歩、前に出ようとした。
だす、っ、だすだすだすっ、だすっ!
蔓がミヒルの足もと、尖った靴の先を正確に縫うように刺さる。
「ひ、ぃっ」
盛大に砂埃を蹴立ててミヒルがひっくり返った。
「ひぇ、っ、や、やめっ」
泣き叫ぶミヒルのばたつかせている体をなぞるように正確に
だすっ、だすだすだすだす。
蔓が礼服を撃ち抜く。砂地にミヒルを縫いつけたクラディが蔓をするすると体に戻し、大きな両手をタピオに差し出した。
「え、えええ? どうしても、返さなきゃ駄目か? 今のって、返さなくていい流れじゃなかったか?」
「…………」
「うううん、分かりたくないけど分かった。仕方ない……」
心底厭そうにタピオがのろのろと抱き枕をクラディに手渡す。クラディは蔓草の両手で捧げもった抱き枕を
す。
差し出した。ルドが受け取るとおっとりと半歩下がり、片手を胸にあてる。木でできた牛頭の虚ろな眼窩がルドをじっと見下ろす。瞬きふたつほど、じっとルドを見つめたのちクラディはタピオに随いシーララ門へ戻っていった。
ピネッキ砦の面々が力なく見守る中、魔人使者団はエステルを連れてシーララ門に架けられたゴーレムの蔓橋を渡っていった。毟り取られぽかりと空いた門の形をした空隙から有翼狼、蜥蜴のような大きな魔獣数頭が牽く車の隊列が去って行くのが見える。
「…………」
隊列が見えなくなった後も、ルドは立ち尽くしていた。
シーララ門を緑で覆わんばかりに絡みついていたゴーレムの蔓草がしおしおと萎れていく。上がりかけた跳ね橋、涸れ谷に落とされた門扉、鐘楼で傾いだままだった鐘に絡みついていた蔓が乾きひび割れびちりびちりとちぎれ、塵と化していった。
かん、か、……ん。
鐘楼で鐘が揺れ力なく音を立てる。
ず、ずず、……ん。
シーララ門に架けられていた蔓橋がちぎれ涸れ谷に落ちた。
不可侵協定締結以来千年、マウエン教界を堅守しつづけたピネッキ砦が破られた。魔界に対し優位にあると信じ切っていたマウエン教界の人間たちは駘蕩たる眠りが頼りない足場の上でぐらつく危ういものだったと知る。
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