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凋落の王子、二つ名と黒歴史を得る
3.
よーし、草食系純情美少年を狩るぞ。参戦してみたらば、そこは鉄火場だった。
巨乳美乳巨尻美脚にロリ顔泣きぼくろ、庇護欲をそそる者、お姉さん系、悪女系に知性派、ありとあらゆる属性の肉食女子が集っていた。熾烈な争いの末、「嵐を呼ぶ童貞スレイヤー」「性春ゲートウェイ」と称される一見清楚なお嬢さま風ビッチ先輩女子に競り勝ち、樹子は十九歳の冬に人生初、理想どおりの草食純情童貞美少年をゲットした。
夢のようだった。
初めだけだったが。
性春ゲートウェイ先輩は名前をもじって「童貞殺しのがつ子」とおげれつな二つ名をつけて樹子を祝ってくれた。やめてくださいよぺんぺん草も生えないレベルで童貞を狩りまくっているのはゲートウェイ先輩でしょあたしゃ初カレひとりだけですよこの童貞を一生だいじにするんですからなどと樹子は抗議に抗議を重ねたがありがたくない異名は一気に広まった。ちなみに草食純情童貞美少年は、どろどろじれじれとろとろの初体験後しばらくしてすっかり図に乗ってしまった。手料理に手作りプレゼント、身の回りの世話など甘やかしを要求するくせに風情など欠片もないがっついたセックスに興じる。すっかりかわいげを失いギラつきむさくなった元草食元純情元童貞元美少年彼氏はオラつきながら「好きな女ができた」となぜかドヤ顔で去って元カレと化し、さして狩りもしていない童貞殺しの黒歴史と、がつ子というありがたくない二つ名だけが樹子のもとに残った。
――私は特別じゃ、なかった。
もう子どもではない。自分が特別な存在でないことなど、分かっている。厭というほど思い知りながら大人になった。だからこそ恋人にとって自分は特別でありたかった。自分にとって恋人は特別だと伝えたかった。言葉だけでなく全身で伝えたつもりだった。いっしょに歳を重ね生涯をかけて――美少年だった彼の頬に皺が寄りしょぼしょぼになっても――伝えつづけるつもりだった。
――でも、駄目だった。
恋人は去った。自分じゃない他の特別な「好きな女」のもとへ。
初カレとうまくいかずセカンドバージンと化す例は星の数ほどあろう。樹子のケースもそのひとつに過ぎない。一年ももたなかった初カレとの交際ののち、樹子は恋愛を諦めた。一般的であるとは言い難い性癖と愛とを両立させるべく、努力はした。報われなかっただけだ。
遅すぎたのだ、性癖を自覚するのが。
純情美少年を甘責めしたいという性癖はナローパス、隘路だ。その道へ分け入ろうとすればあてどなくさまようことになる。
失恋は、傷だ。
時間をかけどもかけども癒えない傷だ。厄介なことに、元カレのことなど名前も顔も記憶から薄らぎつつあっても傷が疼く。
痛みを覚える間は屍でない。まだ、生きている。
そう樹子に思い知らせるためだけにその傷は存在する。傷を庇いながら暮らしている間はじくじくと膿みつづける。闇雲に癒えると信じてときに無理に前を向き立ち上がり、ときに傷などないのだと見て見ぬふりをして痛みをやり過ごす。そうするうちにいつしか、痛みのことばかり四六時中考えていたはずが傷を忘れる日もやってくるだろう。
時間だけが、失恋の傷を癒やす薬だ。
大学生活の序盤に性癖に殉じ傷を負った上に黒歴史を醸成してしまった樹子は以降、尼僧のような暮らしを続けた。
社会人になってもその方針は変わらない。
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