67 / 87
アウヌラ宮殿へ
1.
しおりを挟むエステルは恐る恐る車窓の外へ目を向けた。
そこは深い洞穴だった。底がどれほど先にあるかまるで分からない。
有翼狼や蜥蜴の魔獣が牽く竜車二台がすべてひとつの大きな光の術式陣に載り、ゆっくりと闇の中を降下している。見上げると、怪物級ゴーレムのクラディが光を照射している。その光が描く術式で魔法を発動しているようだと察しはつくが、どんな仕組みなのかまでは理解が及ばない。
「すごい……」
つぶやいたエステルをタピオが
「しっ」
唇に人差し指をあて窘めた。
「静かに。ここは大砂龍縲緤獄だ」
「だい? るいせつ、――何ですって?」
しいいい、とさらに強く制止される。
やがて光の陣に載った一行は巨大な洞穴の途中につくられた扉の前で宙に浮いたまま停止した。クラディが手をかざすとゆっくりと軋みながら扉が開く。その軋みに応えるように
ぞ、ぞごご……。
洞穴のはるか下のほうから巨大な何かが蠢く気配が伝わってくる。
ぞ、ぞぞ、ご……。
何かの気配がのぼってくる前に、一行は扉の奥、横穴へ吸い込まれた。ぎちぎちと軋みながら扉が鎖される。
ずぶ、ぶぶ、ぶ……。
向こう側で、扉を巨大な何かが撫でさすっている。
――違う……。
得体の知れない大きな何かが扉をこじ開けようとしている。
「……っ」
エステルは悲鳴を飲み込んだ。隣の席に戻ってきたクラディが蔓草でできた手でそっとなだめるように背中を撫でる。
初めのうちそろそろと辺りをはばかっていた竜車が、やがてごとごとと軽やかに進み始めた。
「ふう」
タピオが安堵の溜め息をついた。
「ここまで来れば安心だ」
「さっきのあれ、……何だったんですか」
「大砂龍縲緤獄さ」
緊張を解いたシピが「息がつまるようだったね」と笑い、タイを緩める。
「われら魔人が数で圧倒的に不利であるにもかかわらず、千年の間無事に過ごせている理由のひとつがさっきのあれというわけだ」
地下迷宮――魔人にとってはアウヌラ宮――はムビ砂漠の地下、東西に細長くつくられている。空気穴は随所に設けられているが、門は西端の西幽門と東端のニムーブ門のふたつのみ。
ニムーブ門は誰もその底を知らないほど深い縦穴に設けられ、通り抜けるには魔術師あるいは鍵となるゴーレムを伴う必要がある。この深い縦穴が大砂龍縲緤獄だ。底に巨大な砂龍が住みニムーブ門を守っている。
「魔人も油断すれば喰われてしまうくらいだ。人間どもの侵入はいっさい許さない」
安心していい、とタピオがうなずいた。
その夜はニムーブ砦で休むことになった。
人の気配は感じられず砦はしん、と静まり返っている。
「われらを除けばゴーレムと騎獣、輓獣しかいない。静かなだけが取り柄の味気ないところだ」
「お嬢ちゃんを迎えて祝勝会と洒落込みたいところだが明日も急ぐし、今夜は休もう」
エステルよりいくぶん背が高い程度の大きさのゴーレムたちと廊下ですれ違った。蔓草でできた片手をうやうやしく胸にあて道を空ける。やはり木でできた牛頭をしていて角はクラディより短い。
「かれらは妖精級のゴーレムだ。まだまだつくられて間がないから少し不器用なところもあるけれど頼りになるよ。困ったことがあれば声をかけるといい」
寝室の用意から着替えの手伝いまでかいがいしくゴーレムが世話をしてくれた。戸惑っていたはずなのにエステルは寝心地のよいベッドでぐっすりと眠った。
10
あなたにおすすめの小説
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
完結(R18 詰んだ。2番目の夫を迎えたら、資金0で放り出されました。
にじくす まさしよ
恋愛
R18。合わないと思われた方はバックお願いします
結婚して3年。「子供はまだいいよね」と、夫と仲睦まじく暮らしていた。
ふたり以上の夫を持つこの国で、「愛する夫だけがいい」と、ふたり目以降の夫を持たなかった主人公。そんなある日、夫から外聞が悪いから新たな夫を迎えるよう説得され、父たちの命もあり、渋々二度目の結婚をすることに。
その3ヶ月後、一番目の夫からいきなり離婚を突きつけられ、着の身着のまま家を出された。
これは、愛する夫から裏切られ、幾ばくかの慰謝料もなく持参金も返してもらえなかった無一文ポジティブ主人公の、自由で気ままな物語。
俯瞰視点あり。
仕返しあり。シリアスはありますがヒロインが切り替えが早く前向きなので、あまり落ち込まないかと。ハッピーエンド。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
渡りの乙女は王弟の愛に囚われる
猫屋ちゃき
恋愛
現代日本から異世界へと転移した紗也。
その世界は別の世界からやってくる人や物を〝渡り〟と呼んで大切にする。渡りの人々は五年間、国の浄化などを手伝うことと引き換えに大切に扱われる。
十五歳のときに転移した紗也はその五年間を終え、二十歳になっていた。紗也をそばで支え続けた王弟であり魔術師のローレンツは彼女が元の世界に帰ることを望んでいたが、紗也は彼のそばにいたいと願っていた。
紗也ではなくサーヤとしてこの世界で生きたい、大好きなローレンツのそばにいたい——そう思っていたのに、それを伝えると彼はがっかりした様子で……
すれ違い年の差ラブストーリー
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。
【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~
双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。
なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。
※小説家になろうでも掲載中。
※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。
淫紋付きランジェリーパーティーへようこそ~麗人辺境伯、婿殿の逆襲の罠にハメられる
柿崎まつる
恋愛
ローテ辺境伯領から最重要機密を盗んだ男が潜んだ先は、ある紳士社交倶楽部の夜会会場。女辺境伯とその夫は夜会に潜入するが、なんとそこはランジェリーパーティーだった!
※辺境伯は女です ムーンライトノベルズに掲載済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる