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大砂龍縲緤獄
1.
* * *
ルドは魔物狩人組合のキャンプ地「旅舎赭絲」で途方に暮れていた。
道のりは思いのほか困難で時間を食った。これまで禁猟にしなければならないほど減っていたはずの魔物がそこここで大発生していたのだ。本来ならばニムーブ涸沼まで片道半日で駆け抜けられるはずが、あちらで魔物に出くわし、こちらで襲われ、とやたらに引っかかる。獣除けの鏑矢を使えば戦わずに突破できたであろう局面もあった。
――鏑矢は、目立つからなあ。
魔物狩人組合謹製の鏑矢は素っ頓狂でやたらに大きな音と、仰々しい色合いの煙が噴き出す仕組みで魔物を驚かせ怯ませるだけでなく、緊急遭難信号も兼ねている。隠密行動中のルドがほいほい使ってよいものではない。
やたらに時間を食いはしたものの、石龍馬のケルリは頼もしくルドの旅を支えてくれた。「優雅な猫足亭」近くではふわふわで凶暴なピネッキ大砂猫たちをケルリが勇ましく撃退した。おやつで培った絆は存外堅い。ここ旅舎赭絲でもケルリは大活躍だった。婚姻色で真っ赤に染まったアクタムマンゾの危険な匍匐枝を物騒な歯がずらりと並ぶ口で噛みちぎり無力化して「くるっくるっく」と機嫌良く囀りながら桃色に熟した実をついばんだ。石龍馬はアクタムマンゾの毒に耐性がある。
最西端のキャンプ地である旅舎赭絲までくれば、ニムーブ涸沼はすぐそこだ。ルドはこの先、ケルリを解放して徒歩で地下迷宮へ潜入するつもりでいる。角砂糖の入ったサドルバッグを石龍馬の短い前脚でも届くところに装着しなおし、「さあ、砦にお帰り」とオリーブ色の羽毛に覆われた頸をぽんぽんと撫でると
「ぎゅぴ、ぎゅぎゅぎゅぴぴっ」
それまでたいそう機嫌のよかったケルリが地団駄を踏み始めた。
「話が、違う……」
ルドはすこん、と晴れた青空を力なく見上げた。
魔物狩人組合の石龍馬たちは幼体でない限りきっちり調教済みだという。
――だいじょうぶです。石龍馬は帰巣本能が強いので自分で砦に帰ります。
厩務員のお墨付きは何だったというのか。
「ケルリ、砦に帰れ」
「ぎゅぎゅぴっ」
「じゃあ、ここで待つというのか?」
「くるっく」
「そういうわけにもいかないだろう。砦に帰りなさい」
「ぎゅぴぎゅぎゅぴい」
「帰れ」
「ぎゅぴいっ」
「おまえも角砂糖をくれた彼女を覚えているだろう? ステラだ。俺はステラを取り戻す……こら、やめなさい。アクタムマンゾの実で口がべたべたじゃないか。やめなさい、すりすりはやめろって」
ルドはケルリの頸を抱いた。
「約束が欲しいのか」
「くるっく」
「必ずステラを連れて帰る。だからここで待っていてくれ」
「くるっく」
やっとのことでケルリを宥めたルドは旅舎赭絲を後にした。
乾いて白茶けた砂地が延々と広がる。砂丘を越え、太古の昔は川だったという渓谷の大岩と大岩の間を道をたどって進むと視界が開けた。
ニムーブ涸沼だ。
高々と晴れた青い空。白茶けた大岩に、砂地。乾いてまばゆい。
ルドは目を細めた。
中央に立ち枯れた木々が円陣を組み並んでいる。岩陰から目視している限りでは、地下迷宮への入り口は確認できない。しかしここから魔物が漏れ、魔人たちが姿を現すのだ。魔人が出てくるのであれば、ここから入ることもできるはず。
――行くか。
見ているだけでは判断ができない。近くで観察しようと一歩、ルドは岩陰から一歩、足を踏み出した。
「…………っ!」
危うく声を上げてしまうところだった。
ぬ。
すぐそこに怪物級のゴーレムが立っている。
――しまった、見つかった……。
巨大な二本角の牛頭、その虚ろな眼窩がひたとルドに向けられている。しばらくして視線が腰に落ちた。山刀といっしょにエステルが残していった木の棒も腰に提げている。エステルの私物すべてを砦から持ち出せたわけではない。しかし茶褐色でつるつるしていて先が尖り、湾曲した木の棒をなぜか手放してはいけない気分になり、何の役に立つんだか立たないんだか分からないまま携えている。ゴーレムの注意はどうもくだんの木の棒に向けられているようだ。
「……?」
よくよく見れば、木の棒はゴーレムの角とよく似ている。じっとルドの腰に下がった木の棒を見つめていたゴーレムが両手を挙げ蔓草の葉をわさわさと鳴らした。おっとりした仕草だが怪物級ともなるとちょっとした動きにも威圧感がある。
わささ、わさ。
岩陰が死角になっていただけで、怪物級のゴーレムは何体もそこにいたらしい。ルドの目の前で両手を挙げ蔓草を鳴らすゴーレムに応え、
わささ、わさささ。
両腕を挙げたゴーレムたちがのっすのっすと集まってきた。怪物級ばかりで、どれも巨大だ。
――まずい。逃げ切れるだろうか。
蔓草の射程がどれほどか、射程外にどれほどの速さで走れるか、目まぐるしく考えをめぐらせるルドの前に角が一本欠けたゴーレムが進み出た。
「…………」
枝でできた指でちょいちょいとルドの腰の木の棒を指さす。何となく、見覚えがあった。
「きみは確か――クラディ、か?」
角が欠けたゴーレムがおっとりと巨大な牛頭を上下させた。
* * *
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