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大砂龍縲緤獄
6.
「怪物がゼボデムイルかどうかはともかく、きみはあんなところで何をしていたんだ?」
「ええっと」
ルドの眉間に深く皺が刻まれている。
「俺からきみを奪っておいてやつらはきみをあの大砂龍とやらに喰わせようとしていたのか」
「そうじゃないんですけど」
喰われてしまえ、とまでは思われていないが
――元の場所へ戻せないのならば、大砂龍縲緤獄の鏡磨きをさせるがよい。
厄介払いはされたわけでなんと返事をしたものか、エステルは困った。だいたい手もとを誤って鉛筆を落とさなければあそこまで危険な目には遭わずにすんだはずなのである。あたふた説明を試みたがルドの眉間の皺はさらに深まった。
「ではきみは自ら危険に飛び込んだというわけか」
「そうなります。というのも、――聞いてください。あの大きなゼボデムイルが不眠の呪いの源泉で、しかもこの回転扉式の一枚鏡、クショフレール大公国を覆う呪いの術式が裏面に刻まれているんです」
「なんだと?」
「見ていただくのが早いかと」
わっせ、と一枚鏡を押して
ぐる、ん。
回転させた。
「すごいことになっているな」
「んもおおお」
術式が刻まれている一枚鏡の裏面は、大砂龍の粘液でどろどろになっている。エステルはルドとともに水をざぱざぱかけ、デッキブラシでごしごしこすって汚れを落とした。
「これが不眠の呪いの術式か」
「全部ではありません。術式の続きが縲緤獄の壁に刻まれていました。鏡の裏面とその続きが勘合符のように合わさることで、大砂龍が発する呪いを外に逃がす魔法が発動する仕組みです」
「掃除のたびに回転させて魔法を発動させていたということか」
「そのとおりです。見てください」
エステルは腰の鞄から取り出したメモ帳を広げた。目の前の一枚鏡裏面の術式に加え、縲緤獄の壁に刻まれていた術式の続きも写しとってある。
「壁に刻まれているこの部分が発動される魔法、鏡の裏面に刻まれているのはその魔法が発動される手順です」
「ここニムーブ涸沼とクショフレール大公国の座標に当たる数値が指定されているのか?」
興味深げにルドが巨大な一枚鏡の裏面を眺めた。
「いいえ。指定されているのは距離と角度です。クショフレールで観測される呪いの範囲からして、巨大な円錐のかたちで放射される呪いが我が国のほぼ全土を覆っていると推測できます」
「なるほど……」
「腹が立つのは、鏡を境にしてこちらの魔界が全く呪われていないというだけでなく、この魔法をちゃんと理解している魔術師が残っていないってところです。つまり、魔人たちはここでどんな魔法が発動しているか、知らないんですよ。だから――」
エステルはルドの背中にくくりつけられている抱き枕をちらと見やった。
「魔人たちは、クショフレール大公国の人々がどれだけ枕を大事にしているかも、分かっていないんです」
「ふむ、業腹だな」
ルドは口でいうほど怒っている様子もなく、一枚鏡の裏面とエステルのメモ帳とを見比べ考え込んでいる。
「呪いを取り除くならば源泉となっている大砂龍を排除するのがいちばんよかろうが、あれはそう簡単にどうこうできそうにないな。できるのならとっくの昔に排除しているのだろうし。ステラ、――」
メモ帳からルドが顔を上げた。青く澄んだ目が輝いている。
「術式そのものを破壊するのが手っ取り早いが、――それよりどうだろう。術式を書き換えるというのは可能だろうか」
「道具があれば――」
エステルはうつむいた。
大神官補佐ミヒルに急き立てられるままピネッキ砦を出たので、持ち出せた私物は持ち合わせていた呪具師の診断道具だけだ。
「せめて鏨と槌だけでも持ち出せればよかったのですけど」
「これか?」
ごそごそと背嚢を探りルドが取り出したのは革製の小さな工具鞄だった。
「そ、そうです、これです! ありがとうございます!」
「よかった。――どう書き換える?」
そこが問題だ。
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