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アウヌラ宮殿へ
2.
翌朝ニムーブ砦を発ち西へと進んだ。驚いたことに、地下にあってもアウヌラ宮は暗闇ではなかった。ほんのり明るい。
「奥へ進めばもっと明るくなるぞ」
タピオがいうとおりだった。
アウヌラ宮の壁は白く光沢がある。通風口から光を取り入れ、術式で制御された鏡で拡散する仕組みだという。夜の間、ゴーレムが壁や鏡のメンテナンスをしているため明るさが確保されている。
ニムーブ砦を発つときにクラディたち怪物級の十体と別れた。
怪物級のゴーレムは魔人の世話係としても社会基盤のメンテナンス係としても兵としても経験豊かであるが育ちすぎて巨大なため、自壊までの数十年をニムーブ砦で過ごすという。
「角を置いてきてしまって、ごめんなさい」
別れ際、エステルが謝るとクラディは
「…………」
蔓草と苔でできた大きな手をおっとりと左右に振った。
「気にしなくていいとさ」
「私もいつか、ゴーレムのいっていることが分かるようになるでしょうか」
「なるんじゃないかなあ。オレらも何となーく、ってだけだけどな」
怪物級のゴーレムを乗せられる竜車は大きすぎてアウヌラ宮の道路では小回りが利かないとかで小さいものに乗り換えている。随伴のゴーレムも怪人級と妖精級に変わった。
目的地の奥宮は西幽門そばにあり、ニムーブ砦から竜車で数日かかるという。
「ゴーレムに興味があるなら、畑に寄るか?」
「はたけ? ゴーレムって畑でできるものなんですか?」
「ゴーレム畑はもうちょっと浅いところにあるから、着くのは明日あたりかな」
前の席のシピが振り返り笑った。
エステルの隣には怪人級のゴーレムが座っている。スコーペという名前だという。クラディに比べると身のこなしがてきぱきしている。魔人の二十歳はまだまだ子どもであるらしい。スコーペもエステルを子どもだと認識していて、こまごまと世話を焼いた。毛布を膝にかけ、退屈しないようにとの配慮か、木の鎧の代わりにまとったエプロンのポケットから飴だの指人形だの絵本だのを取り出し勧めてくる。
「そんなに、気を遣わないで」
困り顔でスコーペを見上げたエステルの目からぽろぽろと涙がこぼれた。
スコーペの背丈はルドと同じくらいだ。
隣に座って見上げたときの首の角度が記憶の中のそれと一致する。
――ただそれだけのことで、泣けてくるなんて。
エステルをあやすつもりだったのか、両手の指先で器用に踊っていた小さな人形たちがぽろんぽろん落ち、スコーペは慌てたようにエプロンのポケットを探り膝からこぼれた指人形を拾い集め、またあわあわとポケットを探った。
「だいじょ、うぶ。へ、いき……」
だぶだぶのジャケットから取り出したハンカチに、エステルは顔を埋めた。
ルドのハンカチだ。
夜、手洗いしただけで恋しい人の気配が遠のいた。ピネッキ砦のやたらに居心地のよい地下牢で楷の実の菓子をともに食べたのが遠い昔のできごとのように思える。
前の座席から魔人たちの居心地悪げな気配が伝わってきた。困らせたくないのはやまやまだ。だけど、泣けて泣けて仕方がない。
――俺が何とかする。信じてもらえないか、ステラ。
エステルをステラと呼ぶ者はもういない。父と母、祖母は亡くなり、恋人は手放した。
諦めはついたつもりでいる。ただ、時間が必要だ。少しだけ。
飾り気のないハンカチを頬にあて、エステルはぼんやりとアウヌラ宮の街道を眺めた。明かり取りから射し込み拡散される光が白い壁、白い柱を照らす。やはり地下だからだろうか。昼でも光が弱い。
夕方になるとアウヌラ宮を照らしていた光は力を失いより一層暗くなった。闇に、青く星のような光が点々と浮かぶ。
「蓄光石だ。昼の間に蓄えた光を夜になると放出する」
熱くないぞ、とタピオに促されエステルは恐る恐る柱に埋まっている蓄光石に触れた。近くで見るとまばゆいほどに輝いているのに、炎と違い熱を発していない。
その日の宿は街道から逸れて進んだ山道の果て、眼下に渓谷を望む場所にあった。
「朝になれば川が見えるだろう。いい眺めだぞ」
宿のゴーレム心尽くしの夕餉をいただいたあと、タピオがエステルの部屋にやってきた。
「ここは魔術師の別荘だったところでな」
アウヌラ国六十六侯と呼ばれる名家の出身だったという。
「家主はもういないんですか」
「ゴーレムを創り出した優秀な魔術師の家系だったのだが、わたしが生まれる前に絶えてしまった」
部屋の窓を開けるとさわさわと木々が風に揺れる気配がする。
「六十六侯って、何ですか」
「我がアウヌラ国の貴族だ」
シピは六十六侯のひとつ、メリカント家の当主だという。
「メリカント家はよいのだが、六十六侯の面々の悩みは後継者問題だ」
跡取りがいない家が増えている。アウヌラ王家もエステルが見つかるまではそうだった。
「よその家から迎えるわけにいかないのですか」
「そうもいかない。魔界は子どもが少なくてな。わたしの父ネストリは慨嘆王と呼ばれている。国民の数が減る一方なのだ」
タピオは苦笑いした。
「――子どもに聞かせるにしては世知辛い話だったな。こういったことは追々、大人になるにつれ知ることになるさ。明日は宿の裏手にあるゴーレム畑を見に行こう。あたたかくして休め」
ぽんぽん、と頭を撫でてタピオは自室へ戻っていった。
「子どもじゃ、ないんだけど……」
繰り返し主張しているのに聞いてもらえない。
ゴーレムにも子ども扱いされているようで用意された服も部屋の調度もいちいちかわいらしい。愛らしい花模様のベッドに横たわって枕もとにルドのジャケットを置き、そっと撫でているうちに眠気がやってきた。
移動続きの上に昼間泣いてしまって疲れたからだろう。エステルはその夜もぐっすり眠った。
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