聖騎士と眠りの魔女 ―ダブルワーク女子は抱き枕の身代わり―

uca

文字の大きさ
64 / 87
向背

16.


     *     *     *

 ピネッキ砦に駆けつけた大神官ドミニクスが固くとざされていたグロム門を開けさせたとき、すでに日が暮れかけていた。
 のろのろと力なくゴーレムに破られた設備の後片付けをする第三聖騎士団の衛兵や職員、聖騎士たちをかき分けるようにしてやっとシーララ門前広場にたどり着いたドミニクスが目を剥く。

「――ちょっとこれ、どういうことよ」

 破られたシーララ門を向いてルドが彫像のように立ち尽くしていた。シャツに青のトラウザー姿で、サイズの合わなそうなジャケットとやたらに先の尖った木の棒、故眠りの魔女ミルヤ・キヴァリ最後の作品〈碧杖印〉六十三番の人型枕を片腕でまとめて抱えている。

「負けました、魔人に。俺の責任です」
「ヴェーメル、めったなことをいうもんじゃないわ」

 ルドは手に持ったジャケットの内ポケットから二通の手紙を取り出した。

「今日、午前の便で届いたキヴァリ工房からの書状です。消印は俺が彼女を首都から連れ出した翌日でした」
「読んでもいいのかしら」

 ルドが気怠くうなずく。
 短い手紙だった。暮れつつあるほの暗い光でも読める。短い二通の手紙に二度、三度繰り返し目を通してドミニクスは元どおり丁寧にたたんで青のジャケットにしまうと後ろを振り返り

「第三聖騎士団副長のテイメン・クラーセンをつれてまいれ」

 控えていた第一聖騎士団の兵に命じた。

「先にここに着いているはずの大神官補佐ミヒルはどこか」
「分かりません」
「手分けして探せ。団長執務室に即刻出頭するよう伝えよ。抗う場合は拘束を許可する」
「はっ」

 白の隊服の聖騎士が下がっていく。

「ドミニクスさまは、ご存じでしたか? 手紙に書かれていたことを」
「いいえ」

 大神官ドミニクスは黒の素っ気ない祭服の裾を捌き、ルドに向き直った。

「嘘じゃないわ。知らなかった。キヴァリの婆さんも水臭いわよね。あらかじめ教えておいてくれれば手の打ちようもあった。――あったはずよ」

 ドミニクスが痩せて骨張った手でぽんぽん、とルドの背中を撫でる。

「つらいわね。よくこらえていると思うわ。でも、まだやることがあるわよ」
「できません。俺には、無理です」
「そういわないの。団長執務室へ行くわよ。――ほら早く、いらっしゃい」

 ドミニクスに促され、ルドはのろのろと足を踏み出した。


 第三聖騎士団団長執務室の空気が重い。

「…………」

 団長席でルドが机に両肘をつき組んだ手に唇を落としている。ただでさえ冷たく厳めしい印象を与える青い目が虚ろに澄んで無機物のようだ。ルドの側には心労でやつれた副長のテイメンが控えている。椅子に腰掛けた大神官ドミニクスは質素な黒の祭服の裾をしゅば、と捌き足を組んだ。

「呼び出したらすぐに来なさいよ、ミヒル」
「きっ、貴様に命令されるわれはない! わたしは大神官! 補佐だっ」
「わたしはマウエン教会の大神官だ。そしてクショフレール大公国聖騎士団の団長でもある。ミヒル、あんたに命令する謂われなんていくらでもあるわよ? ちなみにその大神官補佐っていう地位だけどさ――」

 ドミニクスは埃まみれの礼服に身を包み医務室の枕をひしと抱くミヒルを冷たく見やった。

「与えられた持ち場を離れた時点で放棄したと見なされているけど?」
「放棄など、するものかっ」
「あらぁ」

 常ならば物腰の柔らかなドミニクスの表情が険しい。

「法王聖下に任されたお仕事は何だったかしら? クショフレール大公国聖騎士団からマウエン教国本山への連絡と文書確認ではなかった? 聖下はミヒルが細かいところに気がつくってご認識だったみたいだけどあんた、単に重箱の隅を楊枝でほじくるのが好きってだけだし――」
「莫迦にするな!」

 ミヒルは立ち上がりドミニクスに詰め寄ろうとした。が、白の隊服の聖騎士にがっしと肩を掴まれて浮かせかけた膝をまた床につく羽目になった。「触るな、わたしに触るな!」と聖騎士の手を振り払い、ミヒルがドミニクスを睨みつける。

「そこで偉そうにしている強面の腰巾着はな、魔人混ざりの間者かんじゃを知らずに愛人にして、秘書官として機密まで扱わせていたんだぞ?」

 虚ろな目をしたルドから地を這うようなうなり声が聞こえてきてミヒルはびくりと肩を震わせた拍子に手から枕を落とした。

「……っふ、えっ」

 慌てて拾い上げる。

感想 0

あなたにおすすめの小説

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

初夜を拒む皇女は敵国の皇太子に溺愛される

日下奈緒
恋愛
敵国との戦に敗れた皇女リゼリアは、すべてを失い、命すら奪われるはずだった。 だが彼女の前に現れたのは、敵国の皇太子アルヴィオン。 「その方に手を出すな」――彼はそう命じ、リゼリアを花嫁として連れ帰る。 両国の友好のための政略結婚。けれどリゼリアは、祖国を滅ぼした男に心も体も許すことができず、初夜を拒み続ける。 それでもアルヴィオンは怒ることなく、花園へ連れ出し、町の視察に同行させ、常に隣で守り続けた。 「君は俺の妻だが、何か?」と堂々と庇う姿に、閉ざしていた心は少しずつ揺らぎ始める。 そんな中、祖国再興を目指す家臣が現れ、彼女に逃亡を促す。 民のため、皇女としての責務を選び、城を抜け出すリゼリア。 だが追ってきたアルヴィオンに捕らえられた彼女に向けられたのは、怒りではなく、切実な想いだった。 「放さない。君を愛しているんだ。一目惚れなんだ」――その言葉に、リゼリアの心はついにほどける。 敵として出会い、夫婦となった二人が選ぶのは、過去ではなく、共に築く未来。 これは、初夜を拒んだ皇女が、溺れるほどの愛に包まれていく物語。

イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在 唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話 中山加恋(20歳) 二十歳でトオルの妻になる 何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛 中山トオル(32歳) 17歳の加恋に一目ぼれ 加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する 加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる 会社では群を抜くほどの超エリートが、 愛してやまない加恋ちゃんに 振り回されたり落ち込まされたり… そんなイケメンエリートの ちょっと切なくて笑えるお話

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉香耶
恋愛
王女エレインは隣国との戦争の最前線にいた。彼女は千人に1人が得られる「天恵」である「ガーディアン」の能力を持っていたが、戦況は劣勢。ところが、突然の休戦条約の条件により、敵国の国王の側室に望まれる。 敵国で彼女を出迎えたのは、マリエン王国王弟のアルフォンス。彼は前線で何度か彼女と戦った勇士。アルフォンスの紳士的な対応にほっとするエレインだったが、彼の兄である国王はそうではなかった。 エレインは王城に到着するとほどなく敵国の臣下たちの前で、国王に「ドレスを脱げ」と下卑たことを強要される。そんなエレインを庇おうとするアルフォンス。互いに気になっていた2人だが、王族をめぐるごたごたの末、結婚をすることになってしまい……。 敵国にたった一人で嫁ぎ、奇異の目で見られるエレインと、そんな彼女を男らしく守ろうとするアルフォンスの恋物語。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました