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アウヌラ宮殿へ
7.
日が暮れてしまえば、白亜の宮殿も闇に沈んでしまう。ここ数日で馴染んだ暗闇と静けさ、ゴーレムの香りが宮殿にも染みついていた。
そこここで蓄光石が青く光る廊下をきびきびと歩きながら、ユリアが口を開いた。
「わたくしは六十六侯のひとり、ユリア・ハーカナと申します。宮廷医師であの阿呆、シピ王太子の元配偶者です」
「エステル・ランキラです」
「おじいさまに、――ひいおじいさまにもよく似ていらっしゃる」
ユリアが微笑むと、妖艶な印象が遠のき目尻に人のよさがにおう。
「実は子どものころからあまり――母譲りの垂れ目と下睫毛が好きじゃなかったんですけど」
立ち止まり振り返ったユリアの前でエステルはぶかぶかのジャケットのぐるぐると捲ってもまだ余る袖口をもじもじいじった。
「亡くなった祖母がこの目と睫毛が好きだといっていたのをこのところ、思い出したり、します……」
「お祖母さま、亡くなられたのですか」
「はい」
「そう、人間ですものね。ではお母さまは――」
「亡くなりました」
「お母さまも? 差し支えなければ死因をうかがってもよろしいかしら」
「父と一緒に、馬車の事故で」
「ああ、そうでしたか。残念です。なんと儚いのかしら……」
しばし悲しげにうつむき、「まいりましょう」とまた先に立ち歩き出した。
案内された宮殿内の部屋で身支度をすることになった。
「なるほど、大事なものだと――、分かりました。ちゃんと保管しておくようゴーレムに申し送りしておきますね」
勝手にものを捨てないと約束してくれたのでひとまずルドのジャケットやハンカチを託し、エステルは風呂を使った。持ち物の確認はされるだろうけれど、手もとに戻るならそれでいい。
用意されていた下着とガウンを身につけて浴室を出ると、ユリアが待っていた。
「検査しますね」
ガウンを脱ぐよう促される。身長や体重を測るとユリアが白銅の鏡を取り出す。
――似ている。呪具師の鏡と。
裏面に刻まれた術式からしておそらく医鏡だ。磨かれた表面にエステルの顔と重なるように術式が映っている。
「二十、歳――? ちょっと待って。まだ子どもじゃないの。百二十歳の誤りでは?」
「亡き祖母が王子と恋仲になったのが六十年前だと聞いています」
「そうでしたわ。人間の成長ってほんっと、早うございますわね」
エステルにかざした鏡を何度も見直し、ユリアは驚きに溜め息をついた。かりかりと紙に診断結果を書き込む。
「健康面で問題はありません。人間界から魔界へおいでになって何か気になること、変化などありましたか」
「変化……、あっ、忘れてた!」
「わす――?」
エステルはあたふたと頭、耳、頬、また頭へ、両手で顔を撫でた。
何ともない。安眠枕を、ピネッキ砦に置いてきたのに。
「わ、私、……毎晩ぐっすり眠っています……」
「そ、そう。とてもよいことですわね?」
安眠枕なしに眠れている。どういうことだ。
エステルは呆然とした。
大神官補佐のミヒルを診断した直後に砦を出たため、幸い呪具師の診断道具は持ち出せたが、着てきた服といっしょにゴーレムに預けてある。仮にこの場に呪具師の鏡があれば、どうだろう。エステルの顔とともに映っていたはずの不眠の呪いの術式が消えているかもしれない。
いったいどこで呪いが消えたのだろう。
クショフレール大公国を覆う不眠の呪いの発生源は地下迷宮、ここアウヌラ宮であるはずだ。実際、首都クショフレール市より塩湖のほとりのラホンダ、ラホンダよりピネッキ砦、砦より魔境と、アウヌラ宮へ近づけば近づくほど呪いは強まった。
――どこ……? 分岐点は、どこ?
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