聖騎士と眠りの魔女 ―ダブルワーク女子は抱き枕の身代わり―

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アウヌラ宮殿へ

4.


 ぴちち、ち。
 鳥の囀りが聞こえる。鎧戸の隙間から射し込む光がまばゆい。

「……」

 目覚めは悪くない。いけ好かない神官にピネッキ砦から追い出され戦利品のように祖父だという魔人の王子に連行されている現状を考えればむしろ良い。すこぶる良い。が、何か大事なことを忘れているような気がする。

――なんだろ。

 エステルは首をひねった。寝起きのぼんやりした頭では何も考えつかない。

「おはよう」

 声をかけると、部屋の隅で待機していたゴーレムが

「…………」

 おっとり優雅にお辞儀をした。


 茸や香り高い野菜のスープで朝食をとった後、宿の裏手のゴーレム畑を見学した。

「このあたりはアウヌラ宮でもだいぶ西の方だから、地下とはいえ浅いところにあって明るいのだ」

 タピオにも詳しい仕組みは分からないようだが西端は湖で、屋根や天井がなく直接日の光が射すのだとか。その湖に向け地下迷宮は浅くなるようつくられている。

――畑で採れるものなのか、ゴーレムって。

 タピオもシピも魔人だ。ふたり揃って「嘘でーす」と前言をひるがえしそうな気もする。しかしこのゴーレム畑については冗談ではなかった。

「ゴーレムはね、ゴッズマラヤチャンダナという香木から採れるんだ」

 ゴッズマラヤチャンダナは雌雄異株の半寄生植物だという。
 宿のかつての主はこのゴッズマラヤチャンダナを魔改造した。幼樹のうちは寄生せず育ち、ある程度大きくなると単独では根が発達しなくなるため宿主畑に移して成長を促す。育つと雄株は王樹に、雌株は女王樹になる。成熟した女王樹に生えた牛頭の枝を収穫して魔術で加工することによりゴーレムができあがるという。

「あれが女王樹だ」

 ゴッズマラヤチャンダナの宿主となる草木が生い茂る畑の真ん中に大きな木が一本あった。爽やかで丸い匂いがふんわりと香る。

「――ほら、ここ」

 見てごらん、と示された場所に、幹から分かれて牛頭が生えた枝があった。

「まだ牛頭が小さい。もっと大きく育つのを待ってから収穫となる」
「今は魔術師がいないと聞きましたけど、この畑の世話は誰がしているのですか」
「ゴーレムだ」
「…………」

 うまくいえない。何かが、歪な気がする。
 しばしの逡巡しゅんじゅんののち、タピオが口を開いた。

「昔、ゴーレムがなかったころ――我々魔人は人間をしもべにしていた」

 千年前まで、魔人はしばしば人間を狩りに出かけていた。農作業や土木工事、子守に家事と魔人は僕なしに暮らせない。人間を狩るのをやめたのは、マウエン教勢力との戦争で旗色が悪くなり、地下迷宮への撤退と籠城を余儀なくされたからだ。同時期、六十六侯のひとりだった魔術師がゴーレムを実用化した。

「我々の魔法文明は、停滞しているのだろうな。かつての六十六侯も今は半分以上が絶えた」
「まさか……」
「おまえが魔界でいちばん若いのだ」
「アウヌラ国にはもしかして……貴族しかいない、のですか?」
「厳密には貴族だけではない。われら王族もいる」

 エステルは言葉を失った。
 魔界は極端に人口が少なくなっている。ここに国はあっても未来を希求する民がいない。変化がない。ただかしずかれ、過去に築いた文化や文明をなでさすりしゃぶり長い、長い余生を過ごすだけの支配階級しか残っていない。

「どうしてそんな後のない国に私を連れてきたんですか」
「厭だな、後がないと決まったわけではない。我らの人生は長い。これからのことはゆっくり考えればいいさ」
「でも、……っ」

 いいかけて、エステルはどうすればいいか分からなくなって混乱した。そもそも自分の意志でこの国にきたわけではない。

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