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がつ子、天使と出会う
2.
そして問題はマッチョだけではない。
国内営業部三課は現在、産前休暇育児休暇のラッシュに突入している。
そのため女性の先輩社員二名と派遣社員が長期休暇中、短期的に一、二ヶ月、長期的には半年から一年かけて教育してもらえるところをぶっつけOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)で課の事務が新卒の樹子の肩にかかってしまっている。もちろん事務全員が「せえの!」で休みに入ったわけではなく幸いに時期のずれがあり、さらに休暇や時短勤務中の彼女たちに質問をすることも可能だがだからといってそれまで先輩三人でまわしていた事務作業をひよっこの樹子がひとりでできるわけもない。新しい派遣社員二名を入れてもらったが、右も左も分からない新入社員と、事務経験が豊富でも勝手の分からない派遣社員たちではそれまでと同じようにとはいかない。
そこで強力な助っ人が配属された。
丸尾りり子、りりちゃん先輩である。彼女は一度寿退社したが数年前に戻ってきたアラフォーのパート社員だ。前年度まで郊外の支社で事務仕事に勤しんでいたがハイパー産休育休ラッシュの営業三課に請われやってきた。社内の事情をよく知る上に営業事務が長かったので頼りになる。
しかしベテランひとりにおんぶ抱っこというわけにもいかない。りりちゃん先輩は二児の母、パート社員で時短勤務なのである。
「あっ」
隣の席のりりちゃん先輩が電話を受けながら――課内の誰かの所在を確かめようとしたのだろう――オフィスを見回すべく腰を浮かせた拍子にぽとん、と付箋が落ちた。
正方形に近い薄黄色いその付箋はファイルのページに立てるよりメモ用紙に近い。電話を受けたときに書き付けたであろう、企業名やら社外の連絡先やら日付やら
――******、URA。何だろ?
まるで暗号のような文字や数字が並んでいる。特にまじまじと見ることもなくすぐに、樹子は拾った付箋を机にに戻す。
――ありがと。
受話器の向こうの相手と話しながらひょい、と片手を挙げるりりちゃん先輩ににこりと笑んで応えて自席で姿勢を改め、マウスに手を伸ばそうとしたとき
「はああ。大路さんって、おーじさまだよねえ」
向かいの席の派遣社員、横道美由紀がうっとりと溜め息をついた。
「さま付けは勘弁してください。大路です」
「そっちじゃなくて、王子さまだよお」
「いやいやいや、――それより昨日お願いした書類の確認ですけど」
「まだかかりそうなんだあ。ごめん、おーじさま」
「……」
そこそこに量はあるが作業ペースって、こんなものなのだろうか。新卒一年目、営業三課に配属されたばかりの樹子では勝手が分からない。
横道は二十代後半、樹子の配属と同時期に就業した派遣社員だ。事務職の経験が豊富だとのことで実際、ひととおりの説明ですぐ呑み込んで仕事をしてくれる。童顔で年齢より幼く見え、おっとりしていて人あたりも悪くないがおしゃべり好きでもあり、ちょいちょい作業中に脱線してしまう。結果として手が遅い。
それでもまだ、もうひとりの派遣社員、反木菜見ほど扱いにくくはない。
「何かあ、お手伝いすることありませんかあ?」
営業のひとり、入社三年目の和田のそばに立ち反木がぱさあ、とつやつやした栗色の髪をかきあげた。なんちゃらとかいう覚えられない名前のトワレの甘苦しいにおいが向こうの島から事務の島まで
もっわ。
広がってきた。樹子が席を立ち
「ちょっとそれは困りま――」
と阻む隙もなく
「助かるっすー。じゃあこれとこれとそれからえっと」
和田が書類の束をがっさと反木に渡す。
「急ぎなんだけど、いいっすかー?」
「もちろん。お任せてくださあい」
受け取った書類を片手で抱え、反木が反対の手でばっさあと髪をかきあげた。
何で引き受けちゃうかな。
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