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向背
16.
* * *
ピネッキ砦に駆けつけた大神官ドミニクスが固く鎖されていたグロム門を開けさせたとき、すでに日が暮れかけていた。
のろのろと力なくゴーレムに破られた設備の後片付けをする第三聖騎士団の衛兵や職員、聖騎士たちをかき分けるようにしてやっとシーララ門前広場にたどり着いたドミニクスが目を剥く。
「――ちょっとこれ、どういうことよ」
破られたシーララ門を向いてルドが彫像のように立ち尽くしていた。シャツに青のトラウザー姿で、サイズの合わなそうなジャケットとやたらに先の尖った木の棒、故眠りの魔女ミルヤ・キヴァリ最後の作品〈碧杖印〉六十三番の人型枕を片腕でまとめて抱えている。
「負けました、魔人に。俺の責任です」
「ヴェーメル、めったなことをいうもんじゃないわ」
ルドは手に持ったジャケットの内ポケットから二通の手紙を取り出した。
「今日、午前の便で届いたキヴァリ工房からの書状です。消印は俺が彼女を首都から連れ出した翌日でした」
「読んでもいいのかしら」
ルドが気怠くうなずく。
短い手紙だった。暮れつつあるほの暗い光でも読める。短い二通の手紙に二度、三度繰り返し目を通してドミニクスは元どおり丁寧にたたんで青のジャケットにしまうと後ろを振り返り
「第三聖騎士団副長のテイメン・クラーセンをつれてまいれ」
控えていた第一聖騎士団の兵に命じた。
「先にここに着いているはずの大神官補佐ミヒルはどこか」
「分かりません」
「手分けして探せ。団長執務室に即刻出頭するよう伝えよ。抗う場合は拘束を許可する」
「はっ」
白の隊服の聖騎士が下がっていく。
「ドミニクスさまは、ご存じでしたか? 手紙に書かれていたことを」
「いいえ」
大神官ドミニクスは黒の素っ気ない祭服の裾を捌き、ルドに向き直った。
「嘘じゃないわ。知らなかった。キヴァリの婆さんも水臭いわよね。あらかじめ教えておいてくれれば手の打ちようもあった。――あったはずよ」
ドミニクスが痩せて骨張った手でぽんぽん、とルドの背中を撫でる。
「つらいわね。よくこらえていると思うわ。でも、まだやることがあるわよ」
「できません。俺には、無理です」
「そういわないの。団長執務室へ行くわよ。――ほら早く、いらっしゃい」
ドミニクスに促され、ルドはのろのろと足を踏み出した。
第三聖騎士団団長執務室の空気が重い。
「…………」
団長席でルドが机に両肘をつき組んだ手に唇を落としている。ただでさえ冷たく厳めしい印象を与える青い目が虚ろに澄んで無機物のようだ。ルドの側には心労でやつれた副長のテイメンが控えている。椅子に腰掛けた大神官ドミニクスは質素な黒の祭服の裾をしゅば、と捌き足を組んだ。
「呼び出したらすぐに来なさいよ、ミヒル」
「きっ、貴様に命令される謂われはない! わたしは大神官! 補佐だっ」
「わたしはマウエン教会の大神官だ。そしてクショフレール大公国聖騎士団の団長でもある。ミヒル、あんたに命令する謂われなんていくらでもあるわよ? ちなみにその大神官補佐っていう地位だけどさ――」
ドミニクスは埃まみれの礼服に身を包み医務室の枕をひしと抱くミヒルを冷たく見やった。
「与えられた持ち場を離れた時点で放棄したと見なされているけど?」
「放棄など、するものかっ」
「あらぁ」
常ならば物腰の柔らかなドミニクスの表情が険しい。
「法王聖下に任されたお仕事は何だったかしら? クショフレール大公国聖騎士団からマウエン教国本山への連絡と文書確認ではなかった? 聖下はミヒルが細かいところに気がつくってご認識だったみたいだけどあんた、単に重箱の隅を楊枝でほじくるのが好きってだけだし――」
「莫迦にするな!」
ミヒルは立ち上がりドミニクスに詰め寄ろうとした。が、白の隊服の聖騎士にがっしと肩を掴まれて浮かせかけた膝をまた床につく羽目になった。「触るな、わたしに触るな!」と聖騎士の手を振り払い、ミヒルがドミニクスを睨みつける。
「そこで偉そうにしている強面の腰巾着はな、魔人混ざりの間者を知らずに愛人にして、秘書官として機密まで扱わせていたんだぞ?」
虚ろな目をしたルドから地を這うような唸り声が聞こえてきてミヒルはびくりと肩を震わせた拍子に手から枕を落とした。
「……っふ、えっ」
慌てて拾い上げる。
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