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がつ子、天使と出会う
1.
初夏だ。
梅雨直前のこの季節、晴れると空からぎんぎんと日の光が射す。夏はこんなもんじゃすまないぞといわんばかりの苛烈な日差しで盛夏の予習をさせられているかのようだ。
晴れているんだか、雨なんだか。
樹子はさんさんした初夏の日差しどころか天気すら知ることなく社屋の廊下をがつがつと前のめりに急いでいる。
――あれとこれとこれと、それから……。
タスクのあれやこれやを思い浮かべ優先順位を整理する。
急がなければ。
とにかく忙しい。
大学を卒業して樹子が就職した先は三宅精機だ。一見、手堅く就職活動を成功させたかのようだが実態は異なる。
樹子はコネクションで三宅精機に入社した。
就職活動がうまくいかず困り果てていたところに救いの手を差し伸べてくれたのが社長を務める母親の年の離れた従兄のかずおじちゃんで、樹子を孫のようにかわいがってくれている人だ。
――たっちゃんは真面目だからな。うちの会社に合うだろう。
ありがたい。結果が出なくて困り果てていたのだ。とてもとてもありがたいがしかし偉い人には現場が分からんのである。
コネ入社が当たり前の社風ならともかく、そうでない会社で将来の幹部候補でも何でもない社長の遠い親戚の小娘をいきなりぶちこめば何が生じるか。
針の筵である。
研修を終えて樹子が配属されたのは国内営業部営業三課。そこでアシスタントという名のパシリ業務に勤しんでいる。不幸なことに営業が揃いも揃って武骨な男性社員ばかりである。課内で筋トレが流行したとかでマッチョだらけだ。細いの細くないの、デカいのさしてデカくないのとタイプはいろいろだがマッチョ揃い。
三角課長は苦労人系くたびれマッチョ。入社三年目の先輩社員和田はチャラ男と筋肉の二兎を追い仕上がりが中途半端なゆる細マッチョ。直属の上司にあたる広居主任など、かわいい美少年を愛する樹子の好みとかけ離れている。はるか外宇宙からやってきた太陽エネルギーを力の源とする異星人で普段は気の弱い新聞記者、ひとたび地球が危機に陥れば立ち上がるスーパーなヒーローを演じたマッチョ俳優を昆布のお出汁であっさりテイストにした感のある雄くさい美ゴリラだ。配属初日に主任がボールペンを落としたところに居合わせたので拾って手渡したらあわあわしていた。なぜに狼狽えるのか。もしかしたら他人の落としたものに手を出してはならない掟のある土地で育ったのかもしれない。出会いのこの一件こそ首を傾げはしたが広居主任は普通に頼りになる上司だった。マッチョである点を除けば。
――苦手なんだよね、マッチョは。
男は、特にマッチョはすぐオラつくから嫌い。
純情で素朴で初々しかった初カレもつきあい始めたらあっという間に図に乗ってオラオラしはじめた。別れたあとはマッチョを目指し筋トレを始めたとか、風の噂で聞いた。すんなり華奢なままでよかったのに。筋肉なんぞ要らんのだ。
――もう学生じゃないんだし。会社だし。私の好みなんぞ関係ないし。
苦労人系くたびれマッチョの三角課長は社長から直に「頼むぞ」と樹子を託され舞い上がっている。入社三年目の和田先輩は課内最年少愛され社員の座がコネ入社の女にかっさらわれて拗ね気味だ。新人教育は広居主任に丸投げなのに「だいじょうぶか」「だいじょうぶか」と顔を合わせれば確かめてくる課長に、末っ子気分でかわいがられてきたオノレを差し置いて課長に気遣われている新人が気に食わないらしい。やたらにちくちく絡んでくる先輩社員に囲まれる、しかもいずれもマッチョばかりという入社前には想像もしない針の筵に樹子は放り込まれていた。針の筵の針がマッチョのかたちをしているなんて、予期しようがない。
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